ベルリン・コーミッシェ・オーパー

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ベルリン・コーミッシェ・オーパー 2007
正面玄関

ベルリン・コーミッシェ・オーパー(Komische Oper Berlin)は、ベルリンミッテ地区にある歌劇場ベルリン国立歌劇場(Staatsoper Unter den Linden)、ベルリン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper Berlin)、ベルリン国立バレエ団(Staatsballett Berlin)、舞台総合サービス(Bühnenservice-GmbH)と並んで財団法人オペラ・イン・ベルリンに属している。ベルリン・コーミッシェ・オーパーでの上演は基本的に外国作品やモーツァルト等のイタリア語作品でもドイツ語訳で行われている(これはドイツ圏の中規模オペラハウス、例えばウィーン・フォルクスオーパーなどでは通常のことであるが、あえて海外公演でも訳詞作品を取り上げ続けるなど、同劇場の訳詞上演ポリシーは突出しており、日本でもドイツ語のカルメンなどを上演した)。1,270席。

歴史[編集]

中央階段
劇場内部
劇場内部

1947年、オーストリアの演出家ヴァルター・フェルゼンシュタイン(Walter Felsenstein)が全く新たなアンサンブルメンバーと共にベルリン・コーミッシェ・オーパーを設立。同年12月23日フェルゼンシュタイン演出「こうもり (オペレッタ)」(ヨハン・シュトラウス2世の喜歌劇)の上演によって、劇場の歴史の幕が開いた。(“コーミッシェ・オーパー”の名は、フランスの伝統ある“オペラ・コミック”からのドイツ語への翻訳である。)

1975年の死去までインテンダント(芸術総監督)と主席演出家を兼任したヴァルター・フェルゼンシュタインの活躍により、ベルリン・コーミッシェ・オーパーは現代のムジークテアター(Musiktheater)の先駆として世界的に認知されている。特にフェルゼンシュタインの演出による「ホフマン物語」(オッフェンバック作曲)、「青ひげ」 (オッフェンバック作曲)、「椿姫」(ヴェルディ作曲)等は伝説的な名声を獲得している。歴代の常任指揮者にはレオ・シュピースオットー・クレンペラーヴァーツラフ・ノイマンロルフ・ロイタークルト・マズアヤコフ・クライツベルクらが就いた。

1965年から1966年の間には、劇場及び観客席に大規模な改築・改装が施され、運営部門の建物も増築された。

1966年12月4日に、フェルゼンシュタイン演出「ドン・ジョヴァンニ」(モーツァルト作曲)をもって再開。また、この機にベルリン・コーミッシェ・オーパーに新たにタンツテアター部門が設けられた(現在は解散している)。

設立者フェルゼンシュタインの死後は、この伝統ある劇場のインテンダント(芸術総監督)と主席演出家の席には彼の弟子であったヨアヒム・ヘルツが着任(1976年から1980年まで)した。

1981年からは、ハリー・クプファーが「ニュルンベルクのマイスタージンガー」演出の大成功とともに主席演出家に就任した。その後、演出家アンドレアス・ホモキ2002年に主席演出家に、加えて2003年よりインテンダントを兼任している。

2002年から2007年までキリル・ペトレンコが就いていた音楽総監督の席には、2008年よりアメリカ人指揮者のカール・セントクレアが就任している。

現インテンダント兼主席演出家のアンドレアス・ホモキは2012年よりチューリヒ歌劇場のインテンダントに就任することが決まっており、ベルリン・コーミッシェ・オーパーの後任にはオーストラリア出身の演出家バリー・コスキーが就くことが発表されている。

近年の実績[編集]

2004年、Opernwelt誌が選ぶ“年間最優秀演出家”(Regisseur des Jahres)をベルリン・コーミッシェ・オーパーでの「ムツェンスクのマクベス夫人」(ショスタコーヴィチ作曲)演出によってハンス・ノイエンフェルスが受賞。

2006年、Opernwelt誌の“年間最優秀演出家” (Regisseur des Jahres)をベルリン・コーミッシェ・オーパーでの「オレスト」(ヘンデル作曲)演出によってセバスティアン・バウムガルテンが受賞。

2007年、Opernwelt誌の“最優秀オペラハウス” (Opernhaus des Jahres)に選ばれる。同時に音楽監督キリル・ペトレンコが“年間最優秀指揮者”(Dirigent des Jahres)に、またコーミッシェ・オーパー合唱団が“最優秀合唱団”(Chor des Jahres)に選ばれる。

2008年ベルリン舞台協会(TheaterGemeinde Berlin)の“年間最優秀公演2007/08”(Aufführung des Jahres) を“キス・ミー・ケイト”(バリー・コスキー演出)が受賞。

過去の来日公演[編集]

1991年、「青ひげ」(演出:ヴァルター・フェルゼンシュタイン、指揮:ロルフ・ロイター) 「ボエーム」(演出:ハリー・クプファー、指揮:ヨアヒム・ヴィラート) 「フィガロの結婚」(演出:ハリー・クプファー、指揮:ヨアヒム・ヴィラート

1994年、「カヴァレリア・ルスティカーナ」/「道化師」(演出:クリスティーネ・ミーリッツ、指揮:シモーネ・ヤング) 「カルメン」(演出:ハリー・クプファー、指揮:ロルフ・ロイター

1998年、「ホフマン物語」(演出:ハリー・クプファー、指揮:呂紹嘉) 「こうもり (オペレッタ)」(演出:ハリー・クプファー、指揮:ヤコフ・クライツベルク

その他、日本との関係[編集]

1998年から阪哲朗が第一指揮者を務めていた。

2003年11 月に、ヴィリー・デッカー演出「イェヌーファ」(ヤナーチェク作曲)がベルリン・コーミッシェ・オーパーと二期会との共同制作によって上演された。日本では2004年12 月に東京で上演が行われた。

2008年2、3月には、びわ湖ホール神奈川県民ホール、東京二期会の共同制作によってアンドレアス・ホモキ演出の「ばらの騎士」(R.シュトラウス作曲)が上演された。これは2006年4月にベルリン・コーミッシェ・オーパーにて新制作されたプロダクションである。


外部リンク[編集]