第一次ハリコフ攻防戦

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第一次ハリコフ攻防戦
Bundesarchiv Bild 183-L20582, Charkow, Strassenkämpfe.jpg
ハリコフで戦うドイツ歩兵と装甲車両
戦争第二次世界大戦独ソ戦
年月日1941年10月20日 - 10月24日
場所ウクライナ国家弁務官区(ナチス・ドイツ占領下ハリコフ
結果:ドイツ軍の勝利
交戦勢力
ナチス・ドイツの旗 ドイツ国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
指導者・指揮官
ナチス・ドイツの旗 ヴァルター・フォン・ライヒェナウ ソビエト連邦の旗 イワン・チュレネフ
戦力
第6軍 第28軍
第38軍
損害
不明 不明
独ソ戦

第一次ハリコフ攻防戦 は、第二次世界大戦中、1941年10月20日に開始されたドイツ南方軍集団所属の第6軍によって行われたバルバロッサ作戦最終段階におけるハリコフを巡る戦いである。ヴィルヘルム・カイテルによって名づけられた[1]

ソ連赤軍第38軍はハリコフ市内の工場を遥か東に移転する間、ハリコフを防衛するよう命令された。

10月21日までに全ての工場設備は鉄道で運ばれたが、この日、ドイツ軍車両基地11Km以内まで進撃していた。

10月24日、赤軍第17軍が南で防衛線を構築する間、ドイツ第6軍はハリコフ北方で包囲を開始した。同日、ハリコフはドイツ軍により占領されたが、大部分の鉄道輸送設備は赤軍が持ち去った後であった。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ see The memoirs of Field-Marshal Keitel. Edited with an introd. and epilogue by Walter Gorlitz. Translated by David Irving, William Kimber, London (1965)

文献[編集]