スーパーモデル

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「最もリッチなモデル」としてギネスブックに登録されているジゼル・ブンチェン(2006年、ファッションショーにて)[1]

スーパーモデル(Supermodel)とは、80年代後半から90年代中頃までのファッションモデルの中で、特にファッションと女性のライフスタイルを牽引したごく限られたトップモデルたちの事。前述の時代に「スーパーモデルブーム」と呼ばれる社会現象を巻き起こした。

目次

[編集] 概要

厳密な定義はないが、ブームの黄金期はトップレベルのファッションデザイナーと世界中の雑誌・広告・コレクションで活躍し、その顔と名前が世界中で認識されるていることが条件であった。さらにオートクチュールでの活躍が条件として加えられる場合がある。よってほんのごく小数のエリートモデルだけがスーパーモデルと呼ばれた。ただし90年代の後半から単なるトップモデルにこの名称が使われるようになりその定義があいまいになった。日本においては単に外国のファッションショーに出るだけで海外ではまったくの無名の日本人のモデルがスーパーモデルと呼ばれるようになる。現在では黄金期の定義に当てはまるスーパーモデルはジゼル・ブンチェンだけであると言われている。

黄金期のスーパーモデルはリンダ・エヴァンジェリスタナオミ・キャンベルシンディ・クロフォードクリスティー・ターリントンクラウディア・シファーの5人であるとも言われている。これにケイト・モスが加わることも多い。

基本的にファッション誌を中心に活躍するモデルを指す言葉なので、トップモデルと呼ばれていても、PLAYBOYなど男性向け雑誌を活躍の場とするモデルをスーパーモデルとは言わない。また、キム・ベイシンガーデミ・ムーアキャメロン・ディアスなどの、モデルとしてよりも一般的に女優としての知名度が高い場合も同じである。

[編集] 歴史

黄金期のスーパーモデルの1人、リンダ・エヴァンジェリスタ2004年)。全盛期には『1万ドル以下の仕事ならベッドから出ない』という名言を残している[2]

元祖スーパーモデルとされているのは80年代にシャネルミューズとして活躍したイネス・ド・ラ フレサンジュである。本当の意味でのスーパーモデルとは、モデルの方がブランド以上のブランドになってしまうことである。そういった意味で、イネスの存在はそれまでのモデルとの決定的な違いを印象付けた。フランスでは「ミリオンダラー・ベイビー」の異名を持っている。

[編集] 第一次スーパーモデルブーム:90年代初頭

黒人モデルとして初めて仏版「ヴォーグ」の表紙を飾ったナオミ・キャンベル2007年、ファッションショーにて)[3]

ジョージ・マイケルの「Freedom ’90」のプロモーションビデオに登場したナオミ・キャンベル、リンダ・エヴァンジェリスタ、タチアナ・パティッツ、シンディ・クロフォード、クリスティー・ターリントンの名がまず上げられる。

ヴェルサーチのショーにおいて、この曲を口ずさみながら彼女たちが肩を組みながらランウェイを歩いた決定的な瞬間は伝説として語り継がれている。それからヴェルサーチのショーは特にスーパーモデルの活躍の場として認知され、そこに起用されたか否かでモデルの勢いが測られることになるなど、このブランドとスーパーモデル現象の結びつきは特に強い。(ジャンニ・ヴェルサーチの死後はその影響力は弱まり、同時にスーパーモデルブームも凋落へと向かう。)

[編集] 第二次スーパーモデルブーム:90年代半ば

クラウディア・シファー、ヘレナ・クリステンセン、エル・マクファーソン、ナジャ・アウアマン、カーラ・ブルーニ、カレン・マルダー、エヴァ・ハーツィゴバなどがスーパーモデルとして認知されるようになる。従来のグラマラスな美女タイプに比べ、直線的で中性的な雰囲気を持つモデルも加わったのもこの時期の特徴である。その代表がケイト・モスやステラ・テナントである。

一般的に最もブームが加熱した時代であり、ファッションに興味のない層にも彼女たちの名前が浸透するようになった。ELLEはモデルの話題のみを扱った『ELLE Top Model』を出している。 大衆化されたスーパーモデルのイメージを嫌い、わざと無名のモデルばかりをショーに起用するデザイナーも出るようになった。

[編集] ブームの終焉:90年代末

あまりに多くのモデルが雑誌に取り上げられて行くうちに、スーパーモデルとトップモデルの境界線が曖昧になっていった。かなり小粒なモデルまでが列挙されるようになる。また単にトップモデルのことをスーパーモデルと呼ぶ記事も見られるようになり、陳腐な呼称と成り果てた感がある。そうしたことから、第二期のモデル並みの存在感を久々に放ったジゼル・ブンチェンは「最後のスーパーモデル」と言われることもある。

1990年代、当時、一番高いギャラ(報酬)が支払われたコレクションでは、ニューヨークコレクションの、リンダ・エヴァンジェリスタに1ステージ約200万円とも言われる破格のギャラが支払われたこともあるが、これは海外で大きな話題となり、その直後、ニューヨークのファッション協会からコレクションに関するモデルのギャラの最高報酬に付いて一律の金額を設定すると言う協定を組むという話があがった程のニュースとなった。

[編集] 主なスーパーモデルの一覧

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ CineSmart. "ハリウッドゴシップ". 2008年8月3日 閲覧。
  2. ^ エル・オンライン. "リンダ・エヴァンジェリスタ". 2008年6月24日 閲覧。
  3. ^ YAHOO!JAPANファッション (2008年6月3日). "モデルのナオミ、サンローラン氏は「有色人種を支えてくれた」と感謝". 2009年1月16日 閲覧。

[編集] 外部リンク

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