嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。海ボチャン (会話 | 投稿記録) による 2017年10月21日 (土) 06:36個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎運行形態)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

嵯峨野観光線
保津峡渓谷を走行する 嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車
保津峡渓谷を走行する
嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車
基本情報
通称 嵯峨野トロッコ列車
Sagano Romantic Train
日本の旗 日本
所在地 京都府京都市右京区亀岡市
起点 トロッコ嵯峨駅
終点 トロッコ亀岡駅
駅数 4駅
開業 1991年4月27日
所有者 西日本旅客鉄道(第1種鉄道事業者)
運営者 嵯峨野観光鉄道(第2種鉄道事業者)
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線距離 7.3 km
軌間 1,067 mm狭軌
線路数 単線
電化方式 非電化
閉塞方式 スタフ閉塞式
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
STR
山陰本線嵯峨野線
STR uSTR
京福嵐山本線
STR
嵐電嵯峨駅
嵯峨嵐山駅
STR
uSTR
0.0 トロッコ嵯峨駅
ABZg+l STRr uSTR
STR uKHSTe
嵐山駅
ABZgl
嵯峨野観光線
STR
山陰本線
STR BHF
1.0 トロッコ嵐山駅
TUNNEL1 TUNNEL1 WASSER+l
保津川
STR+l KRZo STRr WASSER
WASSER+l WBRÜCKE WBRÜCKE WASSERq WASSERr
保津川橋梁 84m
WASSER TUNNEL1 tSTRa
WASSER BHF tSTRe
3.4 トロッコ保津峡駅
WASSER STRl KRZo TUNNEL2q STR+r
WASSERl WASSERq WBRÜCKE WASSER+r STR
HST WASSER STR
保津峡駅
TUNNEL1 WASSER TUNNEL1
WASSER+l WASSERq WBRÜCKE WASSERr STR
WASSER TUNNEL1 TUNNEL1
WASSERl WASSERq WBRÜCKE WASSER+r STR
TUNNEL1 WASSER STR
WASSER+l WASSERq WBRÜCKE WASSERr STR
WASSER STR+l KRZo TUNNEL2q STRr
WASSER TUNNEL1 TUNNEL1
WASSER
STR
7.3 トロッコ亀岡駅
WASSER
eKRZ exSTR+r
WASSER
exHST
馬堀駅
WASSER eABZg+l exSTRr
山陰本線嵯峨野線

嵯峨野観光線(さがのかんこうせん)は、京都府京都市右京区トロッコ嵯峨駅から京都府亀岡市トロッコ亀岡駅までを結ぶ嵯峨野観光鉄道鉄道路線である。けいてつ協會『しられざる鉄道』(JTB, 1997年)によると日本初の純粋な観光専用鉄道とされる。

概要

電化複線化のため、1989年平成元年)に経路が変更された山陰本線嵯峨嵐山駅 - 馬堀駅間の旧線を活用して、1991年(平成3年)からトロッコ列車が運行されている。

開業のきっかけは、京都府の「旧山陰本線の廃線を京都の新しい観光資源として活用できないか」という打診だった[1]1990年(平成2年)11月に正式に開業が決まり、開業期日が翌年1991年(平成3年)4月に設定され、トロッコ列車の運行が運輸省(現国土交通省)から認可されたが、線路はすっかりさび付き、雑草は伸び放題で列車を走らせるのが大変な状態から短期間で準備を行うことになった[1]。社員たちは線路や枕木を取り換え草刈りを行い、客車も木材などを運んでいた貨車レトロ風のトロッコ列車に改造したり、当時の社長らが中心になって植樹といった環境整備に務めた[1]

当初、年間利用者数は23万人程度と見込まれていた[1]需要予測では、それほど乗客はいないか、あっても物珍しさのある開業後数年間だけで、早晩今日のローカル線のような状況になると考えられていた。

開業初年度の利用者は予想の3倍となる69万人超という好成績を記録し、その後も右肩上がりに乗客数を伸ばして[1]、開業前の悲観的な予想は大きく覆った。風光明媚な山陰本線旧線を走るということや、嵐山嵯峨野といった有名観光地がそばにあったこと、保津川下りと周遊できることや、さらに観光客を魅せる沿線作り、何よりユニークな車内放送や案内などを駆使した嵯峨野観光鉄道従業員の努力も相俟って、いつの間にか「嵐山の観光といえばトロッコ列車」といわれるほどの人気となり、乗客数は年間(冬期の2か月は休止)100万人程の乗客を集めるようになり、2009年(平成21年)には累計乗客数が1500万人を突破した。社員たちは日本国外にも積極的な営業活動を行った結果、台湾を中心に成果が出ており2010年代には外国人団体客の利用も目立ち、ツアーに組み込まれることが増えて定番化しつつある[2]

保津峡に沿った風光明媚な区間を走る。車窓からは春には嵯峨野観光鉄道社員が植えた桜、秋には紅葉が見られる。亀岡への往路に嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車、復路に保津川下りの船と組み合わせて乗る観光客も見られ、そのため春・秋の観光シーズンでも亀岡から嵯峨方向の列車の方が比較的予約しやすい。

路線データ

嵯峨野観光線の線籍は全区間が山陰本線のままで、現在もJR西日本の所有となっており、この線路を利用してJR西日本の完全子会社である嵯峨野観光鉄道が鉄道事業法上の第二種鉄道事業者として列車を運行している。トロッコ嵯峨駅 - トロッコ嵐山駅間は駅構内を除き山陰本線との共用区間となっており、トロッコ亀岡発の列車は山陰本線の下り線を逆走する形で運転する。

運行形態

すべてトロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間の折り返し運転で、水曜日(休日・行楽期除く)ならびに冬期(12月30日から2月末日)は運休する。車両関係は営業線内に保守設備を持たず予備のない1編成のみのため、冬期運休期間内に親会社のJR西日本の車両基地へ保守や検査に出されることもある。

運賃は均一制で2014年4月時点で大人620円、小人310円である[3]。座席は全席指定で、前売り券一般発売は1か月前よりJR西日本の主な駅のみどりの窓口などで実施される。なお、団体発売は別枠で受付。トロッコ各駅での前売り販売はない。また、5号車「ザ・リッチ」は次項で記述する理由により前売りは行わない。

また、トロッコ嵯峨駅・トロッコ嵐山駅・トロッコ亀岡駅での当日発売もあって、先着順で発売されるが、春や紅葉シーズンなどの繁忙期は、平日であってもJRでの前売りだけでほとんどの列車の着席券が売り切れる。トロッコ各駅での当日券は号車指定の立席券も発売されるが、これもシーズン中は早い列車からすぐに売り切れて行くので、シーズン中の当路線の利用に予約は必須である。

11月など、秋の遅い時期のトロッコ亀岡発の最終列車は17時を過ぎ、日没により暗くなるため「ライトアップ列車」として、路線沿いの紅葉をライトアップしている。京都では叡山電鉄でも行っているサービスである。

車両

車両はトキ25000形無蓋貨車の改造車5両編成 (SK300-1+SK100-1+SK100-11+SK100-2+SK200-1) で、トロッコ嵯峨寄りにDE10形ディーゼル機関車(DE10 1104またはDE10 1156)を連結する。機関車次位のSK300形は、「ザ・リッチ」と称する側板や床まで素通しとした「特別車」である[4]。この車両は雨天時には客を乗せられないため、指定券は前売りされず当日販売のみとなっている。トロッコ亀岡寄りのSK200形には機関車を遠隔制御する推進運転用の運転台を装備する。 5号車(「ザ・リッチ」)以外の車両には、閉開式の窓がある。なお、この「ザ・リッチ」を3月や11月の気温の低い日に利用する際は、厚着するなどの配慮が必要である。

貨車を改造した客車であるため振動が大きい。

2015年からは3号車・4号車にダルマストーブが設置された。

歴史

  • 1899年明治32年)8月15日京都鉄道が嵯峨駅(現:嵯峨嵐山駅) - 園部駅間を開業
  • 1907年(明治40年)8月1日:国有化
  • 1987年昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道に承継
  • 1989年平成元年)3月5日:山陰本線の嵯峨駅 - 馬堀駅間を複線の新線に切り替え、旧線の列車運行廃止
  • 1991年(平成3年)4月27日:山陰本線旧線を嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線としてトロッコ嵯峨駅 - トロッコ亀岡駅間が開業、トロッコ列車を運転開始[5]
  • 1998年(平成10年)7月19日:「ザ・リッチ」を増備される[4]
  • 2013年(平成25年)9月16日:未明からの大雨と台風18号により、倒木や線路への土砂の流入が見つかり18日まで全区間で運休。19日より運行再開したがトロッコ保津峡駅については駅に接続する吊り橋が破損しているため当分の間営業休止。
  • 2014年(平成26年)6月27日:吊り橋が復旧しトロッコ保津峡駅の営業再開[6]
  • 2015年(平成27年)
    • 3月:ストーブ列車の試験運行開始[7]
    • 12月10日:ストーブ列車の本格運行開始。

駅一覧

トロッコ嵯峨駅 - トロッコ嵐山駅 - トロッコ保津峡駅 - トロッコ亀岡駅

接続路線

脚注

関連項目

外部リンク