「幸福の黄色いハンカチ」の版間の差分

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*花田欽也と島勇作が最後に別れるシーンの撮影時、武田は台本通りになかなか泣けなかった。このとき、武田のもとに高倉が寄ってきて長期間の撮影に感謝する旨を述べると、武田は感激してぼろぼろと涙をこぼしたという。この瞬間に別れのシーンが撮影された。
*花田欽也と島勇作が最後に別れるシーンの撮影時、武田は台本通りになかなか泣けなかった。このとき、武田のもとに高倉が寄ってきて長期間の撮影に感謝する旨を述べると、武田は感激してぼろぼろと涙をこぼしたという。この瞬間に別れのシーンが撮影された。
*高倉健としても、長年続いた[[ヤクザ映画]]から久々の人情ドラマであり、また役者として再起を図るために参加しており、転換点となった作品である。
*高倉健としても、長年続いた[[ヤクザ映画]]から久々の人情ドラマであり、また役者として再起を図るために参加しており、転換点となった作品である。
*[[2004年]]、[[イラク]]の復興支援に向かう[[自衛隊員]]の安全と活動の成功、そして無事の帰還を願って、この映画をヒントにした、黄色のハンカチを目立つところに掲げる「黄色いハンカチ運動」が[[旭川常盤ロータリー]]から[[旭川市]][[自衛隊]]周辺を筆頭に広まりを見せた。それに対して映画を監督した山田は[[新聞]]の取材に対して「アメリカなどでは戦地へ赴く兵士に対して黄色いハンカチを掲げることもある」としながらも「(自分の監督した)映画のハンカチは夫婦愛の証で、[[戦争]]に行く兵士の無事を願うこととは本質的に違う」とコメントし
*[[2004年]]、[[イラク]]の復興支援に向かう[[自衛隊員]]の安全と活動の成功、そして無事の帰還を願って、この映画をヒントにした、黄色のハンカチを目立つところに掲げる「黄色いハンカチ運動」が[[旭川常盤ロータリー]]から[[旭川市]][[自衛隊]]周辺を筆頭に広まりを見せた。それに対して映画を監督した山田は[[新聞]]の取材に対して「アメリカなどでは戦地へ赴く兵士に対して黄色いハンカチを掲げることもある」としながらも「(自分の監督した)映画のハンカチは夫婦愛の証で、[[戦争]]に行く兵士の無事を願うこととは本質的に違う」など的外れで高慢なコメントている
*[[日本テレビ]]が毎年[[8月]]に[[放送]]している『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」]]』で出演者が着用しているTシャツのメイン色が黄色なのはこの映画の影響だと言われている。
*[[日本テレビ]]が毎年[[8月]]に[[放送]]している『[[24時間テレビ 「愛は地球を救う」]]』で出演者が着用しているTシャツのメイン色が黄色なのはこの映画の影響だと言われている。
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2008年3月15日 (土) 12:25時点における版

幸福の黄色いハンカチ(しあわせのきいろいハンカチ)は、1977年10月1日に公開された日本の映画である。松竹作品。

解説

家族』『故郷』『砂の器(脚本のみ)』『男はつらいよ』シリーズなど、数多くのヒット作を手がけた山田洋次監督による北海道を舞台にした、日本のロードムービーの代表作である。高倉健倍賞千恵子といったベテラン俳優から、映画初出演となる武田鉄矢、さらには脇役に渥美清桃井かおりを据えるなどこれ以上ない布陣で臨んだ同作品は、俳優陣の演技はもちろんのことシンプルながら観衆の心情に深く訴えかけるストーリーが高い評価を得、第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報賞など、同年の国内における映画賞を総なめにした。

後にTBSにてキャスティングを変えて、ドラマ化もされた。また、米国でもウィリアム・ハート主演で「The Yellow Handkerchief」のタイトルでリメイクされ、2009年日本公開予定である(後述)。

あらすじ


注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。


4代目FRファミリア

失恋して、ヤケになった花田欽也(武田鉄矢)は真っ赤なファミリア(4代目のFRファミリア)を購入、失恋の傷を癒すため、フェリーに乗り、北海道を目指す。釧路から網走にやってきた欽也は駅前で片っ端から女の子に声をかけはじめる。一方、網走刑務所からは、刑期を終えた一人の男、島勇作(高倉健)が出所してくる。郵便局に寄った勇作は葉書きを一枚書いて出していく。欽也はどうにか一人の女の子朱美(桃井かおり)をナンパしてウキウキとドライブを始める。海岸にやってきた2人は勇作に写真を撮ってもらった縁で3人旅を始めることになる。

その晩、阿寒湖温泉の宿で、まんまと朱美と同室になった欽也は朱美を口説き始める。「キスだけ」といいながらも朱美にのしかかっていく。抵抗していた朱美は急に動かなくなり、泣き始める。そこに勇作が現れ、事無きを得る。

3人のトリオは崩れそうになりながらも続いていく。その夜、ある農家に泊まることになり、同室になった勇作と欽也が九州出身ということがわかってくる。そして車の中の会話から、勇作は夕張に向かっていることが明らかになってくる。帯広の駐車場で、ヤクザ風の男(たこ八郎)に因縁をつけられるが、勇作の機転で難を逃れる。しかし勇作が運転していたことで、物語は大きく前進していく。一斉検問に引っかかり、勇作が無免許ということから刑務所に入っていたことがわかってくる。最寄の警察署に連行されるが、昔勇作の事件を担当した渡辺係長(渥美清)の温情で事無きを得る。刑務所帰りがばれた勇作は汽車で行くというが、結局は3人旅は続いていく。

車の中で勇作は自分の過去を語り出す。スーパーのレジ係だった光枝(倍賞千恵子)との出会い、結婚、そして幸せな新婚生活。光枝が妊娠したらしい、ということで喜ぶ勇作。医者に行くという光枝が「もし、妊娠が本当だったら、竿の先に黄色いハンカチをあげておく」という言葉に勇んで仕事に出て行く。竿の先にはためく黄色いハンカチを見つけた勇作は天にでも上る気持ちだった。しかし力仕事をした光枝は流産してしまう。病院で勇作は、光枝の過去を知ることになる。5年前の流産。絶望した勇作はヤケになり夜の繁華街に繰り出す。絡んできたチンピラとの喧嘩で相手を死なせてしまう。刑務所に入った勇作は離婚を決意する。面会に訪れた光枝に勇作は「今ならお前はまだ若いし、その気ならいい男もいるかもしれん」と諭す。不器用な生きかたしかできない、彼流の男の愛情表現だった。

勇作は1人で夕張に向かおうとする。勇作は葉書きを出したことを告白する。「もし、まだ1人暮らしで待っててくれるなら・・・黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ、それが目印だ、もしそれが下がってなかったら俺はそのまま引返して、2度と夕張には現れないから…」それを聞いた欽也達は一緒に夕張に行くことを決心する。

ゆれる男の気持ちと、それを励ます2人。1度は引き返そうとするが朱美の一言で再び夕張に向かう。車は夕張の町に入っていく。勇作はもう外を見ていられない。朱美が景色を説明する。勇作が答える。やがて車は止まり欽也と朱美は外へ出て回りを見まわす。「ほらー、あれ!」叫ぶ朱美。視線の先には何十枚もの黄色いハンカチがたなびいている。力強く勇作の背中を押し出す2人。2人の再会シーンには言葉は要らない。みつめあう2人、仲良く家の中に消えていく。それを見届けた、欽也と朱美は車の中で強く抱き合い、今度は愛情のこもったキスをする。男の純情、そして軽薄さの象徴であった欽也にもやさしい感情が芽生え、初めて朱美をいとおしいと思った。男と女が本当に愛し合い、相手の人生を大切にする、という純な愛を見せつけた作品であった。


以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。


スタッフ

出演

受賞

第1回日本アカデミー賞

  • 最優秀作品賞
  • 最優秀監督賞:山田洋次
  • 最優秀脚本賞:山田洋次・朝間義隆
  • 最優秀主演男優賞:高倉健
  • 優秀主演女優賞:倍賞千恵子
  • 最優秀助演男優賞:武田鉄矢
  • 最優秀助演女優賞:桃井かおり
  • 優秀音楽賞:佐藤勝

第51回キネマ旬報賞

  • 日本映画ベスト・テン第1位
  • 監督賞:山田洋次
  • 脚本賞:山田洋次・朝間義隆
  • 主演男優賞:高倉健
  • 助演男優賞:武田鉄矢
  • 助演女優賞:桃井かおり
  • 読者選出日本映画第1位
  • 読者選出日本映画監督賞:山田洋次

第32回毎日映画コンクール

  • 日本映画大賞
  • 監督賞:山田洋次
  • 脚本賞:山田洋次・朝間義隆
  • 男優演技賞:高倉健
  • 音楽賞:佐藤勝
  • 録音賞:中村寛

第20回ブルーリボン賞

  • 作品賞
  • 監督賞:山田洋次
  • 主演男優賞
  • 助演女優賞

第2回報知映画賞

  • 作品賞
  • 主演男優賞:高倉健

リメーク版

アメリカで「ザ・イエロー・ハンカチーフ(原題)」としてリメークされる。(2007年)。オリジナルで高倉健、倍賞千恵子が演じた役をウィリアム・ハートマリア・ベロらが演じている。2007年、米国版のプロデューサーであるアーサーコーンが来日し、山田洋次監督と会談した。製作発表は2007年2月12日におこなわれた。2007年3月下旬に撮影開始、4月24日に撮影終了。12月に完成予定、2008年春ごろに日本公開予定であるという。

その他

  • この映画以降、役者としても新境地を開拓していくことになる武田鉄矢が注目されることとなった作品でもある。歌手としてのキャリアしかなかった当時の武田は監督の山田洋次から相当厳しく演技を教え込まれたようで、撮影後の食事はほとんど喉を通らなかったらしい。が、撮影を終えるといろいろな話を聞かせてもらったといい、そのときの話を後に海援隊で「幸福の黄色いハンカチ」という曲(朗読詩)として披露している(1983年発表の海援隊のライブアルバム「ラストライブ」に収録)。
  • この映画で役者として抜擢されるまでほとんど無名の(「母に捧げるバラード」のヒット以来海援隊もほぼ忘れられていた)歌手だったが、そんな武田になぜ山田洋次からオファーがあったのかは武田自身も未だにはっきりとは分からないという。
  • 撮影当時、武田鉄矢は運転免許を取得しておらず(取得に20年かかったとダウンタウンDXで語っている)、運転するシーンはトレーラーでけん引しながら撮影された。
  • 花田欽也と島勇作が最後に別れるシーンの撮影時、武田は台本通りになかなか泣けなかった。このとき、武田のもとに高倉が寄ってきて長期間の撮影に感謝する旨を述べると、武田は感激してぼろぼろと涙をこぼしたという。この瞬間に別れのシーンが撮影された。
  • 高倉健としても、長年続いたヤクザ映画から久々の人情ドラマであり、また役者として再起を図るために参加しており、転換点となった作品である。
  • 2004年イラクの復興支援に向かう自衛隊員の安全と活動の成功、そして無事の帰還を願って、この映画をヒントにした、黄色のハンカチを目立つところに掲げる「黄色いハンカチ運動」が旭川常盤ロータリーから旭川市自衛隊周辺を筆頭に広まりを見せた。それに対して映画を監督した山田は新聞の取材に対して「アメリカなどでは戦地へ赴く兵士に対して黄色いハンカチを掲げることもある」としながらも「(自分の監督した)映画のハンカチは夫婦愛の証で、戦争に行く兵士の無事を願うこととは本質的に違う」などと的外れで高慢なコメントをしている。
  • 日本テレビが毎年8月放送している『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』で出演者が着用しているTシャツのメイン色が黄色なのはこの映画の影響だと言われている。