クラウディオ・キアプッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
クラウディオ・キアプッチ
Claudio Chiappucci
Cycling (road) pictogram.svg
Claudio CHIAPUCCI.jpg
個人情報
本名 クラウディオ・キアプッチ
Claudio Chiappucci
生年月日 1963年2月28日(51歳)
国籍 イタリアの旗 イタリア
身長 172cm
体重 60kg
チーム情報
所属 引退
分野 ロードレース
役割 選手
特徴 クライマー
プロ所属チーム
1985–1996
1997
1998-1999
カレラ
アシックス
アミカ・チップ
主要レース勝利
Jersey polkadot.svgツール・ド・フランス 山岳賞 1991-1992
Jersey green.svgジロ・デ・イタリア 山岳賞 1990-1992-1993
Jersey violet.svgジロ・デ・イタリア ポイント賞1991
ミラノ〜サンレモ 1991
クラシカ・サンセバスティアン 1993
ジャパンカップ 1993-1995
最終更新日
2008年2月19日

クラウディオ・キアプッチ(Claudio Chiappucci、1963年2月28日- )は、イタリアウボルド出身の元自転車競技選手。

戦歴[編集]

1982年にイタリアのアマチュアチャンピオンに輝く。1985年にカレラチームと契約してプロ転向。当初は、ステファン・ロッシュロベルト・ヴィセンティーニのアシスト役だったが、彼らが移籍するとエースの座に君臨するようになった。

1990年ツール・ド・フランスでは、連覇を狙うグレッグ・レモンを終始苦しめ、第20ステージの個人タイムトライアル前まではマイヨ・ジョーヌを守り抜き、最終総合順位も2位に食い込んだ。また、1992年ジロ・デ・イタリアツール・ド・フランスでは、こちらも連覇を期すミゲル・インドゥラインと終盤まで互角に渡り合い、いずれも総合2位。とりわけジロでは、1分15秒差まで詰め寄った。特に山岳コースでは自ら果敢にアタックを仕掛ける走りを見せ、レモンやインドゥラインがツールで総合優勝を果たしたときにも、敗れたキアプッチのことを「ベストルーザー」だと讃えるファンも多かった。

しかしながら、山岳賞はツール2回、ジロ3回、ポイント賞はジロで1回の受賞経験があるものの、グランツールの総合優勝はついに果たせなかった。その理由は、決まって個人タイムトライアルにおいて、レモンやインドゥラインに遅れを取ったことにある。一方、1991年6月16日6月29日まで、UCI・ロードワールドランキングスでランキング1位を経験した。また、ジャパンカップサイクルロードレースでは1993年から1995年まで3連覇を達成し、日本のロードレースファンにも人気がある選手だった。

一方、アシックスチームに移籍した1997年には何度もドーピング検査に引っかかったことから、禁止薬物常用の疑いがもたれるようになった。それを受け、後にキアプッチは、1993年以降、禁止薬物であるエリスロポエチンを常用していた事実も認めた。1998年にアミカ・チップチームへと移籍したものの、ドーピングの渦中に常にあったことも災いしてか、ほとんどレースに出場する機会もなくなり、1999年に引退した。

その他[編集]

  • 曽田正人作の自転車漫画シャカリキ!』に登場する主人公・野々村輝のモデルになった。
  • 非常に新し物好きで、シーズン初頭には開発されたばかりの新製品を投入・使用することが多かった。サドルだけは同じものを使い続ける選手が多い中、毎年のように新製品を試していた。

外部リンク[編集]