「パラドックス」の版間の差分

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2011年8月22日 (月) 10:19時点における版

パラドックスと呼ばれるものの一般的な構造(左側)、そして解決の基本的な三つのパターン(右側)[1]。図では示されていないが、前提には明示されるものと、そうでないものがある。パラドックスを取り扱う際は、明示されていない前提にも注意を払っていく必要がある。

パラドックスparadox)とは、正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、受け入れがたい結論が得られる事を指す言葉である。

「妥当に思える推論」は狭義には(とりわけ数学分野においては)形式的妥当性をもった推論、つまり演繹のみに限られる。しかし一般的にはより広く帰納など含んだ様々な推論が利用される。また「受け入れがたい結論」は、「論理的な矛盾」と「直観的には受け入れがたいが、別に矛盾はしていないもの」に分けることができる。狭義には前者の場合のみをパラドックスと言い、広義には後者もパラドックスという。こうした区分は主に数学分野を中心に行われるもので、結論が直感的に受け入れやすいかどうかではなく、公理系無矛盾性をより重視する所から来る区分である。論理学者のハスケル・カリーは、単に直感に反しているだけで矛盾は含んでいないパラドックスのことを、擬似パラドックス(pseudoparadox)、と呼び、矛盾を含むパラドックスと区別した[2]

数学以外の分野では「パラドックス」という言葉はよりラフに用いられ、「ジレンマ」、「矛盾」、「意図に反した結果」、「理論と現実のギャップ」等、文脈により様々な意味に用いられる。

日本語では逆説、逆理、背理と訳される。語源はギリシャ語(παράδοξον < παρα-, para-:反対の + δόξα, dóxa: 意見)。有名なものに、自己言及のパラドックスリシャールのパラドックスベリーのパラドックスがある。

パラドックスとは

以下、辞書における定義を引用する:

一般に容認される前提から、反駁しがたい推論によって、一般に容認し難い結論を導く論説を逆理(パラドックスまたは逆説)という。一見正しそうでも、よく考えれば間違った前提や欠陥のある推論を用いている場合は虚偽(fallacy, paraligism)と呼ぶべきだが、これも広い意味では逆理に含められる。 日常感覚的に理解し難い事実を導く科学的(数学的)推論もしばしば逆理といわれる。バナッハ-タルスキの逆理はその好例である〔…〕。このようなものを擬似逆理であるとして、論理的な矛盾を導く二律背反(antinomy)を真性の逆理とする立場がある一方で、二律背反は単に矛盾であって逆理でないという見方もある(後略)。 — 「逆理」日本数学会編『岩波 数学辞典 第4版』岩波書店、2007年(ISBN 978-4-00-080309-0
言葉のもともとの意味では、〈パラドックス〉とは一般に受け入れられている見解に反する命題(ギリシア語でparadoxa)という。論理学でこの言葉を厳密な意味で用いるときは、証明されるはずのない矛盾命題が、妥当な推論によって、あるいは少なくとも一見妥当な推論によって導かれることを〈パラドックス〉と呼ぶ。 — 内井惣七「パラドックス」『岩波 哲学・思想辞典』岩波書店、1998年(ISBN 978-4-00-080089-1
常識的見解に矛盾するように見える見解、あるいは真理に矛盾するように見えて、実はそうではない説。 — 「パラドックス」青本和彦(編集)、上野健爾(編集)、加藤和也(編集)、神保道夫(編集)、砂田利一(編集)、高橋陽一郎(編集)、深谷賢治(編集)、俣野博(編集)、室田一雄(編集)『岩波 数学入門辞典』岩波書店、2005年(ISBN 978-4-00-080209-3

数学における概要

数学はその発展の中で、「正しそうに見える推論」の中から「本当に正しい推論」を選り分けてきた。こうしてまず最初に整数や幾何図形のような対象が数学で扱えるようになったが、その後集合無限のような深遠な対象を取り扱ったり、自己言及のような複雑な推論を扱ったりするようになると、どれが「本当に正しい推論」でどれが「正しそうに見えるが実は間違っている推論」なのかが分からなくなってしまった。パラドックスはこのように、仮定、推論、定義等がよく理解されていない状況で発生してしまうものである。

したがって、パラドックスは単なる矛盾とは区別される。例えば有名な「嘘つきパラドックス」は、「嘘つき」とは何かがはっきりしないからこそ「パラドックス」なのである。これらがはっきり定義された暁には、「嘘つきパラドックス」は単なる「背理法」や「間違った推論」に化ける。このようにパラドックスに適切な解釈を与えて「背理法」や「間違った推論」に変える事を、パラドックスを解消するという。

数学は矛盾を含まないよう注意深く設計されており、パラドックスの起こる命題はうまく避けたり、あるいはパラドックスを解消した上で取り込んでしまったりしている。従って昔はパラドックスを内包してしまっていた集合無限のような対象も現在では取り扱う事ができる。

なお、上で説明したようなパラドックスと違い、

  • 正しい仮定と正しい推論から正しい結論を導いたにも拘らず、結論が直観に反する

ものも「パラドックス」と呼ばれる。

これは擬似パラドックスと呼ばれ、前述した「真の」パラドックスとは別物である。 例えば誕生日のパラドックスは擬似パラドックスとして知られる。これは「23人のクラスの中に誕生日が同じである2人がいる確率は50%以上」というもので、数学的には正しい事実だが、多くの人は50%よりもずっと低い確率を想像する。他にもヘンペルのカラスバナッハ・タルスキの逆理などが擬似パラドックスとして知られる(が、これら2つは、数学の公理の妥当性に疑問を投げかける、重大なパラドックスである)。

一方、

  • 正しそうに見えた仮定や推論が実は間違っていた

場合は単なる「勘違い」である。なお、(実は間違っている)仮定Aと正しい推論から矛盾した結論を得るのは背理法と呼ばれ、「Aではない」という結論を得る為に数学でよく使われる論法である。特殊な場合として、(公理以外に)何も仮定を置いていないにもかかわらず、正しい推論から矛盾した結論を得たとすると、これは「数学自身が矛盾を含んでいた」事になってしまうが、そのような事はないと予想されている。

パラドックスの一覧

哲学

ゼノンのパラドックス
無限とその分割に関するパラドックス。最も有名なものは下記の「アキレウスとカメのパラドックス」。他のものについてはリンク先記事を参照。
カメを追いかけてカメのいた地点にたどり着いても、その時点でカメはさらに先に進んでいるため永久にカメに追いつくことはできない。
探求のパラドックス
探求の対象が何であるかを知っていなければ探求はできない(さもなくばそれは顔も名前も知らない人を探すようなものである)。しかし、それを知っているならば既に答えは出ているので探求の必要はない。プラトンメノンにて指摘した。
グルーのパラドックス
アメリカの哲学者ネルソン・グッドマンの考えた帰納にまつわるパラドックス。同じデータからは複数の帰納が可能である。
全能の逆説
全能者は自分が持ち上げることができないほど重い石を作る事ができるか?
砂山のパラドックス(ソリテス・パラドックス)
砂山から数粒の砂を取り除いても砂山だが、数粒取り除く操作を何度もくり返し、最終的に一粒だけ残ったものも「砂山」と呼べるか。
ハゲ頭のパラドックス
ハゲ(ここでは「髪の薄い人」の意)に数本の毛を追加してもハゲである。毛を追加する操作を何度も繰り返す事で、全ての人がハゲだと分かる。砂山のパラドックスの起源とされる。
テセウスの船
度重なる船の修理で部品交換を繰り返しているうちに、船ができた当初あった部品は全て無くなった。現在の船は最初の船と同一のものか。
現象判断のパラドックス
心身問題に関わるパラドックス。ルネ・デカルトの時代以来続く、心的なものと物理的なものとの間の相互作用に関わる困難についてのパラドックスの現代版。

数学・記号論理学

バナッハ=タルスキーのパラドックス
球を5個以上に分割して組み立てなおすと、もとの球と同じ大きさの球が2個できる、というもの。選択公理の不自然さを指摘したもの。
ヘンペルのカラス
カラスを1羽も見る事無く「カラスは黒い」を証明できる、というもの。対偶論法の不自然さを指摘したもの。
抜き打ちテストのパラドックス
「期間内に抜き打ちテストを行う」という特に間違ってなさそうな言説から矛盾を導く。このパラドックスを解消するには様相論理を必要とする。
トムソンのランプ
今から1秒後にランプをつけ、その1/2秒後にランプを消し、さらにその1/22秒後にランプをつけ…というように1/2n秒毎にランプのon/offを切替えると、全部で2秒経過したときランプはついているか。
すべての馬は同じ色
数学的帰納法をもとにした擬似パラドックス。

自己言及パラドックス関連

ラッセルのパラドックス
自分自身を要素としない集合の集合は、自分自身を含んでいるか。
ベリーのパラドックス
「19文字以内で記述できない最小の自然数」は何か?(「」内の文章自体が19文字であることに注意)
嘘つきのパラドックス
「この文章は嘘である」。ゲーデルはこれを「この命題は証明出来ない」という命題に改めて、第一不完全性定理を導いた。
カリーのパラドックス
「この文章が正しいならばAである」(Aが真でない場合、矛盾する)
床屋のパラドックス
ある村の床屋は自分で髭を剃らない村人全員の髭だけを剃ることになっている。それではこの床屋自身の髭は誰が剃るのか。
例外のパラドックス
例外のない規則はない」という規則に例外はあるか。(例外があると仮定しても、無いと仮定しても自己矛盾する)
張り紙禁止のパラドックス
「この壁に張り紙をしてはならない」という張り紙は許容されるか。
リシャールのパラドックス
ブラリ=フォルティのパラドックス
「全ての順序数の集合」を仮定すると、それ自身が順序数であることから矛盾が生じる。
ワニのパラドックス
「自分の行動を当ててみろ」という襲撃者に対し、たった一言でその動きを完ぺきに制御してしまう。自己言及型のパラドックスの1つ。
自動点灯ライトのパラドックス
相対主義のパラドックス
相対主義は「相対主義を認めない」も許容するのか。あるいは「どの主張も絶対的に正しくない」という相対主義の主張は絶対的なのか。

無限の濃度に関するもの

ガリレオのパラドックス
ほとんどの自然数平方数ではないにもかかわらず、自然数 n を平方数 n2に対応させると、自然数全体と平方数全体とは1対1対応する。
ヒルベルト無限ホテルのパラドックス
無限に部屋のあるホテルは、満室であってもそれぞれ n 番目の客室の客に n + m 番目の客室に移ってもらうことにより、さらに m 人の客を泊めることができる。無限の客がやってきても、元いた客に 2n 番目の客室に移ってもらうことにより入室可能。
これら2つは一見真のパラドックスに見えるが、実は擬似パラドックスにすぎず、数学的に正しい事実を述べている。濃度を参照。
スコーレムのパラドックス
下降型レーヴェンハイム-スコーレムの定理によると、ZF 集合論も可算モデルを持つことになるが、ZF 集合論の中には非可算集合が存在する。このことは一見不合理のように見えるので、スコーレムのパラドックスと呼ばれる。しかし、これは実際はパラドックスではなく、形式体系内での集合概念と、メタ理論内の集合概念の違いをはっきり認識していないと不可解に見えるというに過ぎない。

確率論関連

これらは全て擬似パラドックスに過ぎない。

物理

宇宙論関連

ボイルのフラスコ
オルバースのパラドックス
宇宙が一様かつ十分に大きければ、一つの星の光は僅かでも総和として夜空は太陽面のように明るく輝くはずだというパラドックスである。光の速度が有限であり、また宇宙やその年齢が夜空を星で埋め尽くすほどには大きくないため、前提が成立しないことが明らかとなった[3]
ゼーリガーのパラドックス
宇宙が一様かつ無限であれば1つの星の重力は僅かでも総和として地球はあらゆる方向から無限に強く引かれるはずだというパラドックスだが膨張宇宙の発見により回避された。
フェルミのパラドックス

相対性理論関連

ガレージのパラドックス
物体が高速で動けば、その長さは縮む(ローレンツ収縮)。静止する人から見ると、高速で走る車は長さが縮み、車と同じ長さのガレージに収まる。高速で走る車内から見ると、高速で動くのは前方のガレージを初めとする周りのもの全てであり(相対性理論より)、それらは空間ごと縮む。車の長さは不変のため、ガレージには収まらない。
双子のパラドックス
双子の片方が光速に近い速度で宇宙を旅行してから地球に帰ってきたときに、彼は地球に残してきた兄弟よりも若くなっているか年をとっているか(ウラシマ効果)。
ゲーデル解
一般相対性理論におけるアインシュタイン方程式の厳密解の一つ。時空の回転と宇宙項を仮定した場合に得られるもので、時間旅行が理論的に可能になる。

量子力学関連

経済学・社会科学

サイエンス・フィクション

親殺しのパラドックス
タイムマシンで過去に行き、自分が生まれる前の自分の親を殺したとき、自分は産まれてこないことになる。またそうなると自分が居ないために親が殺されない。さらに、親は殺されないため自分は生まれてくる。という循環ができる(タイムトラベル参照)。

未分類

関連項目

参考文献

  • ウィリアム・パウンドストーン『パラドックス大全』松浦俊輔訳、青土社、2004年10月。ISBN 4-7917-6143-X 

脚注

  1. ^ 三浦俊彦『論理学がわかる事典』日本実業出版社、2004年2月。ISBN 4-534-03710-4 
  2. ^ Weisstein, Eric W. "Pseudoparadox." From MathWorld
  3. ^ エドワード・ハリソン (Edward Harrison)『夜空はなぜ暗い? — オルバースのパラドックスと宇宙論の変遷』長沢工監訳、地人書館、2004年11月。ISBN 4-8052-0750-7 
  4. ^ ポール・クルーグマンロビン・ウェルス『クルーグマン マクロ経済学』大山道広石橋孝次塩澤修平白井義昌大東一郎玉田康成蓬田守弘訳、東洋経済新報社、2009年4月、p. 333頁。ISBN 978-4-492-31397-8 
  5. ^ ポール・クルーグマンロビン・ウェルス『クルーグマン ミクロ経済学』大山道広石橋孝次塩澤修平白井義昌大東一郎玉田康成蓬田守弘訳、東洋経済新報社、2007年10月、p. 499頁。ISBN 978-4-492-31383-1 

外部リンク