コンテンツにスキップ

金森修

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金森 修(かなもり おさむ、1954年昭和29年)8月4日 - 2016年平成28年)5月26日[1])は、日本哲学研究者・思想評論家[2]

来歴

[編集]

北海道札幌市生まれ。札幌市立啓明中学校北海道札幌南高等学校を卒業。高校1年生(1970年)の頃、当時の3年生を中心とした学生グループが決定した授業無限拒否に巻き込まれる(札南闘争[3]

1978年(昭和53年)東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業。同大学院人文科学研究科比較文学比較文化博士課程満期退学

数理哲学者のジャン=トゥサン・ドゥサンティを指導教員としてパリ第1大学で学び、ガストン・バシュラールを論じたA4サイズで500枚を超える長大な博士論文を提出、哲学博士の学位を取得[4]

1987年(昭和62年)頃筑波大学講師・助教授。東京水産大学助教授を経て2000年教授。2002年東京大学大学院教育学研究科教授。

1995年『フランス科学認識論の系譜』で渋沢・クローデル賞を受賞。2000年『サイエンス・ウォーズ』でサントリー学芸賞、並びに、哲学奨励山崎賞を受賞。2011年『〈生政治〉の哲学』で日本医学哲学・倫理学会 学会賞を受賞。

2016年5月26日、大腸癌により死去。満61歳没。

人物

[編集]
  • 1980年代から1990年代前半にかけてエピステモロジー(フランス系の科学思想史)を主に研究し、ガストン・バシュラールジョルジュ・カンギレムなどの導入を行った。その際、よく準拠した科学は主に医学と生物学であった。
  • 一時期、科学社会学的動向にも注意を払ったが、2000年代前半にはより古典的な哲学史研究や、生政治学・生命倫理学に関心を移動させている。ただ、それらの作業全体の背後には、フーコーから学んだ問題関心が利いている場合が多い。特に2000年代後半では、人間と非人間、あるいは準人間との境界領域が孕む諸問題を、具体例を挙げて論じようとしている。
  • ユダヤの特殊な泥人形ゴーレム、それに〈人間未満の生物〉としての動物一般についての考察などが、その具体的な成果である。『ゴーレムの生命論』や『動物に魂はあるのか』は、人間と非人間との境界を探る一種の〈亜人論〉を構成していると位置づけてもよい。
  • 他界後、『昭和前期の科学思想史』に基づいた英訳が出版された[5]

著書

[編集]

単著

[編集]

編著

[編集]
  • 『エピステモロジーの現在』(慶應義塾大学出版会 2008年)
  • 『科学思想史』(勁草書房 2010年)
  • 『昭和前期の科学思想史』(勁草書房 2011年)
  • 『合理性の考古学 ―― フランスの科学思想史』(東京大学出版会 2012年)
  • 『エピステモロジー ―― 20世紀のフランス科学思想史』(慶應義塾大学出版会 2013年)
  • 『昭和後期の科学思想史』(勁草書房 2016年)
  • 『明治・大正期の科学思想史』(勁草書房 2017年)

共著

[編集]
  • 井山弘幸)『現代科学論 ―― 科学をとらえ直そう』(新曜社 2000年)
  • 池田清彦)『遺伝子改造社会 ―― あなたはどうする』(洋泉社[新書y] 2001年)

共編著

[編集]
  • 中島秀人)『科学論の現在』(勁草書房 2002年)
  • (近藤和敬・森元斎)『VOL 05 特集:エピステモロジー』(以文社 2011年)
  • 粟屋剛)『生命倫理のフロンティア』(シリーズ生命倫理学 第20巻)(丸善出版 2013年)
  • (塚原東吾)『科学技術をめぐる抗争』(リーディングス戦後日本の思想水脈 第2巻)(岩波書店 2016年)

訳書

[編集]
  • フランソワ・ダゴニェ『具象空間の認識論 ―― 反・解釈学』(法政大学出版局 1987年)
  • ジョルジュ・カンギレム『反射概念の形成 ―― デカルト的生理学の淵源』(法政大学出版局 1988年)
  • ガストン・バシュラール『適応合理主義』(国文社 1989年)
  • フランソワ・ダゴニェ『面・表面・界面 ―― 一般表層論』(法政大学出版局 1990年)
  • ジョルジュ・カンギレム『科学史・科学哲学研究』(法政大学出版局 1991年)
  • フランソワ・ダゴニェ『バイオエシックス ―― 生体の統御をめぐる考察』(法政大学出版局 1992年)
  • フランソワ・ダゴニェ『病気の哲学のために』(産業図書 1998年)
  • ロシュディ・ラーシェド「科学史 ――科学認識論と歴史との狭間で――」『みすず』第460号、1999年7月、pp.25-37.
  • 「アレクサンドル・コイレ『天文学革命、コペルニクス、ケプラー、ボレッリ』」『ミシェル・フーコー思想集成』第Ⅰ巻(筑摩書房 1998年) pp.209-211.
  • 「ミシェル・フーコーとジル・ドゥルーズはニーチェにその本当の顔を返したがっている」pp.379-383;「哲学者とは何か」pp.384-385;「メッセージあるいは雑音?」pp.392-396.『ミシェル・フーコー思想集成』第Ⅱ巻(筑摩書房 1999年)
  • 「F・ダゴニェの論考『生物学史におけるキュヴィエの位置づけ』に関する論考」pp.330-334;「生物学史におけるキュヴィエの位置」pp.335-381.『ミシェル・フーコー思想集成』第Ⅲ巻(筑摩書房 1999年)
  • 「イデオロギーとしての飢え」スーザン・ボルド『耐えられない重さ』より(柴田崇との共訳)ならびに解題 『思想』第946号、2003年2月、pp.31-60.
  • H・トリストラム・エンゲルハート「医学哲学」『生命倫理百科事典』第3版、volume I, 丸善、2007年、pp.33-37.
  • Introduction, pp.391-398, Traduction d'un texte de Omori Shozo, "Le passe et le reve en tant que fabrication langagiere", pp.398-421. 大森荘蔵の論文の仏訳と、大森哲学の簡単な紹介 in Dalissier, M., S.Nagai et Y.Sugimura, sous la direction de, Philosophie Japonaise, Paris, J.Vrin, 2013.

関連項目

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ “東大大学院教授の金森修さん死去 科学思想史”. 朝日新聞. (2016年5月27日). http://www.asahi.com/articles/ASJ5W5S0HJ5WUCVL01Q.html 2016年5月27日閲覧。 
  2. ^ 「日本文藝家協会ニュース」、No.741、2014年3月号、p.8。
  3. ^ 金森修『科学思想史の哲学』岩波書店、2015年、47頁。
  4. ^ 金森修『科学思想史の哲学』岩波書店、2015年、58頁。
  5. ^ Hsiung, Hansun (2021-01-02). “Épistémologie à la japonaise: Kanamori Osamu and the history and philosophy of science in Japan”. Contemporary Japan 33 (1): 123–137. doi:10.1080/18692729.2020.1847390. ISSN 1869-2729. https://doi.org/10.1080/18692729.2020.1847390. 

外部リンク

[編集]