ヤロスラフ2世 (キエフ大公)

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ヤロスラフ2世イジャスラヴィチロシア語表記:Ярослав II Изяславич / Yaroslav II Iziaslavich,? - 1180年)は、トゥーロフ公(在位1146年)、ノヴゴロド公(在位1148年 - 1153年)、ルトスク公(在位1157年 - 1180年)、キエフ大公(在位1174年 - 1175年, 1180年)。イジャスラフ2世の次男、ムスチスラフ2世の弟。アンドレイ・ボゴリュブスキーが暗殺されると、ヤロスラフの家族は彼をキエフの君主の座に据えようと画策した。彼は一族の長老スヴャトスラフ3世ロシア語版英語版と競合し、スヴャトスラフが最終的に勝利を収めるまでの2年以上の間、戦いを続けた。

妻子[編集]

妻はボヘミア公ブラジスラフ2世(ru)と、ボヘミア女公ゲルトルーダ(ru)との間に生まれた娘。子には以下の人物がいる。