白山中居神社

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白山中居神社
スギの巨木と白山中居神社の御本殿(2011年4月17日)
スギの巨木と白山中居神社の御本殿
所在地 岐阜県郡上市白鳥町石徹白2-48
位置 北緯35度59分31.53秒
東経136度46分7.15秒
主祭神 菊理媛神、伊弉諾尊、伊弉冉尊
社格 旧県社
創建 伝景行天皇12年
例祭 5月15日・10月20日
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白山中居神社(はくさんちゅうきょじんじゃ)は、岐阜県郡上市白鳥町石徹白に鎮座する神社である。白山神社の一つであり、白山信仰と関わりが深い。白山信仰の美濃国からの道は、白山中宮長滝寺(現長滝白山神社長瀧寺)から、越前国の白山中居神社をとおり、白山へと向かっている。

鎮座地は石徹白川左岸、支流である宮川との合流部に位置し[1]、参道に橋が懸けられている。

祭神[編集]

沿革[編集]

言い伝えでは、景行天皇12年の創祀で、雄略天皇9年に護国鎮護のために剣を奉納したと伝えられている。養老元年(717年)に泰澄大師が白山中居神社の社域を拡げ、社殿を修復したという。平安時代から江戸時代初期にかけて、藤原能信藤原秀衡今川義元柴田秀勝織田信長豊臣秀吉徳川家康など、数多くの武将の信仰を受け、江戸時代には、越前国大野郡石徹白村が白山信仰による白山へ向かう巡礼者への手助けを行い、村人は、白山中居神社の社人、社家となり、無税、帯刀御免の身分とされていた。

宝暦4年(1754年)から8年にかけて石徹白騒動が発生。白山中居神社神職(神主)の上村豊前が郡上藩寺社奉行根尾甚左衛門と結託し、神頭職(社領を統治する役)杉本左近と村民約500人を石徹白村から追放する。同時期に発生した郡上一揆とともに幕府評定所の判決が出され、老中本多正珍が免職、若年寄本多忠央が領地没収、郡上藩藩主金森頼錦が領地没収、お家断絶などの大規模な処分が行われる。

安政3年(1856年)に現本殿が再建された。

大正10年(1921年)に福井県の県社になり、昭和33年(1958年)、石徹白村が福井県から越県編入して岐阜県郡上郡白鳥町石徹白となって岐阜県の神社となり、同37年、本殿の彫刻が岐阜県重要文化財に指定され[2]金幣社になる。

祭祀[編集]

  • 正月三ヶ日祭
  • 5月第3日曜日:春季例祭[3]
1120年保安元年)から伝わる雅楽に合わせ、二人の巫女が5種類の舞を奉納する、郡上市指定重要無形民俗文化財の「五段の神楽」[4]が行われる。
  • 7月18日 - 創業祭

文化財[編集]

境内にある「浄安杉」およびブナ原生林は、昭和49年(1974年)11月13日に、岐阜県の天然記念物に指定された[5][6]

岐阜県指定重要文化財

  • 中居神社本殿の彫刻[2]
  • 能面[7]

岐阜県指定天然記念物

岐阜県指定天然記念物の浄安スギ
  • 石徹白の浄安スギ[5]
  • 白山中居神社のブナ原生林[6]

郡上市指定無形民俗文化財

  • 白山中居神社の五段神楽[4]

交通アクセス[編集]

美濃禅定道[編集]

泰澄が美濃禅定道を開き、その経路上にある[8][9]

  • 長滝白山神社 - 阿弥陀ヶ滝 - 白山中居神社 - 石徹白の大杉 - おたけり坂 - 神鳩社跡 - 母御石 - 銚子ヶ峰 - 一ノ峰 - ニノ峰 - 水呑権現社 - 三ノ峰 - 御手洗池(別山室) - 別山神社 - 岩室 - 御舎利山 - 天池 - 油坂 - 南竜ヶ馬場 - トンビ岩 - 室堂 - 白山(御前峰)

脚注[編集]

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  1. ^ 石徹白の釣り場マップ”. 石徹白漁業協同組合. 2011年4月19日閲覧。
  2. ^ a b 中居神社本殿の彫刻”. 岐阜県. 2013年4月24日閲覧。
  3. ^ 白山中居神社”. 郡上市. 2011年4月18日閲覧。
  4. ^ a b 岐阜県の無形民俗文化財リスト”. NPO法人無形民俗文化財アーカイブス. 2013年4月24日閲覧。
  5. ^ a b 石徹白の浄安スギ”. 岐阜県. 2011年4月18日閲覧。
  6. ^ a b 白山中居神社のブナ原生林”. 岐阜県. 2011年4月18日閲覧。
  7. ^ 能面”. 岐阜県. 2013年5月11日閲覧。
  8. ^ 美濃禅定道(みんなの白山)”. 勝山郷土研究会. 2011年4月18日閲覧。
  9. ^ 白山の禅定道 (PDF)”. 石川県. pp. 16-21. 2011年10月22日閲覧。

関連項目[編集]