セストリエーレ
| セストリエーレ Sestriere |
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|---|---|
| 行政 | |
| 国 | イタリア |
| 州 | |
| 県 | |
| CAP(郵便番号) | 10058 |
| 市外局番 | 0122 |
| ISTATコード | 001263 |
| 分離集落 | Borgata di Sestriere |
| 隣接コムーネ | #隣接コムーネ参照 |
| 公式サイト | リンク |
| 人口 | |
| 人口 | 843 [1] 人 (2012-01-01) |
| 人口密度 | 34 人/km2 |
| 文化 | |
| 住民の呼称 | sestrieresi |
| 守護聖人 | 聖エドアルド(Sant'Edoardo) |
| 祝祭日 | 10月13日 |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯44度57分0秒 東経6度53分0秒 / 北緯44.95000度 東経6.88333度座標: 北緯44度57分0秒 東経6度53分0秒 / 北緯44.95000度 東経6.88333度 |
| 標高 | 2033 (1540-3280) [2] m |
| 面積 | 25.80 [3] km2 |
トリノ県におけるコムーネの領域
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セストリエーレ(イタリア語: Sestriere)は、イタリア共和国ピエモンテ州トリノ県にある、人口約800人の基礎自治体(コムーネ)。著名なスキーリゾート地で、国際的なアルペンスキーの競技大会が行われる。また、自転車ロードレースの舞台としても知られる。
目次 |
名称[編集]
日本語文献では「セストリエル」「セストリエール」などの表記もされる。
セストリエーレという地名は、ラテン語 ad petram sistrariam に由来する。これは、トリノから60マイル(古代ローママイル)であることを示す。
標準イタリア語以外の言語では以下の名称を持つ。
地理[編集]
位置・広がり[編集]
トリノ県南西部のコムーネである。県都・州都トリノの西約65km、クーネオの北西約79km、グルノーブルの東南東約97kmに位置する。
隣接コムーネ[編集]
隣接するコムーネは以下の通り。
- サウゼ・ドゥルクス - 北
- プラジェラート - 北東
- サウゼ・ディ・チェザーナ - 南
- チェザーナ・トリネーゼ - 西
- ウルクス - 北西
地勢[編集]
セストリエーレには、キゾーネ渓谷(Val Chisone)とスーザ渓谷(Valle di Susa)の間に中心地ストリエーレ・コッレがある。北西にはフライテーヴェ山(Fraitève, 2701m)、南東にはシーゼス山(Sises, 2658m)とプンタ・ロニョーザ峰(Punta Rognosa, 3280m)がそびえる。住居が集中しているのは、分水線上にあるセストリエーレ・コッレ(Sestriere Colle)、キゾーネ渓谷にあるセストリエーレ・ボルガータ(Sestriere Borgata)、シャンプラス・スーザ渓谷にあるシャンプラス・デュ・コル(Champlas du Col)とシャンプラス・ジャンヴィエ( Champlas Janvier)などである。
なお、セストリエーレは、役場所在地の標高がイタリアで最も高いコムーネである。
歴史[編集]
1930年、フィアット創業者のジョヴァンニ・アニェッリがこの地を購入し、リゾート開発を進めた。2つの円形の高層ホテル(Vittorio Bonadè-Bottino 設計)は、この地に最初に建てられたビルディングであり、セストリエーレのシンボルとなっている。また、バンチェッタ山やシーゼス山、フライテーヴェ山に登るケーブルカーが建設された。
1934年10月18日付けの勅令(regio decreto)により、コムーネとして創設された。チェザーナのコムーネの分離集落(フラツィオーネ)であったサウゼ・ディ・チェザーナの一部を分離したもので、この時にシャンプラス・デュ・コル(Champlas du Col)というコムーネが編入され、またプラジェラートのコムーネからはボルガータ(Borgata)の集落が編入された。新コムーネは1935年1月1日に発足し、スキー板を意匠に組み込んだコムーネの紋章が定められた。
1930年代には新しい道路が開通し、スキーのジャンプ台や新たなホテル(Principi di Piemonte)が建設された。また、18コースからなるゴルフ場が開設されており、これはヨーロッパでもっとも標高の高いゴルフ場である。
リゾート開発は第二次世界大戦によって中断したが、1950年代から開発が再開された。ジョヴァンニ・アニェッリの甥 Giovanni Nasi は、1948年から1980年まで町長(シンダコ)を務め、戦後のリゾート開発を主導した。
1967年からはアルペンスキー・ワールドカップの開催地の一つとなり、1997年にはアルペンスキー世界選手権が開かれた。2006年にはトリノオリンピックの男子アルペンスキー競技の会場となった。
社会[編集]
経済・産業[編集]
セストリエーレは、スキーリゾート地として知られ、冬のホリデーシーズンには人口が2万人にまでふくれあがる。周辺のプラジェラート、クラヴィエーレ、サウゼ・ドゥルクス、チェザーナ・トリネーゼおよびフランス領の Montgenèvre と合わせ、ヴィア・ラッテア (Via Lattea) (英語に訳せば Milky Way)と呼ばれるスキーエリアとなっている。セストリエーレには146のゲレンデがあり、コースの総延長は400kmにのぼる。このうち120kmは人工雪で補われている。また、灯光器を設けて夜間滑走を可能にした施設もある。
また、夏には「ヨーロッパで最も高い場所にある」18ホールのゴルフコースでプレーが可能となる。
スポーツ[編集]
スキー[編集]
例年、国際スキー連盟(FIS)のアルペンスキー・ワールドカップの競技地となっている。2004年 (2004 Alpine Skiing World Cup) にはセストリエーレを中心に、FISワールドカップ・グランドファイナルが開催された。
1997年にはアルペンスキー世界選手権の開催地となった。
2006年のトリノオリンピックでは、近隣の「ヴィア・ラッテア」の村々とともに男子アルペンスキー競技の会場となった。セストリエーレには3つの選手村のうちの1つが置かれた。オリンピックに続いて行われた同年のトリノパラリンピックでも、アルペンスキー競技の会場に用いられている。
2011年には国際パラリンピック委員会(IPC)のIPC Alpine Skiing World Championshipsが開催された。
自転車ロードレース[編集]
ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアではセストリエーレを通過、もしくは頂上ゴールの峠として登場している。
当峠がゴール地点だった年度は以下の通り。
ツール・ド・フランス[編集]
| 年 | 区間 | カテゴリ | 区間優勝 |
|---|---|---|---|
| 1999 | 9 | 1 | ランス・アームストロング |
| 1996 | 9 | 1 | ビャルヌ・リース |
| 1992 | 13 | 1 | クラウディオ・キアプッチ |
| 1952 | 11 | 1 | ファウスト・コッピ |
ジロ・デ・イタリア[編集]
| 年 | 区間 | カテゴリ | 区間優勝 |
|---|---|---|---|
| 2011 | 20 | 1 | ヴァシル・キリエンカ |
陸上競技[編集]
1988年から1996年まで9回にわたって、セストリエーレでは陸上競技の国際競技会 (it:Meeting Internazionale del Sestriere) が開催された。1994年大会では、棒高跳のセルゲイ・ブブカが6m14cmの世界記録を出した。この記録は、2013年3月現在も破られていない。
脚注[編集]
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Total Resident Population on 1st January 2012 by sex and marital status” (英語). 2013年3月22日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Popolazione residente - Torino (dettaglio loc. abitate) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年3月25日閲覧。
- ^ 国立統計研究所(ISTAT). “Tavola: Superficie territoriale (Kmq) - Torino (dettaglio comunale) - Censimento 2001.” (イタリア語). 2013年3月25日閲覧。
外部リンク[編集]
- コムーネ公式サイト (イタリア語)
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