重信メイ

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重信 メイ
生誕 奥平 メイ
(おくひら めい)

(1973-03-01) 1973年3月1日(44歳)
レバノンの旗 レバノンベイルート
国籍 日本の旗 日本
民族 レバノン系及びパレスチナ系日本人
教育 同志社大学大学院社会学研究科メディア学修了
職業 ジャーナリスト
ニュースキャスター
活動期間 2001年 -
代表経歴 ニュースの深層サブキャスター
肩書き 河合塾英語講師
APF通信社記者
APF通信社リポーター
中東放送センター東京特派員
配偶者 無し
家族 重信末夫重信房子

重信 メイ(しげのぶ メイ、1973年3月1日 - )は、レバノン系及びパレスチナ系日本人のジャーナリスト、元ニュースキャスター、一時期女優業も務めた。レバノンベイルート出生。専門分野は、パレスチナ問題を中心に中東問題、中東メディア、アラブ世界、イスラム文化、イラク、クルド問題など。日本語英語アラビア語を操るトライリンガルでもある。本名は、奥平(おくひら)メイ。2016年6月現在未婚。

経歴・人物[編集]

  • テロリストで、元日本赤軍のリーダー重信房子受刑者の長女。父親は、パレスチナ人活動家で、イスラエルとの闘争中にミサイル攻撃により暗殺されたと推測される。8歳の誕生日に母親から「パレスチナ人と共に闘うため日本から来た」と教えられた。イスラエル情報機関を警戒して難民キャンプや民家を転々として、母親の仲間以外には出生や本名を伏せて暮らした。通学や出入国に必要な仮の身分証明書の確保にはアラブ諸国などの支援を受けたという[1]
  • 1997年ベイルート・アメリカン大学を卒業後、同大学国際政治学科大学院に進学、1998年~2001年レバノン大学で、ジャーナリズムを学んだ。出生後、どこにも届け出がされていなかったため28年間無国籍だったが、2001年3月5日に日本国籍を取得し、同年4月3日に初来日した。
  • 2011年、同志社大学渡辺武達の指導のもと、同大学大学院社会学研究科メディア学(博士課程)を修了、「アルジャジーラ放送アラビア語報道局によるフレーミングと議題設定効果の研究 :衛星チャンネルのアラブ社会への影響の視点から」で博士(メディア学)。
  • 河合塾で英語の講師を務めながら(2002年4月‐)、APF通信社に記者・リポーターとして在籍(2004年1月‐)。中東放送センターMiddle East Broadcasting Center)の東京特派員も務める(2009年‐)。
  • 重信メイの後見人は、玄洋社の総帥だった頭山満の孫で、玄洋社の流れを汲む呉竹会会長の頭山興助である。これは、重信房子の父、重信末夫血盟団の元メンバーで、五・一五事件に連座した頭山満の3男、頭山秀三とも関わりがあったことから、重信房子が逮捕後、頭山興助に依頼したものである[2]

著書[編集]

テレビ[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]