イヴァノヴォ

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イヴァノヴォ
Иваново
イヴァノヴォ市街と路面電車
イヴァノヴォ市街と路面電車
イヴァノヴォの市旗 イヴァノヴォの市章
市旗 市章
位置
ロシア内のイヴァノヴォ州の位置の位置図
ロシア内のイヴァノヴォ州の位置
座標 : 北緯57度0分 東経40度59分 / 北緯57.000度 東経40.983度 / 57.000; 40.983
歴史
文献登場 1561年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 中央連邦管区
 行政区画 イヴァノヴォ州の旗 イヴァノヴォ州
 市 イヴァノヴォ
市長 Alexander Fomin
地理
面積  
  市域 104.8 km2
標高 120 m
人口
人口 (2008年現在)
  市域 406,465人
その他
等時帯 モスクワ時間 (UTC+4)
郵便番号 153000–153048
市外局番 +7 4932
ナンバープレート 37
公式ウェブサイト : http://ivgoradm.ru/

イヴァノヴォイワノヴォロシア語:Ива́ново;Ivanovo)はロシア連邦都市イヴァノヴォ州の州都。人口は、2002年国勢調査で431,721人(1989年国勢調査では481,042人)。

モスクワの北東300kmに位置し、伝統的に「ロシアの織物の首都」と呼ばれてきた。織物を作る労働者の多くは女性であったことから「花嫁の都市」という異名もある。フランスの文学者ナタリー・サロートの出身地でもある。

歴史[編集]

昇天聖堂(ヴォズネセンスキー聖堂)。19世紀末に建設されたが1937年に取り壊された

イヴァノヴォの街の名は1561年に文献に現れている。もとは亜麻から織物を作る村だったイヴァノヴォは17世紀には商業都市となり、1710年ピョートル大帝により織物工場が建設された。19世紀にはイヴァノヴォはロシアの繊維産業を牽引し、ロシアのマンチェスターとも称される繁栄期を迎える。隣接する工業都市ヴォズネセンスキー・ポサド(Вознесенский Посад)を1871年に合併してイヴァノヴォ・ヴォズネセンスクと改名した(1932年に正式名称をイヴァノヴォに戻している)。

20世紀初頭、イヴァノヴォはポーランドの繊維工業都市ウッチ(当時はロシア帝国領)とヨーロッパ第一の繊維生産都市をめぐり競争を繰り広げていた。しかし労働者の生活条件は劣悪でストライキも頻繁であった。これらのストライキのうちの一つがロシア第一革命1905年)へとつながっている。1905年5月にはイヴァノヴォの労働者がイヴァノヴォ・ソヴィエト(労働者による評議会、議会)を作ったが、これはサンクトペテルブルクのソビエトと並びロシア最初期のソビエトの一つである。

経済と文化[編集]

イヴァノヴォ化学技術大学

現在も主な産業は繊維工業であるが、ほかにも化学工業や機械工業も立地する。繊維業はソ連崩壊後打撃を受けており、繊維業の盛んなイヴァノヴォ州の経済はロシア国内でも厳しい部類に入る。またイヴァノヴォ州立大学、イヴァノヴォ医科大学、イヴァノヴォ州立電力大学などもある。

イヴァノヴォには美術館や博物館があり、イコンバロック美術、近代美術を所蔵する。また構成主義建築やアール・ヌーヴォーの建物が多く残り、市のオペラ座は構成主義建築の好例である。

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]