王立協会
| 標語 | Nullius in verba (Take nobody's word for it) |
|---|---|
| 設立年 | 1660年11月 |
| 本部 | 英国ロンドン |
| 座標 | 北緯51度30分21.53秒 西経0度07分56.86秒 / 北緯51.5059806度 西経0.1324611度座標: 北緯51度30分21.53秒 西経0度07分56.86秒 / 北緯51.5059806度 西経0.1324611度 |
| メンバー | 5 王室フェロー 1450 フェロー 140 外国人メンバー |
| 会長 | ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン |
| ウェブサイト | www |
ロイヤル・ソサイエティ(Royal Society)は、現存する最も古い科学学会。1660年に国王チャールズ2世の勅許を得て設立された。正式名称は"The President, Council, and Fellows of the Royal Society of London for Improving Natural Knowledge"(自然知識を促進するためのロンドン王立協会[1])。日本語訳ではロンドン王立協会(-おうりつきょうかい)、王立学会(おうりつがっかい)など。
この会は任意団体ではあるが、イギリスの事実上の学士院(アカデミー)としてイギリスにおける科学者の団体の頂点にあたる。また、科学審議会(Science Council)の一翼をになうことによって、イギリスの科学の運営および行政にも大いに影響をもっている。1782年創立の王立アイルランドアカデミーと密接な関係があり、1783年創立のエジンバラ王立協会とは関係が薄い。
概要[編集]
モットーは"Nullius in verba"(ラテン語で「言葉によらず」)。これは古代ローマの詩人であるホラティウスからの引用で、原文は"Nullius addictus judicare in verba magistri"(「権威者の伝聞に基づいて(法廷で)証言しない」)。つまり、権威に頼らず証拠(実験・観測)を持って事実を確定していくという近代自然科学の客観性を強調するものである。
英語表記の Royal は、国王の許可を得て設立されたことを示すもので、元々は会への不当な干渉を防ぐためのものであった。国王が直接の資金援助を行った、あるいは設立に関与したわけではない。このため、日本の科学史家、板倉聖宣は王認協会と呼んでいるが、この呼称は普及していない。同様に名称に Royal を付ける許可をもらい、会への干渉を防ごうとした団体には、王立園芸協会(Royal Horticultural Society)などもある(なお、王立園芸協会の設立に当たっては、当時の王立協会会長ジョセフ・バンクスも関係している)。
王立協会は最初期から開かれた組織であった。協会は、世界中を連結し、得られた科学的知識を共有することを目指した。これはオープンコンテントの概念ともほぼ一致する。協会は秘密を排除し、会員間のコミュニケーションを促進させた。また、言語による他国人とのコミュニケーション不足がなくなるようにも努力した。
著名な会員[編集]
17世紀以降の著名な科学者の多くは、創立メンバーまたは会員になっている。王立協会のフェローにはFRS(Fellow of the Royal Society)という称号が付く。
最初期の主要な会員には、ロバート・ボイル、J・イーブリン、ロバート・フック、ウィリアム・ペティ、ジョン・ウォリス、ジョン・ウィルキンズ、トーマス・ウィリス、クリストファー・レンなどがいる。近代科学の祖であるアイザック・ニュートンは、光学に関する研究の業績が認められ、後に協会理事長になった。
ロバート・ボイルは、1662年に協会で実験係になった。トーマス・ベイズは、協会で最初に自分の研究結果を公表した。ジョージ・グラハムは、世界で最初のクロノグラフやストップウォッチを発明するなど、時計の技術を向上させた。
沿革[編集]
1645年頃、イングランド内戦の影響によりオックスフォード大学から研究の場をロンドンに移し、実験哲学に関する活動を始めた数学者ジョン・ウォリスら10名程度の討論グループが王立協会の起源となった[1]。
1660年11月28日(旧暦)の会合で、「自然学的、数学的な実験学問を推進するためにカレッジを設立する」提案がなされ、実験哲学の育成を目的としたアカデミー設立計画が動き出した。1662年にチャールズ2世から1回目の勅許状(翌年改訂され差し替えられた)が与えられ、「自然知識を促進するためのロンドン王立協会」として正式に発足した。発足当初の事務局長はヘンリー・オルデンバーグ、会員数は119名であり、グレシャム・カレッジに間借りする形で活動した[1]。
特許法人となった王立協会は国教会の許可を経ずに役員の判断で出版活動ができるようになり、1665年には定期刊行物『フィロソフィカル・トランザクションズ』が発刊され、ヨーロッパを代表する学術雑誌となった[1]。
歴代会長[編集]
初期の王立協会の会長には、学者の他、政治家や軍人など、様々な職業の人物が選ばれてきた[2]。近年では、ノーベル賞やフィールズ賞の受賞者など、その時代を代表する学者が就任する場合が多い。一般に、爵位を持つ。
王立協会の会長にはPRS(The president of the Royal Society)という称号が付く。
| 代 | 氏名 | 着任年 | 退任年 | 称号等 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ウィリアム・ブラウンカー | 1662 | 1677 | ブラウンカー子爵 |
| 2 | ジョセフ・ウィリアムソン | 1677 | 1680 | |
| 3 | クリストファー・レン | 1680 | 1682 | |
| 4 | ジョン・ホスキンス | 1682 | 1683 | |
| 5 | シリル・ワイチ | 1683 | 1684 | |
| 6 | サミュエル・ピープス | 1684 | 1686 | |
| 7 | ジョン・ヴォーン | 1686 | 1689 | カーベリー伯爵 |
| 8 | トマス・ハーバート | 1689 | 1690 | ペンブルック伯爵 |
| 9 | ロバート・サウスウェル | 1690 | 1695 | |
| 10 | チャールズ・モンタギュー | 1695 | 1698 | ハリファックス伯爵 |
| 11 | ジョン・サマーズ | 1698 | 1703 | サマーズ男爵 |
| 12 | アイザック・ニュートン | 1703 | 1727 | |
| 13 | ハンス・スローン | 1727 | 1741 | |
| 14 | マーティン・フォークス | 1741 | 1752 | |
| 15 | ジョージ・パーカー | 1752 | 1764 | マクルスフィールド伯爵 |
| 16 | ジェイムズ・ダグラス | 1764 | 1768 | モートン伯爵 |
| 17 | ジェームズ・バーロウ | 1768 | 1768 | |
| 18 | ジェームズ・ウェスト | 1768 | 1772 | |
| 19 | ジョン・プリングル | 1772 | 1778 | |
| 20 | ジョゼフ・バンクス | 1778 | 1820 | |
| 21 | ウイリアム・ウォラストン | 1820 | 1820 | |
| 22 | ハンフリー・デービー | 1820 | 1827 | |
| 23 | デイヴィス・ギルバート | 1827 | 1830 | |
| 24 | オーガスタス・フレデリック | 1830 | 1838 | サセックス公爵 |
| 25 | スペンサー・コンプトン | 1838 | 1848 | ノーサンプトン侯爵 |
| 26 | ウィリアム・パーソンズ | 1848 | 1854 | ロス伯爵 |
| 27 | ジョン・ロッテスリー | 1854 | 1858 | ロッテスリー男爵 |
| 28 | ベンジャミン・コリンズ・ブロディ | 1858 | 1861 | |
| 29 | エドワード・サビーン | 1861 | 1871 | |
| 30 | ジョージ・ビドル・エアリー | 1871 | 1873 | |
| 31 | ジョセフ・ダルトン・フッカー | 1873 | 1878 | |
| 32 | ウィリアム・スポティスウッド | 1878 | 1883 | |
| 33 | トマス・ヘンリー・ハクスリー | 1883 | 1885 | |
| 34 | ジョージ・ガブリエル・ストークス | 1885 | 1890 | |
| 35 | ウィリアム・トムソン | 1890 | 1895 | ラーグスのケルヴィン男爵 |
| 36 | ジョゼフ・リスター | 1895 | 1900 | ライム・リージスのリスター男爵 |
| 37 | ウィリアム・ハギンズ | 1900 | 1905 | |
| 38 | ジョン・ウィリアム・ストラット | 1905 | 1908 | 第3代レイリー男爵 |
| 39 | アーチボルド・ゲイキー | 1908 | 1913 | |
| 40 | ウィリアム・クルックス | 1913 | 1915 | |
| 41 | ジョセフ・ジョン・トムソン | 1915 | 1920 | |
| 42 | チャールズ・シェリントン | 1920 | 1925 | |
| 43 | アーネスト・ラザフォード | 1925 | 1930 | ネルソンのラザフォード男爵 |
| 44 | フレデリック・ホプキンズ | 1930 | 1935 | |
| 45 | ヘンリー・ブラッグ | 1935 | 1940 | |
| 46 | ヘンリー・ハレット・デール | 1940 | 1945 | |
| 47 | ロバート・ロビンソン | 1945 | 1950 | |
| 48 | エドガー・エイドリアン | 1950 | 1955 | ケンブリッジのエイドリアン男爵 |
| 49 | シリル・ヒンシュルウッド | 1955 | 1960 | |
| 50 | ハワード・フローリー | 1960 | 1965 | アデレードとマーストンのフローリー男爵 |
| 51 | パトリック・ブラケット | 1965 | 1970 | ブラケット男爵 |
| 52 | アラン・ロイド・ホジキン | 1970 | 1975 | |
| 53 | アレクサンダー・トッド | 1975 | 1980 | トランピントンのトッド男爵 |
| 54 | アンドリュー・ハクスリー | 1980 | 1985 | |
| 55 | ジョージ・ポーター | 1985 | 1990 | ラドナムのポーター男爵 |
| 56 | マイケル・アティヤ | 1990 | 1995 | |
| 57 | アーロン・クルーグ | 1995 | 2000 | |
| 58 | ロバート・メイ | 2000 | 2005 | オックスフォードのメイ男爵 |
| 59 | マーティン・リース | 2005 | 2010 | ラドローのリース男爵 |
| 60 | ポール・ナース | 2010 | 2015 | |
| 61 | ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン | 2015 |
表彰[編集]
脚注[編集]
参考文献[編集]
- Gleick, James, Isaac Newton, Vintage Books, ISBN 1-4000-3295-4
- Spratt,Thomas, History of Royal Society, Kessinger Publishing; (February 1, 2003), ISBN 0766128679
- 大野誠、川北稔(編)、2005、「近代科学の誕生と結社」、『結社のイギリス史:クラブから帝国まで』、山川出版社〈結社の世界史〉 ISBN 4634444402
関連項目[編集]
- フィロソフィカル・トランザクションズ (The Philosophical Transactions of the Royal Society): 協会発行の世界最長寿の科学雑誌
- イギリス学士院
- ソシエテ諸島 (Society Islands): ジェームズ・クックが「王立協会」にちなんで命名
- イギリスのポスト・ノミナル・レターズの一覧
外部リンク[編集]
- Welcome | Royal Society(英語) - 公式サイト
- ロイヤル・ソサイエティー(ろいやるそさいえてぃー)とは - コトバンク
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