宇宙際タイヒミュラー理論

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宇宙際タイヒミュラー理論(うちゅうさいタイヒミュラーりろん、英語: Inter-Universal Teichmüller Theory、略称: IUT)は、数学者望月新一によって開発された、数論におけるさまざまな予想、特にABC予想を解く要件[1]の考察により、遠アーベル幾何などを拡大した宇宙際 (IU) 幾何を構想した数学理論である[2]望月が2000年代に開発した、p進タイヒミュラー理論楕円曲線ホッジ・アラケロフ理論、および、数論的log Scheme圏論的表示の構成等に続いた研究であり、「一点抜き楕円曲線付き数体」の「数論的タイヒミューラー変形」を遠アーベル幾何等を用いて「計算」する数論幾何学の理論である。ノッティンガム大学純粋数学の教授を務めるイヴァン・フェセンコはIU幾何を遠アーベル幾何から派生した新たな類体論に位置付けている[3]

歴史[編集]

望月によれば、それは「楕円曲線を備えた数体のタイヒミュラー理論の算術版」である。この理論は、京都大学数理解析研究所(RIMS)が編集[4]する論文誌PRIMS『Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences』に投稿され、2012年8月に同所のプレプリント(査読前)サーバで初稿が公開された[5]。その後の7年半にわたる査読で、2021年3月4日のPRIMS特別号に査読論文が掲載された[6]

この理論は公開後にまもなくイヴァン・フェセンコにより論文が取り上げられたが、望月の新たな数学的手法と言語により「査読に時間がかかるだろう」と報じられた[7]。その後の査読が通過する2020年2月までの7年間以上にわたり、1000以上となる論文の質問への回答[8]と、指摘事項の修正や他の校正等での修正版[9]京都大学数理解析研究所の望月のWebページで公開された。

2012年10月ヴェッセリン・ディミトロフ[10]アクシェイ・ヴェンカテシュにより誤りの指摘[11]があり、望月は指摘を認めつつ本質的結果は影響されないと意見を述べ、修正版[12]を公開した。この修正により「弱いABC予想」の証明となった。

2015年にイヴァン・フェセンコ によって、望月の宇宙際タイヒミュラー理論のサーベイ論文が発表された[13]

IUTに関する全国ワークショップが2015年3月にRIMSで、2015年7月に北京で開催された[14]。また国際ワークショップが2015年12月にオックスフォードで、2016年7月にRIMSで開催された。国際ワークショップは100人以上の参加者を集めた。これらのワークショップのプレゼンテーションはオンラインで見ることが出来る[15][16]。参加者のブライアン・コンラッド は「準備論文の理解に大きな進展があったが、本論文の検討にはたどり着けなかった。」と感想を述べている[17]

2017年9月1日、京都大学数理解析研究所の山下剛から宇宙際タイヒミュラー理論に対するサーベイ論文が発表された[18]

2018年3月、ペーター・ショルツェジェイコブ・スティックス京都大学を訪れ、望月と星裕一郎は彼らと5日間議論し[19][20]、双方による議論のレポートの作成につながった。またこの議論は2018年9月のQuanta Magazine英語版に記載された[21]ショルツェスティックスは、2018年5月、および2018年9月に10ページのレポートを公開して、系3.12の証明の反例を詳述し、「小さな修正で証明戦略を救うことはできない、そして望月のプレプリントはABC予想の証明を主張することはできない」と主張した[22]。一方、望月は、反例においてIUT理論にいくつかの簡略化がおこなわれており、それらの簡略化が誤りであるとして有効とはみなしてない。

2018年9月、望月は上記のショルツェスティックスのレポートが公開された後に、彼の理論のどの側面が誤解されていると考えるかのレポートを公開して反論した[23]。また2021年3月、このような誤りは「理論の論理構造が論理的なAND “∧”であるが、OR “∨”に取り違えた簡略化によるもの」との論文を公開した[24]

2020年2月5日に望月の証明が『PRIMS』の査読を通過したことが、同年4月に京都大学数理解析研究所(RIMS)の柏原正樹玉川安騎男より発表された[25]。会見の「論文採択のお知らせ」によると、論文は著者の望月新一がPRIMS編集長であるため、柏原正樹および玉川安騎男を共同編集委員長として、望月新一を完全に除外した特別編集委員会を構成して採否の審査が行なわれた[26]

発表で、柏原正樹は「ABC予想を証明した望月氏の論文が正しいものであると判断した」[27]と述べている。内容に懐疑的な海外の数学者もいるが玉川安騎男は「反論は出尽くしており、今後も平行線のままではないか」の見方[28]で、編集委員会では「望月教授自身が反論もしており(ショルツェ教授からの)再反論もない」[29]との認識を表明した。

2020年11月、ヴォイチェフ・ポロウスキ、南出新、星裕一郎、イヴァン・フェセンコ望月新一らにより、IUT理論に登場する不等式を数値的に明示的な形(非明示的な「定数」が現れない)に精密化させた帰結により、強いABC予想の証明への適用を拡げる論文がプレプリント[30]で提案された。

2021年3月に京都大学数理解析研究所(RIMS)が編集する論文誌PRIMSは、宇宙際タイヒミュラー理論の論文4本を特別号で掲載[31]した。PRIMS特別編集委員会共同編集委員長で、審査のまとめ役である玉川安騎男は「今回掲載されたものが未来に残る最終確定のものだ」とコメントした[32]

2021年11月、東京工業大学が発行する数学誌「Kodai Math.J.」が、「強いABC予想」の証明について、ヴォイチェフ・ポロウスキ、南出新、星裕一郎、イヴァン・フェセンコ望月新一らによる前述の論文を受理したことが報道[33]された。

数学的な意味[編集]

理論の範囲[編集]

宇宙際タイヒミュラー理論は、数論幾何学における望月の以前の研究の続きである。この理論は、国際的な数学界によって査読され、好評を得ており、遠アーベル幾何学への主要な貢献、およびp進タイヒミュラー理論[注 1]ホッジ・アラケロフ理論およびフロベニオイド圏の開発を含む。これは、ABC予想および関連する予想をより深く理解することを目的として明示的に参照して開発されたものである。幾何学的な設定では、IUTの特定のアイデアに類似したものが、幾何学的なスピロ不等式のフョードル・ボゴモロフ英語版による証明に現れる[34]

IUTの重要な前提条件は、望月の単遠アーベル幾何学とその強力な再構成結果である。これにより、その基本群または特定のガロア群の知識から、数体上の双曲線に関連するさまざまなスキーム理論オブジェクトを取得できる。IUTは、単遠アーベル幾何学のアルゴリズムの結果を適用して、算術変形を適用した後、関連するスキームを再構築する。主要な役割は、望月のエタルシータ理論で確立された3つの剛性によって演じられる。大まかに言えば、算術変形は与えられた環の乗算を変更し、タスクは加算が変更された量を測定することである[35]。 変形手順のインフラストラクチャは、Θリンクやlogリンクなど、いわゆるホッジ劇場間の特定のリンクによってデコードされる[36]

これらのホッジ劇場は、IUTの2つの主要な対称性を使用する。乗法演算と加法幾何学である。ホッジ劇場は、アデールイデールなどの古典的オブジェクトをグローバル要素に関連して一般化し、一方で、望月のホッジ・アラケロフ理論に登場する特定の構造を一般化する。劇場間のリンクは、またはスキーム構造と互換性がなく、従来の数論幾何学の外部で実行される。 ただし、それらは特定の群構造と互換性があり、絶対ガロア群や特定のタイプの位相群はIUTで基本的な役割を果たす。関数性の一般化である多重放射性の考慮事項は、3つの穏やかな不確定性を導入する必要があることを意味している[36]

数論の結果[編集]

IUTは主に、数論におけるさまざまな予想、特にディオファントス問題の解析に適用されるが、次のようなより多くの幾何学的予想に適用される。

最初の進展は、宇宙際タイヒミュラー理論の原論文[37]の帰結による、弱いABC予想、楕円曲線ではスピロ予想、楕円曲線のFrey予想、曲線ではヴォイタ予想への適用である。これらのオブジェクトの算術情報を、フロベニオイド圏の設定に変換することである。この側の追加の構造により、主張された結果に変換されるステートメントを推測することができると主張されている[38]

2つめの進展としては、2020年11月に公開されたプレプリント[30]における、ヴォイチェフ・ポロウスキ、南出新、星裕一郎、イヴァン・フェセンコ望月新一らが、IUT理論に登場する不等式を数値的に明示的な形(非明示的な「定数」が現れない)に精密化させた帰結により、強いABC予想の証明、デュサールの式、およびフェルマーの最終定理の別証明、への適用を拡げた。

3つめの進展としては、IUTにおけるテータ関数を、メリン変換によってリーマンのゼータ関数と関係させることができるのではないかと期待しての研究[39]で、宇宙際タイヒミュラー理論と、リーマンゼータ関数を一般化したDirichlet L関数の零点の間に数学的な関係があったとされ[40]て、L関数の零点[41][42]で応用が検討されている。

その他の進展としては、高機能暗号への暗号理論的な検討[43][44]などで、応用が検討されている。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ p進数についてのタイヒミュラー空間の理論英語版(タイヒミュラー理論は、リーマン面についてのモジュライ空間の理論で、タイヒミュラー空間はドイツの数学者オズヴァルト・タイヒミュラーに因む)。

出典[編集]

  1. ^ 数論的log schemeの圏論的表示から見た楕円曲線の数論 (北海道大学 2003年11月”. 20210530閲覧。
  2. ^ 宇宙際タイヒミューラー理論への誘(いざな)い”. 20210530閲覧。
  3. ^ CLASS FIELD THEORY, ITS THREE MAIN GENERALISATIONS, AND APPLICATIONS ;EMS Surveys 8(2021) 107-133”. 2021年11月20日閲覧。
  4. ^ On inter-universal Teichmüller theory of Shinichi Mochizuki,”. https://www.maths.nottingham.ac.uk/plp/pmzibf/mp.html.+20210530閲覧。
  5. ^ 京都大学数理解析研究所 - プレプリント -”. www.kurims.kyoto-u.ac.jp. 2021年4月17日閲覧。
  6. ^ EMS Press | Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences Vol. 57 No. 1” (英語). ems.press. Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences. 2021年5月30日閲覧。
  7. ^ Ball, Peter (10 September 2012). “Proof claimed for deep connection between primes”. Nature. doi:10.1038/nature.2012.11378. https://www.nature.com/news/proof-claimed-for-deep-connection-between-primes-1.11378 2018年3月19日閲覧。. 
  8. ^ ABOUT CERTAIN ASPECTS OF THE STUDY AND DISSEMINATIONOF SHINICHI MOCHIZUKI’S IUT THEORY”. IVAN FESENKO. 2021年7月4日閲覧。
  9. ^ Mochizuki, Shinichi (2012a), Inter-universal Teichmuller Theory I: Construction of Hodge Theaters, http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Inter-universal%20Teichmuller%20Theory%20I.pdf 
    Mochizuki, Shinichi (2012b), Inter-universal Teichmuller Theory II: Hodge–Arakelov-theoretic Evaluation, http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Inter-universal%20Teichmuller%20Theory%20II.pdf 
    Mochizuki, Shinichi (2012c), Inter-universal Teichmuller Theory III: Canonical Splittings of the Log-theta-lattice, http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Inter-universal%20Teichmuller%20Theory%20III.pdf 
    Mochizuki, Shinichi (2012d), Inter-universal Teichmuller Theory IV: Log-volume Computations and Set-theoretic Foundations, http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Inter-universal%20Teichmuller%20Theory%20IV.pdf 2012年9月9日閲覧。 
  10. ^ » Department of Mathematics”. www.math.toronto.edu. 2021年6月26日閲覧。
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  13. ^ IVAN FESENKO”. 20210626閲覧。
  14. ^ Future and past workshops on IUT theory of Shinichi Mochizuki, https://www.maths.nottingham.ac.uk/personal/ibf/files/symcor.iut.cf.html 
  15. ^ Oxford Workshop on IUT Theory of Shinichi Mochizuki, December 7–11 2015”. University of Nottingham. 2018年3月19日閲覧。
  16. ^ Inter-universal Teichmüller Theory Summit 2016 (RIMS workshop, July 18-27 2016)”. University of Nottingham. 2018年3月19日閲覧。
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  19. ^ REPORT ON DISCUSSIONS”. www.kurims.kyoto-u.ac.jp. 京都大学数理解析研究所 (2020年5月12日). 2020年5月17日閲覧。
  20. ^ Mochizuki, Shinichi. “March 2018 Discussions on IUTeich”. 2018年10月2日閲覧。 Web-page by Mochizuki describing discussions and linking consequent publications (following references), papers by Ivan Fesenko and a video by Fumiharu Kato of Tokyo Institute of Technology
  21. ^ Klarreich, Erica (September 20, 2018). “Titans of Mathematics Clash Over Epic Proof of ABC Conjecture”. Quanta Magazine. https://www.quantamagazine.org/titans-of-mathematics-clash-over-epic-proof-of-abc-conjecture-20180920/. 
  22. ^ Why abc is still a conjecture”. 2018年9月23日閲覧。 (updated version of their May report)
  23. ^ Mochizuki, Shinichi. “Report on Discussions, Held during the Period March 15 – 20, 2018, Concerning Inter-Universal Teichmüller Theory”. 2018年10月2日閲覧。 “the … discussions … constitute the first detailed, … substantive discussions concerning negative positions … IUTch.”
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  34. ^ Mochizuki, Shinichi (2016), Bogomolov’s proof of the geometric version of the Szpiro conjecture from the point of view of inter-universal Teichmüller theory, Res. Math. Sci. 3(2016), 3:6 
  35. ^ Fesenko, Ivan (2016), Fukugen, Inference: International Review of Science, 2016, http://inference-review.com/article/fukugen 
  36. ^ a b Mochizuki, Shinichi (2016), The mathematics of mutually alien copies: from Gaussian integrals to inter-universal Teichmüller theory, http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Alien%20Copies,%20Gaussians,%20and%20Inter-universal%20Teichmuller%20Theory.pdf 
  37. ^ 宇宙際タイヒミュラー理論Ⅳ”. 20210627閲覧。
  38. ^ Conrad, Brian (2015年12月15日). “Notes on the Oxford IUT workshop by Brian Conrad”. 2018年3月18日閲覧。
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  40. ^ 宇宙際幾何学のさらなる展開”. 20210627閲覧。
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  42. ^ From ABC to L: On singular moduli and Siegel zeros”. 2021年9月17日閲覧。
  43. ^ New maths funds could improve everything from credit cards to weather forecasts” (英語). inews.co.uk (2020年1月28日). 2021年6月26日閲覧。
  44. ^ 高機能な秘密計算暗号に向けた研究”. 20210626閲覧。

外部リンク[編集]

関連書籍[編集]

  • 加藤文元:「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」、KADOKAWA、 ISBN 978-4044004170 (2019年4月25日)。