土橋停留場

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土橋停留場
ホーム全景(2007年)
ホーム全景(2007年)
どばし
Dobashi
所在地 広島市中区堺町一丁目
駅番号 M13
所属事業者 広島電鉄
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1912年(大正元年)12月8日
乗入路線 2 路線
所属路線 本線
キロ程 3.4km(広島駅起点)
M12 十日市町 (0.3km)
(0.2km) 小網町 M14
所属路線 江波線
キロ程 0.0km(当駅起点)
(0.6km) 舟入町 E1
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土橋停留場(どばしていりゅうじょう、土橋電停)とは、広島市中区堺町にある、広島電鉄路面電車停留場

広島電鉄本線江波線が分岐する、乗り換え停留場である。 

歴史[編集]

当停留場はまず本線の停留場として1912年(大正元年)に開業した。開業時の停留場名は土橋筋停留場(どばしすじていりゅうじょう)であったが、大正期には土橋停留場に改称されている[1]。また、当停留場から紙屋町方面へ向かう路線は当初、北に位置する十日市町を経由せずに南回りで左官町まで通じていた[2]

一方江波線が開通したのは1943年(昭和18年)のことである[2]。この時すでに十日市町には横川線が通じており、次いで土橋と十日市町を短絡して江波線と横川線を直通させる新線の建設が進められた[2]。従来南回りで土橋と左官町を結んでいた区間は軌道が敷かれている道幅が狭く、また半径の小さなカーブが連続していて電車運行の上でボトルネックとなっていたことから、円滑な電車の運行のためこの区間の解消が図られたのである[3]。この新線は翌年の1944年(昭和19年)に開通、すでに左官町と十日市町を結んでいた横川線の線路と合わせて本線に組み込まれ、それまで南回りで土橋と左官町を結んでいた線路はこのとき廃止された[2]

1945年(昭和20年)8月6日には原爆投下により広島電鉄の市内線も被害を受け休止されるが、路線は己斐方面から復旧、同年中には本線が、2年後には江波線が運行再開を果たしている[4]

土橋筋から土橋への改称時期を1919年(大正8年)ごろとする資料もあるが[2]、『広島電鉄開業100年・創業70年史』では1918年(大正7年)時点での停留場名を「土橋」とする[9]

構造[編集]

広島電鉄の市内線はほぼ全区間が道路上に軌道が敷設された併用軌道で、当停留場も道路上にホームが設けられている。土橋町交差点の上で本線から江波線が分岐しており、本線は交差点から北と西方向、江波線は南方向へ通じている。ホームは低床式で2面あり、いずれも交差点の北側、本線の線路を挟み込むように向かい合って配置されている(相対式ホーム[10][11]。2路線が分岐する停留場であるが乗り場はまとめられていて、線路の東側に広電西広島駅江波停留場方面の下りホーム、西側に広島駅方面の上りホームがある[10]2014年には上屋の増設やホームの拡幅など停留場がリニューアルされた[8]

上りは広島駅・横川駅・広島港行き電車、下りは江波・宮島口・西広島行きが行き来する乗り換え停留場の上、3連接車両の電車が頻繁に止まるのでホームの長さは長めに取られている。しかし朝のラッシュ時などは通勤・通学客で混雑することが多く、乗降整理のための駅員が上りホームに配置される[10]。駅員が配置されている時間帯は入口扉からも降車が可能。

江波線の舟入町寄りには渡り線があり[10]、折り返し運転の際に用いられる。

運行系統[編集]

本線には広島電鉄が運行するすべての系統が乗り入れいているが、このうち当停留場には2号線、3号線、6号線、8号線、9号線、それに0号線が乗り入れる。当停留場を経由して本線と江波線を結ぶのは6号線、8号線、9号線で、それ以外は本線のみを使用する。

上りホーム 0号線 日赤病院前ゆき・広電前ゆき
2号線6号線 広島駅ゆき
3号線 宇品二丁目ゆき 朝時間帯は広島港ゆき
8号線 横川駅ゆき
9号線 白島ゆき
下りホーム 2号線 広電宮島口ゆき
2号線3号線 広電西広島ゆき
6号線8号線9号線 江波ゆき

利用状況[編集]

  • 土橋停留場の1日平均の乗降人数は6,853人である。(平成11年度)

周辺[編集]

当停留場の南東にある土橋町は「どばし」ではなく「どし」と読む[10][12]中国新聞社の本社屋が停留場の南東徒歩5分の距離にある[10]

隣の停留場[編集]

広島電鉄
本線
十日市町停留場 (M12) - 土橋停留場 (M13) - 小網町停留場 (M14)
江波線
土橋停留場 (M13) - 舟入町停留場 (E1)
  • 1947年(昭和22年)までは、江波線の舟入町停留場との間に上舟入停留場が存在した。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』11 中国四国、新潮社2009年、37頁。ISBN 978-4-10-790029-6
  2. ^ a b c d e 『広電が走る街 今昔』56-57頁
  3. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』99-100頁
  4. ^ 『広島のチンチン電車 市内線と宮島線波乱に富んだ86年のドラマ』 郷土出版社1998年、227-236頁。ISBN 4-87670-110-5
  5. ^ a b c d e 『広電が走る街 今昔』150-157頁
  6. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』431頁
  7. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』124頁
  8. ^ a b 電車サービス向上計画”. 広島電鉄. 2016年10月4日閲覧。
  9. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』49頁
  10. ^ a b c d e f 川島令三 『山陽・山陰ライン 全線・全駅・全配線』第7巻 広島エリア、講談社〈【図説】 日本の鉄道〉、2012年、13・77頁。ISBN 978-4-06-295157-9
  11. ^ 川島令三 『全国鉄道事情大研究』中国篇 2、草思社2009年、103-104頁。ISBN 978-4-7942-1711-0
  12. ^ 現行町名と廃止町名の一覧”. 広島市. 2016年7月25日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]