おとり捜査

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おとり捜査囮捜査(おとりそうさ、アジャン・プロヴォカトゥール (agent provocateur (仏)扇動する巡査))とは対象者に犯罪の実行を働きかけ、犯罪が実行されるのを待って、対象者を検挙する捜査手法をいう。捜査員自身が身分を隠して潜入捜査をする覆面捜査として関与する場合と、捜査機関に協力する第三者が関与する場合がある。

概要[編集]

他の捜査手法によっては検挙するのが難しい犯罪(薬物犯罪、買春等)について、おとり捜査が用いられることがある。知的財産権を侵害すると思われる偽ブランド商品や海賊版ソフト、児童ポルノなどの猥褻物、麻薬などの薬物などが、路上やインターネットオークションなどで販売されている場合、覆面捜査で商品を購入し捜査、摘発する買い受け捜査もある。

わなの抗弁[編集]

アメリカ合衆国においては、おとり捜査によって検挙された被告人について、犯罪が捜査官によって誘発されたものであって、被告人には訴追されている犯罪と同種の犯罪に関与する傾向がなかった場合には、その被告人を無罪とする「わなの抗弁」(entrapment defense、「わなの理論」とも)がある。

おとり捜査によって検挙された犯罪訴追される場合、本来犯罪を阻止すべき国家が犯罪の発生を抑止せず、むしろこれに関与している上、国家自らが発生に関与した犯罪を国家が訴追することとなるため、その適法性に争いが生じる。

日本におけるおとり捜査[編集]

おとり捜査の定義[編集]

日本判例において、おとり捜査は、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するもの、と定義される(最高裁判所平成16年7月12日決定刑集58巻5号333頁)。

おとり捜査の類型[編集]

日本においては、アメリカ合衆国における「わなの抗弁」を参考に、おとり捜査を犯意誘発型機会提供型とに二分する考え方(二分説)が登場し、学説の多数を占めた。

  • 「犯意誘発型」とは、犯罪意思のない者に対して、働きかけによって犯意を生じさせ、犯行に及んだところを検挙した事例を言う。
  • 「機会提供型」とは、既に犯意を有している者に対して、その犯意が現実化及び対外的行動化する機会(犯行の機会)を与えるだけの働きかけを行った結果、犯行に及んだところを検挙した事例を言う。

二分説は、犯意誘発型の場合、国家(捜査機関)の干渉がなければおよそ犯罪を行わなかったであろう者が犯罪を行うのであるから、まさに国家が犯罪を創り出したものというべきであり許容されず、実体的訴訟要件がかけるため、免訴すべき(刑事訴訟法337条類推適用)という[1]

ただし、二分説は、1990年代後半頃から2000年代初頭にかけて批判に曝され、多数的見解とは言えなくなった[2]

おとり捜査に関する法令[編集]

麻薬取締法第58条、あへん法第45条により麻薬取締官麻薬取締員麻薬あへんに関する犯罪を捜査するにあたって、厚生労働大臣の許可を受けて、同法の禁止規定に関係なく薬物を譲り受けることができる旨の規定をしている(警察官には認められない)。

銃刀法第27条の3により、警察官・海上保安官は銃器に関する犯罪の捜査にあたって、都道府県公安委員会の許可を受けて、銃刀法や火薬類取締法の禁止規定に関係なく銃器等を譲り受けることができる旨の規定をしている。

競馬法第29条の2、自転車競技法第54条、モーターボート競走法第13条、小型自動車競走法第58条の規定により、公営競技施行者職員(地方公共団体職員や公営競技経営団体職員)は担当大臣の許可を得て公営競技ノミ行為に関する情報を収集するためにノミ屋の客になることができる旨の規定をしている。

これらの規定は、犯罪組織に身分を隠して近づいた時、違法行為を勧められる事があるが、ここで下手に断ると犯罪を摘発する職業身分が露見しかねない場合などにおいて、あくまで自己の安全と捜査のために違法行為をした場合、担当者が罪に問われないようにするためである。

しかし、これらの規定はおとり捜査一般を許容するものとは解釈されていない。また逆に、これら規定が根拠にならないからといって、おとり捜査一般が許容されないということにもならない[2]覚せい剤大麻に関する犯罪に関しては、覚せい剤取締法大麻取締法におとり捜査に関する明示規定は存在しない。

おとり捜査に関する判例[編集]

最高裁判所昭和28年3月5日決定(刑集7巻3号482頁)は、麻薬取締法53条(当時の条文)の有無に関わらず、他人の誘惑によって犯罪を実行した者がいた場合、その誘惑をした者について教唆犯が成立しうることを前提に、その誘惑者が捜査機関であるということだけから、誘惑されて犯罪を実行した者の行為が、犯罪不成立とされることも、刑事手続状の違法があるということもできないとして、問題とされたおとり捜査の適法性を認めた。

最高裁昭和28年3月5日決定の事例は、既に犯罪(大麻樹脂の譲渡)を実行する決意をしていた被告人に対して、その犯罪を実行する機会を捜査機関側が与え、これに応じて犯罪を実行した被告人を検挙したという、いわゆる機会提供型であった。

続く最高裁昭和29年11月5日判決(刑集8巻11号1715頁)は、捜査機関が協力者を通じて、初め生阿片の取引斡旋を申し入れ、後に斡旋者の取引に対する熱意が揺らぐと、協力者を通じ、他の麻薬でもよいなどと斡旋者に申し入れさせ、被告人が麻薬を斡旋者に交付した際にこれを検挙したという事案において、最高裁判所昭和28年3月5日決定を引用しつつ、おとり捜査によって犯意を誘発されたことをもって犯罪の成立は否定されないとし、被告人を無罪とした原審を破棄し、差し戻した。これを犯意誘発型の事案における判例であると解する見解もある[3]

その後、下級審裁判例においては、二分説に依拠すると見られるものが続き[4]、最高裁平成8年10月18日決定[5]においては、おとり捜査は特別の必要がない限り許されないとする、大野正男・尾崎行信両裁判官の反対意見も付された(法廷意見は上告棄却)。

そして最高裁平成16年7月12日決定(刑集58巻5号333頁)は、二分説に拠れば機会提供型に分類される事案において、おとり捜査を一般的に定義した上で、これが任意捜査として許容され得るものであるとして、当該おとり捜査は適法であり、それによって得られた証拠証拠能力も肯定した。

おとり捜査をめぐる学説[編集]

おとり捜査の適法性については、そもそも捜査とは言えない場合があるとの指摘がある[6]

おとり捜査を一定の場合には許容する考え方の中にも、機会提供型は適法とする一方、犯意誘発型は違法とする見解のほか(この見解の中でも、犯意誘発型は実体的訴訟要件を欠くため免訴とする見解や、犯意を誘発して犯罪を実行させることが人格的自律権を侵害するため違法であるとする見解[6]などがある)、任意捜査一般の問題として、おとり捜査によって侵害される捜査対象者の利益と、捜査の必要性・相当性とを比較衡量してその適法性を検討する見解[2][7]、捜査対象者の被侵害利益ではなく、おとり捜査によって創出される法益侵害の性質に着目して相当性を判断すべきとする見解[8]などがある。

フィクションにおける「おとり捜査」[編集]

ドラマ[編集]

コミック[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 団藤重光『新刑事訴訟法要綱』159頁、鈴木茂嗣『刑事訴訟法』63頁など
  2. ^ a b c 山上佳子「おとり捜査」『新実例刑事訴訟法I』5頁以下
  3. ^ 甲斐行夫「判批」刑事訴訟法判例百選(第八版)26頁
  4. ^ 東京高判昭和57年10月15日判時1095号155頁など。
  5. ^ 事件番号平成7年(あ)第548号、判例集未搭載。尾崎久仁子「判批」法律のひろば50巻7号71頁参照。
  6. ^ a b 三井誠『刑事手続(1)』89頁
  7. ^ 長沼範良ほか『演習刑事訴訟法』180頁(大澤裕執筆部分)
  8. ^ 佐藤隆之「判批」『刑事訴訟法判例百選(第七版)』26頁以下、酒巻匡「おとり捜査」法学教室260号106頁

関連項目[編集]