フセヴォロド2世
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フセヴォロド2世(古ルーシ語:Всеволодъ Олговичь、? - 1146年8月1日)はキエフ大公(在位:1139年 - 1146年。スヴャトスラフ2世の孫で、オレークの長男にあたる。母はビザンツ皇女テオファノ。
[編集] 概要
1127年に、叔父のヤロスラフを追放して、チェルニゴフ公になる。
ヤロポルク2世死後、キエフ大公位を継いだ弟ヴャチェスラフを追放し、キエフ大公位に就く。
彼の死後、大公位を弟のイーゴリに遺した。
ムスチスラフ1世の娘アガファを妻とし、三人の息子(スヴャトスラフ、ヤロスラフ、ウラジーミル)と二人の娘(ズヴェニスラヴァとアンナ)を得た。
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