孝純王后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

孝純王后 趙氏(こうじゅんおうこう ちょし、ヒョスンワンフ チョシ、朝鮮語表記:효순왕후 조씨、1716年1月8日(陰暦1715年12月14日)-1751年12月30日(陰暦11月14日))は、李氏朝鮮時代の王族女性。第21代国王英祖の長男 孝章世子の妃であり、第22代国王 正祖の養母。本貫は豊壌。諡号は、徽貞賢淑孝純王后。生前の称号は、賢嬪である為、賢嬪趙氏とも言われている。

生涯[編集]

1716年に東部崇教坊で、豊壌趙氏の趙文命の娘として誕生した。1727年に揀択により、世子嬪に選ばれた。同年に3歳下の世子 李緈と婚礼を上げた。しかし、翌年1728年に、世子が10歳で亡くなる。たったの1年間の夫婦生活であった。これにより13歳の若さで未亡人となった。当然ながら、世子との間に子供はいなかった。 1735年賢嬪と称された。 1751年に病の為、昌徳宮資善堂で死去。享年35歳。1752年に永陵に葬られた。なお夫である世子の側であった。 義父の英祖は、早くに夫を亡くし未亡人になった不憫さもあってか、彼女の事を可愛がっていた。その為死に際しては、深く悲しんだという。 彼女の死後、義弟(孝章世子の異母弟)の子である正祖が、夫の養子に入った事で養母になった。因みに、正祖が生まれたのは彼女の死後である為、正祖とは会った事が無い。正祖が即位後、夫が真宗と追尊された為、王妃として追尊された。 また1908年に、孝純昭皇后と追号された。

家族[編集]

  • 父:趙文命(贈 領議政 豊陵府院君 文忠公。1680年-1732年 )
  • 母:花原府夫人 安東 金氏(1681年-1721年)
  • 義父:英祖
  • 義母:靖嬪李氏
  • 夫:孝章世子

登場作品 [編集]

  • 大王の道(テレビドラマ) 演:パク・ジョンスク