クラウディア・シファー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クラウディア・シファー(Claudia Schiffer, 1970年8月25日 - )はドイツ・ラインベルク市内ノルトライン‐ベストファーレン出身のファッションモデル・女優である。弁護士の父を持つ裕福な家庭に育った。美しいブロンドの髪、目はブルー。身長180cm
[編集] 経歴
1987年10月ドイツデュッセルドルフのナイトクラブでパリの有名モデルエージェンシーメトロポリタン(METROPOLITAN MODELS)のボスであるミッシェル・ラヴァトン(Michel Levaton)によって見つけられスカウトされた。
パリに移ると、エージェントのアーリンによって直ぐにプロモートが開始された。フランス雑誌ELLEをきっかけにその後、雑誌500枚以上のカバー(表紙)を飾る一躍トップモデルとなる。また、すぐにシャネルのデザイナーカール・ラガーフェルドによってシャネルの新しい顔としても選ばれた。
彼女はまれに見る恵まれた環境において、ここまでの地位を得たとも言われている。なぜなら彼女はスタートから全くの時間を要せずトップになった正にスーパーモデルなのである。
そして、1990年代にはシンディ・クロフォード、クリスティー・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタ、ステファニー・シーモア、ナオミ・キャンベルらと共にスーパーモデルとしてファッション界の一世を風靡した。
その甘くグラマラスでセクシーな容姿は「ドイツが産んだブリジット・バルドー」の生き写しとも言われ、スーパーモデルの中で最もパパラッチに囲まれていたとも言われている。長年のレブロンのイメージモデルとしてしても有名である。
現在でも様々なブランドと共に商品開発に携わったり、自身のDVDや本の出版もしている。また、モデル仲間のナオミ・キャンベル、ステファニー・シーモア、クリスティー・ターリントン、エル・マクファーソンと共にニューヨークでレストラン『Fashion cafe』を経営をしたりと実業家の一面も見せている。
1999年まで世界的に有名なマジシャンのデビッド・コッパーフィールドと6年間婚約していたが、2000年秋にガイ・リッチー作品のLock, Stockプロデューサー、マシュー・ヴォーンと出会い2002年に結婚している。 2003年には一人息子Caspar Matthew(カスパル・マシュー)を出産。2004年には第2子で娘の Clementine de Vere Drummond(クレメンタイン・ド・ヴィア・ドラムンド)を出産している。2004年から家族でイギリスのロンドンに住んでいる。
2006年のFIFAワールドカップ大会開幕式典では、ブラジルの「サッカーの王」ペレ共に優勝トロフィーを持って登場した。
1997年クラウディア・シェファーは国際ユニセフ大使になり、2006年にはHIV/AIDSにつてアメリカ合衆国為のユニセフ大使としても活動をしている。
[編集] 出演した映画作品
- リッチー・リッチ Ri¢hie Ri¢h (1994)
- ブラックアウト The Blackout (1997)
- ブラック AND ホワイト Black and White (1999)
- アイ ラブ ヒットマン Life Without Dick (2001)
- ズーランダー Zoolander (2001)
- ラブ・アクチュアリー Love Actually (2003)

