諸橋襄

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諸橋 襄(もろはし のぼる、1899年(明治32年)12月10日 - 1999年(平成11年)1月18日)は、日本官僚枢密院書記官長貴族院議員、衆議院法制部長、会計検査院検査官等を歴任した。新潟市出身。

略歴[編集]

  • 新潟中学東京府立三中旧制八高卒業。
  • 1920年(大正9年)9月東京帝国大学農学部農学科入学
  • 1921年(大正10年)11月高等試験行政科試験合格
  • 1923年(大正12年)4月東京帝国大学農学部農学科卒業。4月東京帝国大学法学部政治学科入学。4月30日新潟県属、内務部農林課勤務。9月14日内務部農務課勤務、内務部林務課兼務。
  • 1924年(大正13年)2月28日内務部学務課勤務、内務部農務課兼務。4月東京帝国大学法学部政治学科卒業。7月3日奈良県警視、警察部勤務。12月20日地方警視、奈良県警察部保安課長。12月27日叙従七位。
  • 1926年(大正15年)2月17日北海道庁事務官、土木部道路課長。3月26日土木部市計画課長兼務。10月15日叙正七位。
  • 1927年(昭和2年)4月4日産業部農務課長。
  • 1929年(昭和4年)2月1日叙従六位。
  • 1930年(昭和5年)4月28日長官官房文書課長兼統計課長。6月27日地方事務官、広島県勤務。7月31日知事官房主事。9月12日内務部農務課長。
  • 1931年(昭和6年)9月15日叙正六位。
  • 1932年(昭和7年)1月20日内務部地方課長。4月4日富山県勤務。4月12日学務部社寺兵事課長。8月27日学務部教育課長。
  • 1933年(昭和8年)5月2日千葉県勤務。5月13日内務部地方課長。
  • 1934年(昭和9年)11月3日高等試験司法科試験合格。11月10日知事官房主事、知事官房秘書課長兼務。
  • 1935年(昭和10年)1月19日福島県書記官、学務部長。3月15日叙従五位。
  • 1936年(昭和11年)1月16日叙勲六等授瑞宝章。
  • 1937年(昭和12年)7月31日行政裁判所評定官。
  • 1939年(昭和14年)9月15日枢密院書記官兼行政裁判所評定官。
  • 1940年(昭和15年)1月15日叙勲五等授瑞宝章。3月1日叙正五位。11月4日叙勲四等授瑞宝章。
  • 1941年(昭和16年)12月17日兼高等捕獲審検所事務官。
  • 1945年(昭和20年)1月25日叙勲三等授瑞宝章。3月15日叙従四位。
  • 1946年(昭和21年)1月22日枢密院書記官長。8月14日貴族院議員[1](昭和22年5月2日まで)。
  • 1947年(昭和22年)5月2日廃庁により退官。6月衆議院法制部長。8月会計検査院検査官。
  • 1951年(昭和26年)1月31日土地調整委員会委員。
  • 1959年(昭和34年)12月24日「枢密院制度論」により法学博士(日本大学)。
  • 1970年(昭和45年)4月29日勲二等旭日重光章。
  • 1982年(昭和57年)帝京大学法学部長。
  • 1999年(平成11年)1月18日死去。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第5881号、昭和21年8月21日。

外部リンク[編集]