模倣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

模倣(もほう)とは、

  • 他のものをまねること[1]。似せること[1]
  • 他者の行動と同様・同類の行動をとること。

学習、さまざまな技能の習得、社会的流行など、多くのことが基本的にこのかたちをとる。

言語と模倣[編集]

語の中には模倣される傾向が強いものがあり(特に、子供が新しく接した語などは特にそうで)、それが何回か繰り返し模倣されるうちに、次第に自発的に使われるようになる。このことから、模倣は、言語獲得のいくつかある道筋のうちのひとつであるということが言える[2]

芸術と模倣[編集]

芸術というのは、前時代の巨匠たちが確立した様式の模倣から始められる[3]

しかも、もともと、いかにうまく模倣するかを競っていた時代のほうが長かった[3][注 1]

美術の領域ではルネサンス時代、ラファエロなどが活躍し、「巨匠」と位置づけられ、さかんに模倣されていた[3]

ところが、16世紀後半、後期ルネサンスの芸術家たちの考え方に変化が生じ、独創性にこだわりはじめた。「単なる模倣ではダメだ」と、考えるようになり、芸術の領域で、作家ひとりひとりが(積極的に)「新しい何か」を加えてゆく、ということを行うようになった[3]。彼らは、もともと単に「方法」「手法」「様式」などという意味であった「マニエラ」という言葉を「高度な芸術的手法」意味を込めて使うようになった。彼らは、自分たちの手法を「マニエリスム」という表現で呼んでいたが、これは当時「優美で洗練された」といったような意味を持っていた[3]。いわゆる「古典主義」の時代の芸術は、「均整」や「調和(ハルモニア、ハーモニー)」などが重視されていたが、マニエリスムの画家たちは、たとえば人体を描く場合は、わざと蛇みたいに曲がりくねった身体として描いてみせたり、古典主義で使われた均整のとれた構図をわざと歪めてみたり、色彩は実際の色や中間色を良しとしていたのをあえて原色を使ってみる、といったことをするなど、彼らなりの工夫を凝らした[3]

ところが、これが後の時代になって、「(マニエリスムというのは)単に奇をてらったものだ」として軽蔑されるようになった[3]。17~18世紀には、「マニエリスムというのは、単に前の世代を真似しているだけで、たとえ技巧的には新しいものがあったにしても、(本質的には)何も新しいものはなかった」と否定的な評価が主流になった[3]

芸術関連

生物学における模倣[編集]

舌を出す行為を模倣するマカクザルの新生児。

例えば、マウスがT字路を右折してを採ると、そのマウスを手本として、他のマウスも何度かくり返すうちにT字路を右折して餌を採るようになる。これが模倣である。これは人間でも5歳頃から見られるようになる対人行動の一種である。[注 2]

サル類の場合も、子が親の行動を模倣することで、様々な行動が伝承されている。

生物学関連

社会学における模倣[編集]

社会学における模倣概念は、必ずしも主体の自覚的・意識的な行為を指すものではない。フランス社会学者ガブリエル・タルドは、社会実在論を否定し、個体の(無意識的)模倣とその反復過程から全体社会の現象を説明した(模倣説)。ただ、長らくこうしたタルド流の発想は、非主流派の位置にあった。

しかし、近年、ジル・ドゥルーズの「差異と反復」の哲学(生気論の再評価、ラッツァラート)、カオス複雑性の理論の社会学的展開(ジョン・アーリら)、アクター・ネットワーク理論(ブルーノ・ラトゥールら)やグローバル・ネットワーク論(マニュエル・カステルボブ・ジェソップら)における「感染」概念への注目などを背景にして、主体/客体、構造/主体図式を超えるエージェンシー論のキー概念として再評価が進んでいる。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ (古代ギリシアなどの彫像でも、先行する作品をしっかり模倣している芸術のほうが良い、とされていたのである。ひとつひとつの作品の作家が誰かとか、作家の個性などは、古代ギリシアの人々にとっては大切ではなかった)
  2. ^ ある程度の学習を要する行動である[要出典]模倣は本能ではないことが実証された[要出典][誰?][いつ?]
出典など
  1. ^ a b 大辞泉
  2. ^ 『言語発達研究: その歴史と現代の動向』p.228
  3. ^ a b c d e f g h 中川右介『すっきりわかる! 超訳「芸術用語」事典』PHP、2014年 【マニエリスム】

関連項目[編集]

外部リンク[編集]