ミランコビッチ・サイクル

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ミランコビッチ・サイクルを決定付ける変化要素とその結果 現在から100万年前までの情報。上から3つの要素は日射量を決定づける要因だ。歳差運動(Precession)の周期は3つあり、それぞれ1万9000年、2万2000年、2万4000年である。自転軸の傾斜角(Obliquity)の変化は周期4万1000年。公転軌道の離心率(Eccentricity)変化は周期9万5000年、12万5000年、40万年。この結果、北緯65度における日射量は複雑な変化を示すことが計算できる。氷床規模の変化は日射量の変化と相関が良いように見える。
地球の自転軸の傾きの変化 現在の値は23.4度であるが、22.1度から24.5度の間を変化する。周期は4万1000年
地球の自転軸の歳差運動 地球の自転軸はコマの首振り運動と同じ挙動を示す。周期は約2万5800年
地球の公転軌道 実際の離心率とは異なり、楕円であることを極端に強調している

ミランコビッチ・サイクル(Milankovitch cycle)とは、地球公転軌道離心率の周期的変化、自転軸の傾きの周期的変化、自転軸の歳差運動という3つの要因により、日射量が変動する周期である。理論計算によると、周期は約2万年、約4万年、約10万年という3つに大別できる。

19201930年代に、セルビアの地球物理学者 ミルティン・ミランコビッチ(Milutin Milanković)は、地球に入射する日射量の緯度分布と季節変化について当時得られる最高精度の公転軌道変化の理論を用いてかなり正確な日射量長周期変化を計算した。その精度が地質学界で認められてきたことからこの名がある。

現在までの沿革[編集]

ミランコビッチ・サイクルで表される日射量の変化は、北極南極氷床の規模の変化や氷河期間氷期がおとずれたりする年代を求めるのに有効である。ただし、その計算は複雑であって理論と実際が異なる場合があるため常に再計算が要求される。ミランコビッチの算出した数値は、1960年代まで地質学者たちの間で用いられてきたが、1959年シカゴ大教授ウィラード・リビー(Willard Frank Libby)によって開発された放射性炭素年代測定法などが発展して普及するに伴い、1960年代には、一時廃れかかった。しかし、1970年代に、海洋底のボーリング調査が行われ、採取されたサンプルに遺された微生物(有孔虫)化石の酸素同位体比から得られる気候変動の周期は、ミランコビッチの算出した数値ないしは計算法で得られる値に近い値であり、彼の仮説が改めて見直されるようになった。

ミランコビッチ・サイクル計算の難しさ[編集]

ミランコビッチ・サイクルを計算するための要素である公転運動や自転は、太陽をはじめとして様々な物理的な条件に影響される。たとえば、月の引力による海水の干満作用によって海水と海底の摩擦がおき、地球の自転速度が減速させられることも影響する。つまり自転周期が現在よりも短い約20時間であった20億年前の場合、1日を20時間のサイクルとして計算することになり、その数値の変化は現在と比べて短期間において明らかに激しくなることが予想されるということである。当時は理論上現在の1/4程度の周期だったと考えられている。

地球の自転軸は23.4度傾いているといわれるが、数万年単位で見ると実際には22.1度から24.5度の間を揺れ動いている。また、公転軌道も正しい円ではなくわずかに楕円を呈し、太陽に近い近日点と太陽から離れた遠日点がある。例えば北極が近日点に太陽の方向を向いていたら明らかに夏は暑くなり、冬は遠日点になって自転軸は太陽より遠くを向くので非常に寒くなる。一方、北極が近日点に太陽と逆向きであれば、冬は暖かいことになり、遠日点には太陽のほうへ向くので夏は涼しくなる。これを伊藤孝士は、1993年に「歳差の因子」と呼んだ。また自転軸は傾きが大きければ極地方に入射する日射量は大きくなって氷床は溶けて小さくなり、傾きが小さければ極地方に入射する日射量が減って氷床は成長しやすくなる。この三つの要素がからみあって1万年から10万年の規模で変化し、極地方の氷床の大きさが変化したり数万年ごとに氷河期や間氷期がおとずれたりするのである。

地質時代における気候変動との関連[編集]

最近100万年で見ると、公転軌道が正しい円に近づいた90万年前と75万年前と39〜40万年前には、北緯65度における日射量が1m2あたり480W付近であったが、95万〜100万年前と60万年前及び20万年前には公転軌道が比較的ひしゃげて楕円になり、自転軸も80万年前には22.3〜22.7度前後の変動だったものが22.5〜24度の間を激しくゆれ動くようになって、日射量も440〜540Wの間で激しく変化し、寒い氷河期と温かい間氷期が繰り返されたことがわかる。

一方、化石の証拠を用いることで、海水温を直接推定できる。最近250万年で見ると70万年前まで2万〜4万年の周期で有孔虫化石内部の酸素同位体比が変化し、重い酸素18が多い、すなわち寒い年と考えられる期間と、海水量から推測できる氷床が発達した期間が一致することが分かった。逆に、通常の酸素16が多い暑い年は氷床が小さくなることも判明し、周期的な変動が確認できた。70万年前から10万年単位で酸素同位体比は変化するように期間が長くなっている。巨視的に見れば10万年単位で変化が見られるわけであるが微視的に見れば「歳差の因子」と自転軸の傾きの変化によってその年ごとの日射量が変化する。本来の意味でのミランコビッチ・サイクルの日射量は2万〜4万年で増減をくりかえすため、70万年前から2万〜4万年単位で氷床の規模がおおきく変化しなくなった理由については未だによくわかっていない。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]