ジルザル

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ジルザル
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1986年
Nureyev
French Charmer
母の父 Le Fabuleux
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ケンタッキー州
生産 Kentucky Select Bloodstock I
馬主 マナ・アル・マクトゥーム
調教師 マイケル・スタウトニューマーケット
競走成績
生涯成績 6戦5勝
獲得賞金 39万7607ポンド
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ジルザル (Zilzal) とはアメリカ合衆国で生産された競走馬および種牡馬である。いとこにポリッシュプレセデントオウインスパイアリングなどがいる。キーンランドイヤリングセールにて75万ドルで落札されている。競走馬時代の主戦騎手ウォルター・スウィンバーンが務め、6戦すべてで騎乗した。馬名のZilzalはアラビア語で「強大な力(地震)」を意味する。

経歴[編集]

競走馬時代[編集]

1989年、3歳時の5月30日レイセスター競馬場で競走馬としてのデビュー戦を迎え、2着馬に10馬身差をつけて初勝利を挙げた。続く重賞初挑戦となったジャージーステークス (G3) を4馬身差で制し、次に出走したクリテリオンステークス (G3) も2着となったラシアンボンドに5馬身差をつけて勝利した。G1初挑戦となったサセックスステークスではマークオブディスティンクションオープニングヴァースウォーニングシャーディーといった強豪馬らとの対戦となったが、2着のグリーンラインエクスプレスに3馬身差をつけ、さらに1分36秒77というレコードタイムで勝利を挙げた。続くクイーンエリザベス2世ステークスでは同い年のいとこであるポリッシュプレセデントを3馬身差退け、G1競走2勝目を挙げた。そしてアメリカ合衆国へ遠征して挑んだブリーダーズカップマイルでは1番人気に支持されたがスタインレンに敗れて6着という結果に終わり、デビュー戦以来の連勝は5でストップし、この競走を最後に競走馬を引退した。

種牡馬時代[編集]

1990年から生まれ故郷でもあるアメリカ合衆国へ戻り、ケンタッキー州で種牡馬となった。しかし初年度産駒はわずか14頭、ケンタッキーでの6シーズンでわずか60頭程度の産駒しか残せなかった。その後1996年からはランウェイズスタッドへ移動し、受胎率も向上した。2003年まで同スタッドで繋養された。現在の繋養地は不明。

産駒はサセックスステークス父仔制覇を成し遂げたアマングメンなどが後継種牡馬となっており、父系を繋げることに成功している。

日本にも競走馬として産駒が数頭輸入されているが目立った成績を残した馬はいない。また、シャンクシーとフェイスフルサンの2頭が中央競馬のGI競走に外国馬として参戦したが、こちらも目立った結果を残せなかった。シャンクシーは引退後に日本で繁殖牝馬となっている。

おもな産駒[編集]

母の父としてのおもな産駒[編集]

血統表[編集]

ジルザル血統ヌレイエフ系 / Hyperion 5×5=6.25%〈父内〉、Nasrullah 5×5=6.25%

Nureyev
1977 鹿毛
Northern Dancer
1961 鹿毛
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Special
1969 鹿毛
Forli Aristophanes
Trevisa
Thong Nantallah
Rough Shod

French Charmer
1978 栗毛
Le Fabuleux
1961 栗毛
Wild Risk Rialto
Wild Violet
Anguar Verso
La Rochelle
Bold Example
1969 鹿毛
*ボールドラッド (USA) Bold Ruler
Misty Morn
Lady be Good Better Self
Past Eight F-No.8-h

脚注[編集]

  1. ^ 鞍上は蛯名正義

外部リンク[編集]