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酢酸鉛(II)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
酢酸鉛(II)
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識別情報
3D model (JSmol)
ChEBI
ChEMBL
ChemSpider
ECHA InfoCard 100.005.551 ウィキデータを編集
EC番号
  • 206-104-4
MeSH lead+acetate
RTECS number
  • OF8050000
UNII
特性
化学式 C4H6O4Pb
モル質量 325.29 g mol−1
外観 白色粉末または無色蛍光結晶
匂い わずかに酢酸臭
密度 3.25 g/cm3 (20 °C, 無水物)
2.55 g/cm3 (三水和物)
1.69 g/cm3 (十水和物)[1]
融点

280℃(無水物)
75℃(三水和物)
≥ 200 ℃で分解[2]
22℃(十水和物)[1]

沸点

分解

への溶解度 無水物:
19.8 g/100 mL (0 °C)
44.31 g/100 mL (20 °C)
69.5 g/100 mL (30 °C)[3]
218.3 g/100 mL (50 °C)[1]
溶解度 無水物と三水和物はエタノールとグリセロールに溶ける[3]
メタノールへの溶解度 無水物:[3]
102.75 g/100 g (66.1 °C)
三水和物:[4]
74.75 g/100 g (15 °C)
214.95 g/100 g (66.1 °C)
グリセロールへの溶解度 無水物:[3]
20 g/100 g (15 °C)
三水和物:[4]
143 g/100 g (20 °C)
磁化率 −89.1·10−6 cm3/mol
屈折率 (nD) 1.567 (三水和物)[1]
構造
単斜晶系(無水物、三水和物)
菱形(十水和物)
熱化学
標準生成熱 ΔfHo −960.9 kJ/mol (無水物)[3]
−1848.6 kJ/mol (三水和物)[4]
危険性
労働安全衛生 (OHS/OSH):
主な危険性
神経毒性、発癌性物質
GHS表示:
経口・吸飲による有害性 水生環境への有害性[2]
Danger
H360, H373, H410[2]
P201, P273, P308+313, P501[2]
NFPA 704(ファイア・ダイアモンド)
NFPA 704 four-colored diamondHealth 2: Intense or continued but not chronic exposure could cause temporary incapacitation or possible residual injury. E.g. chloroformFlammability 1: Must be pre-heated before ignition can occur. Flash point over 93 °C (200 °F). E.g. canola oilInstability 1: Normally stable, but can become unstable at elevated temperatures and pressures. E.g. calciumSpecial hazards (white): no code
2
1
1
引火点 不燃性
致死量または濃度 (LD, LC)
400 mg/kg (マウス, 経口)[1]
LCLo (最低致死濃度)
300 mg/kg (イヌ, 経口)[5]
関連する物質
その他の
陽イオン
酢酸鉛(IV)
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

酢酸鉛(II) (さくさんなまり に。Lead(II) acetate)は化合物の一種で、甘みを持つ無色の結晶である。酸化鉛(II)酢酸と反応させることによって得られる。他の鉛化合物と同様、毒性が強い。グリセリンに可溶である。水の存在下で三水和物 Pb(OCOCH3)2·3H2O を生じ、これは潮解性を持つ単斜晶系の結晶である。価数を付さず単に酢酸鉛とも呼ばれる。鉛糖は三水和物の俗称[6] (sugar of lead)。他の英語の別名としてはsalt of Saturn[7](直訳:鉛の塩。"Saturn"とは土星のことで、錬金術における鉛の別名[7])、Goulard powder[8](直訳:グラール粉。トマ・グラール英語版にちなむ)がある。

古代における利用

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甘味があり、歴史的に甘味料として用いられていた。

古代ローマにおいては、蜂蜜以外に手に入る甘味料は少なかった。

そのため完熟させたブドウの果汁(ムスト)を、鉛でコーティングされた青銅器で煮ることによって得られるサパ (sapa) と呼ばれるシロップが、甘味料として好んで作られていた[9]

このシロップは殺菌効果もあったことから、当時ワインの甘み付けや果物の保存に一般的に使われていた[10]。しかしこれには製造の過程で青銅器にコーティングされた酢酸鉛などの鉛化合物が、加熱によって溶け込んでいる。加えて焦げ付き防止のためにかき混ぜる際に被膜がこすれて傷つき、より多くがシロップに溶け込むことになる[11]

当時ワインを好んで飲んだ者が、このようなシロップを添加したことから鉛中毒となっていた可能性が否定できず、多くの皇帝など古代ローマの記録に残る有名な人物の発狂や死の原因ともなった[12]と考える研究者がいる。

作曲家ベートーヴェンが、その晩年ほぼ耳が聞こえなくなった原因として、鉛中毒という説がある[13]

現代ではその毒性がよく知られているため、用いられることはない。

用途

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染料媒染剤となる[14]。髪染め用の染料の主成分として低濃度で使われる。塗料やワニス乾燥剤としても用いられる。また、有機化合物中の硫黄検出で金属ナトリウムを使用したときに生成する硫化ナトリウムを検出するのに用いられる。このとき硫化鉛(II) の黒色沈殿ができる。また、リンドラー触媒触媒毒としても用いられる。他の鉛化合物の合成にも用いられる。

危険性

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上記の通り鉛中毒の原因物質の一つとなっている。また酢酸鉛(II) などの鉛化合物は胎盤を通過してに達し、胎児の死亡をもたらすと報告されている。鉛の塩は、特定種の動物に対する催奇性も持つ。

出典

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  1. ^ a b c d e Pradyot, Patnaik (2003). Handbook of Inorganic Chemicals. The McGraw-Hill Companies, Inc.. ISBN 0-07-049439-8 
  2. ^ a b c d Sigma-Aldrich Co., Lead(II) acetate trihydrate.
  3. ^ a b c d e Lead(II) acetate”. chemister.ru. 2025年6月12日閲覧。
  4. ^ a b c Lead(II) acetate trihydrate”. chemister.ru. 2025年6月12日閲覧。
  5. ^ Lead compounds (as Pb)”. 生活や健康に直接的な危険性がある. アメリカ国立労働安全衛生研究所英語版(NIOSH). 2025年7月14日閲覧。
  6. ^ “酢酸鉛”. 理化学辞典 (第3版増補版 ed.). 東京: 岩波書店. 24 February 1981.
  7. ^ a b “Saturn 3.Alch.”. A New English Dictionary On Historical Principles (OED) (英語). Vol. 8. Oxford: Claredon Press. 1914. p. 126.
  8. ^ “Goulard powder”. The Pharmaceutical Pocket Book (英語). London: The pharmaceutical press. 1944. p. 370.
  9. ^ 森井啓二 2008, p. 91.
  10. ^ ライフ・サイエンス研究班 2011, p. 43.
  11. ^ 齋藤勝裕 2019, p. 43.
  12. ^ 青山誠 2021, p. 70.
  13. ^ 齋藤勝裕 2015, p. 71.
  14. ^ 繊維辞典刊行会 編「さくさんなまり」『繊維辞典』商工会館出版部、1951年9月10日、531頁https://books.google.co.jp/books?id=dmhxLlTQUX0C&pg=RA1-PA531#v=onepage&q&f=false  (URLはGoogle books)

関連項目

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参考文献

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