東谷友恵

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東谷 友恵(旧姓:本郷)
Higashitani Tomoe
PFUブルーキャッツ
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1964-06-19) 1964年6月19日(54歳)
出身地 石川県珠洲市
ラテン文字 Higashitani Tomoe
身長 173cm
体重 62kg
血液型 B型
選手情報
所属 PFUブルーキャッツ
愛称 ユウ
役職 コーチ
ポジション センター
指高 220cm
利き手
スパイク 303cm
ブロック 285cm
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東谷 友恵(ひがしたに ともえ、旧姓:本郷(ほんごう)、1964年6月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、現指導者。

来歴[編集]

石川県珠洲市出身。1982年、金沢商業高校在学時に全国高校選抜メンバーに選抜され中国遠征を経験。1983年、ユニチカに入部。

1986年に全日本に選抜され、世界選手権ワールドカップに出場した。一方、国内リーグでも1989年にベスト6・レシーブ賞、翌年もレシーブ賞を獲得した。 当時はリベロ制度がなく、センタープレーヤーもレシーブを行う時代だったが、センタープレーヤーが2年連続レシーブ賞を獲得したことは異例だった。ユニチカ監督の吉田国昭は、「攻守ともにバランスのとれた申し分のない選手」と評している[1]

1990年、ユニチカを退部。翌年に開催される石川国体に出場するため、PFUに入社。1991年、石川選抜のメンバーとして国体3位入賞に大きく貢献した。現役引退した後は、PFUの監督・コーチなどを歴任。現在も引き続き同チームのコーチとして後進の指導に当たっている。

球歴[編集]

  • 所属チーム履歴
市立日置中学金沢商業高校ユニチカ・フェニックス(1983-1990年)→ PFU(1990-1992年)
  • 受賞歴
    • 1989年 - 第22回 日本リーグ ベスト6、レシーブ賞
    • 1990年 - 第23回 日本リーグ レシーブ賞

脚注[編集]

  1. ^ 月刊バレーボール1987年1月号臨時増刊 '87チームの顔 147ページ

参考文献[編集]

  • 石川県体育協会創立50周年記念誌 - スポーツ石川のあゆみ - 456ページ 発行:石川県体育協会 編集:創立50周年記念誌編集部会 発行日:1998年2月20日

外部リンク[編集]