笹岡薬品

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笹岡薬品株式会社
Sasaoka Yakuhin Co.ltd
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 笹岡薬品 SASAOKA
本社所在地 日本の旗 日本
659-0068
芦屋市業平町6-34-202
設立 1905年(明治38年)4月
創業は1903年(明治36年)9月
業種 医薬品
法人番号 2120001079854
事業内容 医薬品、健康食品の製造・販売
代表者 代表取締役社長 三木 祥裕
資本金 4800万円
売上高 非公表
従業員数 非公表
外部リンク http://www.sasaokayakuhin.co.jp/
特記事項:創業は1903年(明治36年)9月
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笹岡薬品株式会社(ささおかやくひん)は芦屋市に本社を置く医薬品・健康食品を製造販売する企業である。創業から今日に至るまで女性保健薬「命の母」を製造している。

ABC制作・TBS系放映の「凡児のおやじバンザイ!!」、KTV制作・フジテレビ系で放映の「凡児の娘をよろしく」、「恋のトリプルチャンス」(桂三枝(現・六代桂文枝)司会)のスポンサーでもある。

沿革[編集]

(特記事項以外の出典は[1]

「命の母」[編集]

(特記事項以外の出典は[2][3]

産婦人科医を祖父に持った笹岡省三が、「病に悩む女性を助けたい」との思いから研究を重ね、作り上げた女性の病や生理不順等に苦しむ女性の保健薬。パッケージにはマリアキリストが描かれ、大家族制度の中で家事や農作業などで身体を労わることができない女性のための薬として受け入れられ、その名声は与謝野晶子も「人多く いのち之母と呼ぶ薬 この世にあるが めでたかりけり」という短歌を詠むほどであった。津村順天堂(ツムラ)の「中将湯」と共に女性保健薬として用いられた。

発売当初は生薬で発売されていたが、第二次世界大戦後の1952年に錠剤タイプが、1957年に糖衣錠タイプがそれぞれ発売。後者は、糖衣錠の形態で発売された最初の婦人薬に位置付けられる。おりしもテレビ時代、後述の『西条凡児のおやじバンザイ』などの提供番組によって「命の母」の知名度が向上した。1967年に、これまでの生薬にビタミンを配合した「命の母A」が発売され、生薬のみのタイプは1977年に「命の母ホワイト」にリニューアルされる。その後、社会の変化に伴い女性の社会進出が一般的になると「命の母」シリーズの位置づけも大きく変更されることとなり、2005年に「命の母A」が更年期障害のための薬品として、2008年に「命の母ホワイト」が「生理の不調の治療薬」としてそれぞれ生まれ変わった。また、「命の母A」リニューアルと同じ2005年に、小林製薬が「命の母」の独占販売契約を締結[1]。以降は小林製薬が発売元となっている。

なお、小林製薬は独占販売契約を締結後、「命の母」のパッケージのリニューアルを行った。その際に購買層と座談会やリサーチを重ね、その結果として新しく考案されたシンボルマークは、これまでのマリアとキリストのものと比べて「違和感がある」という意見を得て撤回され、また「更年期障害」という文言を入れるか否かについても購買層の意見が割れるなど慎重に議論が重ねられたが、小林製薬社長夫人に拒否されなかったことが決め手となって、文言が入れられた。パッケージデザイン自体はリニューアルされた。小林製薬で発売するようになってからは、リニューアル前の2倍から3倍で売れるようになり、合わせてコマーシャルにより宣伝も行われるようになった。[4]

主な製品[編集]

  • 女性保健薬 命の母A(発売元は小林製薬
  • 女性保健薬 命の母ホワイト(発売元は小林製薬)

スポンサー番組(全て過去)[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 会社の沿革” (日本語). 笹岡薬品公式ページ. 笹岡薬品. 2015年9月14日閲覧。
  2. ^ 命の母ヒストリー 100年以上女性を見つめてきた「命の母」 「命の母」の誕生” (日本語). 小林製薬公式ページ. 小林製薬. 2015年9月14日閲覧。
  3. ^ 命の母ヒストリー 100年以上女性を見つめてきた「命の母」 昭和期” (日本語). 小林製薬公式ページ. 小林製薬. 2015年9月14日閲覧。
  4. ^ 「なお、独占販売契約を・・・」以降の節の出典はプロジェクトストーリー Vol.1 命の母A(2005年6月発売) 生薬配合の女性向け更年期障害改善薬” (日本語). 小林製薬公式ページ. 小林製薬. 2015年9月14日閲覧。

外部リンク[編集]