銀山町停留場

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銀山町停留場*
停留場全景
停留場全景
かなやまちょう
Kanayama-cho
M4 稲荷町 (0.4km)
(0.2km) 胡町 M6
所在地 広島市中区幟町
駅番号 M5
所属事業者 広島電鉄
所属路線 本線
キロ程 1.2km(広島駅起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1912年(大正元年)11月23日
備考 * 1965年に山口町から改称。
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銀山町停留場(かなやまちょうていりゅうじょう、銀山町電停)は、広島県広島市中区幟町にある広島電鉄本線路面電車停留場

歴史[編集]

当停留場は1912年(大正元年)、本線の広島駅前から紙屋町までの区間が開通[3]したのと同時に開設された[4]。開設当時の名称は山口町停留場(やまぐちちょうていりゅうじょう)であった[5]

1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下により広島電鉄の市内線は全線が不通となるが、本線は己斐方面から順次復旧、当停留場を含む区間は同年の10月に運行の再開にこぎつけている[4][6]。その後1965年(昭和40年)4月1日には広島市内で町名変更が実施され[7]、山口町が銀山町になったのに合わせて停留場名も銀山町に改称された[6]

構造[編集]

本線はほぼすべての区間で道路上に軌道が敷かれている併用軌道であり、当停留場のホームも道路上に設けられている。ホームは低床式で2面あり、東西方向に伸びる2本の線路を挟み込むように配置された相対式ホームという形態をとる[10][11]。線路の北に広島駅方面の上りホーム、南に広電西広島駅方面の下りホームがある[10][11]。車両の大型化に伴い、1973-74年ごろには停留場の延長工事がなされている[12]

かつては稲荷町方向に折り返し設備があったが、撤去された[要出典]

運行系統[編集]

本線には広島電鉄が運行するすべての系統が乗り入れているが、当停留場にはこのうち1号線、2号線、6号線、それに0号線が乗り入れいている。

下りホーム 0号線 日赤前ゆき・広電前ゆき
1号線 広島港ゆき
2号線 広電宮島口ゆき・広電西広島ゆき
6号線 江波ゆき
上りホーム 1号線2号線6号線 広島駅ゆき

周辺[編集]

広島市の目抜き通りである相生通りの東端に位置し、オフィスビル・雑居ビル・マンションなどがひしめく地区である。東に少し歩くと京橋川に出る。南に少し歩くと広島市の歓楽街・風俗街である薬研堀地区に出る。

2000年までは停留場の南方に広島証券取引所があり、周囲は証券街の様相を呈していた[13]。証券取引所が廃止された後も金融機関の本店や支店が多く立地している[11]

隣の停留場[編集]

広島電鉄
本線
稲荷町停留場 (M4) - 銀山町停留場 (M5) - 胡町停留場 (M6)

脚注[編集]

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  1. ^ 『広電が走る街 今昔』45頁
  2. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』43頁
  3. ^ 路線自体は紙屋町より先の櫓下まで竣工していたが、トラブルのため実際に紙屋町より先の区間が開業したのは2週間後のことである[1][2]
  4. ^ a b c d 『広電が走る街 今昔』150-157頁
  5. ^ 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』11 中国四国、新潮社2009年、37頁。ISBN 978-4-10-790029-6
  6. ^ a b c d e 『広島のチンチン電車 市内線と宮島線波乱に富んだ86年のドラマ』 郷土出版社1998年、227-236頁。ISBN 4-87670-110-5
  7. ^ 廃止町名と現在の町の区域”. 広島市. 2016年7月23日閲覧。
  8. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』431頁
  9. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』124頁
  10. ^ a b 川島令三全国鉄道事情大研究』中国篇 2、草思社2009年、103頁。ISBN 978-4-7942-1711-0
  11. ^ a b c 川島令三 『山陽・山陰ライン 全線・全駅・全配線』第7巻 広島エリア、講談社〈【図説】 日本の鉄道〉、2012年、9・75頁。ISBN 978-4-06-295157-9
  12. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』196・233頁
  13. ^ 『広電が走る街 今昔』29頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]