太山寺 (神戸市)

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太山寺
Taisanji31s3872.jpg
本堂(国宝)
所在地 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224
位置 北緯34度41分47.53秒
東経135度4分2.97秒
座標: 北緯34度41分47.53秒 東経135度4分2.97秒
山号 三身山(さんしんざん)
宗派 天台宗
本尊 薬師如来十一面観音
創建年 霊亀2年(716年
開基 藤原宇合
札所等 新西国三十三箇所 25番
神戸十三仏霊場 4番
神戸六地蔵 1番
播州薬師霊場 1番
明石西国観音霊場 26番
明石西国観音霊場 23番(龍象院)
文化財 本堂(国宝)
仁王門、阿弥陀如来坐像ほか(重要文化財)
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境内風景、手水舎、阿弥陀堂(奥)
本堂(側面)

太山寺(たいさんじ)は、兵庫県神戸市西区にある天台宗仏教寺院。山号を三身山(さんしんざん)と称する。本尊は薬師如来十一面観音、開基(創立者)は藤原宇合と伝える。

歴史[編集]

「播州太山寺縁起」によれば、元正天皇勅願寺として716年霊亀2年)に発願者である藤原鎌足の孫の藤原宇合が堂塔伽藍を建立したとされる。開山(初代住職)は藤原鎌足の長男・定恵(「定慧」「貞恵」とも書く)とされている。創建時の建物は1285年弘安8年)の火災で焼失しており、現存する建物はそれ以降に再建されたものである。

開山とされる定恵は、藤原鎌足の長男で(次男は藤原不比等)、若くして出家し、遣唐使とともにに渡った。生涯について謎の多い人物で、没年についても『日本書紀』『藤氏家伝』は665年天智天皇4年)、『元亨釈書』は714年(和銅7年)とするなど定かでない。太山寺の境内および周辺からは定恵の時代までさかのぼる遺跡、出土品等は確認されておらず、実際の創建は平安時代に降るとみられている。

南北朝時代の南朝方勢力として支院41ヶ坊に僧兵を有していた往時の繁栄をしのばせる大規模な本堂は国宝で、国の重要文化財は仁王門、阿弥陀如来坐像をはじめ19件を数える。また安土桃山時代枯山水名園、安養院庭園は国の名勝に指定されている。

所在地周辺55.9haは「太山寺風致地区」として自然景観が保護されているため境内の内外には原生林が残る深森で、ひょうごの森百選にも選ばれ、春は、秋は紅葉の名所として知られている。

伽藍[編集]

  • 本堂 (国宝)
鎌倉時代1300年頃の建立。入母屋造、銅板葺き。桁行(間口)7間、梁間(奥行)6間(ここで言う「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を意味する。以下同じ)。実寸は柱真々間正面20.82m・側面17.76mである。弘安8年(1285年)の火災後、13世紀末頃の建立とみられる。人の空間である外陣と仏の空間である内陣を結界(本建物では格子戸)で分ける、中世密教仏堂の典型である。内部は板敷で、手前の梁間3間分を外陣とする。後方は桁行5間、梁間2間分を内陣、その左右と背面の1間通りを脇陣及び後陣とする。内陣の後寄りに桁行3間の須弥壇を設け、その中央の間に厨子を置き、内部に本尊薬師如来像を安置する。厨子には弘安元年(1278年)の墨書がある。組物は出三斗、中備を間斗束(けんとづか)とする。柱間装置は正面7間をすべて蔀戸(しとみど)とし、側面は前から1間目を幣軸(扉回りに取り付ける枠状の部材)付きの板戸、2間目を蔀戸、3間目を格子戸引違い、5間目を板戸とする。背面は中央間のみ板戸とし、他を土壁とする。以上のように、建物前方の外陣部を開放的な扱いとするのに対し、内陣部は開口の少ない閉鎖的な構えである。柱には隅延び[1]があり、これによって軒反りを形成している。建築様式は蔀を多用するなど和様を基調としているが、頭貫の木鼻[2]などに禅宗様の要素がみられる。本建物で特異な点は、組物の肘木[3]に和様のものと禅宗様のものが混在している点で、建物の東半分の肘木は木口を直線的に構成した和様、西半分の肘木は曲線で構成した禅宗様になっている。[4]
  • 仁王門 (重要文化財) - 室町時代、入母屋造、本瓦葺、八脚門、棟高8m
  • 阿弥陀堂(常行堂) - 江戸時代前期(1688年貞享5年)
    • 阿弥陀如来坐像(重要文化財)― 鎌倉時代初期、像高274cm、定朝様
  • 三重塔 - 江戸時代前期(1688年・貞享5年)、大日如来像および四天王像安置
  • 護摩堂 - 江戸時代中期、宝形造、大黒天像・不動明王像・毘沙門天像安置
  • 観音堂 -
  • 釈迦堂 - 江戸時代後期、釈迦三尊像安置
  • 羅漢堂 - 江戸時代後期、四天王像および十六羅漢尊像安置
  • 稲荷舎 -
  • 地蔵尊 -
  • 鐘楼
  • 中門
奥の院
  • 閼伽井播
  • 稲荷舎
  • 地蔵堂
  • 磨崖仏(不動明王立像)― 鎌倉時代(弘安年間)
    • 伊川(太山寺川)の上流の岩肌に彫られたもので高さ約200cmの厚肉彫り

塔頭寺院[編集]

文化財[編集]

本堂
仁王門
三重塔

国宝[編集]

  • 本堂

重要文化財(国指定)[編集]

  • 仁王門
  • 絹本著色両界曼荼羅図(大)
  • 絹本著色両界曼荼羅図(小)
  • 絹本著色愛染曼荼羅図
  • 絹本著色法華曼荼羅図
  • 絹本著色釈迦三尊像
  • 絹本著色十一面観音像
  • 絹本著色不動四童子像
  • 絹本著色不動二童子像
  • 絹本著色十六羅漢像
  • 絹本著色金剛経十六善神像
  • 絹本著色白衣観音像
  • 紙本墨画淡彩四季山水図 六曲一双[5] 大阪市立美術館寄託。寺伝では筆者は周文とされてきたが、右隻の柳の色合いやしなだれ具合が狩野正信筆「周茂叔愛蓮図」(九州国立博物館蔵)に近いなど、正信画との類似が指摘されている。
  • 木造阿弥陀如来坐像
  • 刺繍種子両界曼荼羅図
  • 武具類(一括指定)
    • 色々威腹巻 兜・大袖・喉輪・臑当付 
    • 紺糸素懸威腹巻(こんいとすがけおどし はらまき)
    • 紫糸威膝鎧
    • 藍韋威肩赤膝鎧(あいかわおどしかたあか ひざよろい)
    • 赤糸威膝鎧
    • 金銅前立
    • 白糸威肩赤壺袖
    • 紫糸威喉輪
  • 法華経(伝平氏各筆)32巻(装飾経) 
  • 曽我物語(仮名本)10冊 天文八年明石長行寄進奥書
  • 大塔宮令旨及注進状 4通

※典拠:2000年までの指定物件については『国宝・重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)(毎日新聞社、2000)による。

県指定文化財[編集]

  • 三重塔 - 有形文化財
  • 太山寺の原生林 - 天然記念物、10.95ha

市指定文化財[編集]

  • 崖不動明王

史跡[編集]

太山寺川に架かる閼伽井播の向こうが奥の院

年中行事[編集]

  • 1月1日~3日、4月26日~5月5日、11月1日~30日― 安養院庭園公開
  • 1月1日~7日― 修正会
  • 1月7日― 追儺式
  • 5月8日― 花まつり
  • 5月12日― 練り供養
  • 12月31日― 除夜の鐘(午後11時30分開門)

札所[編集]

霊場本尊[編集]

所在地[編集]

  • 〒651-2108 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224

交通アクセス[編集]

神戸市営地下鉄西神・山手線 学園都市駅 徒歩25分

神姫バス14系統 (明石駅-伊川谷駅-太山寺-名谷駅) 下車すぐ

拝観料・拝観時間[編集]

  • 拝観料:300円(元日は無料)
  • 拝観時間:8:30-17:00(12月-2月は16:30)

周辺情報[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 建物の中央部の柱より隅の柱の「せい」を高くすること
  2. ^ 頭貫(かしらぬき)は、柱の頂部を繋ぐ水平材。木鼻は、部材(ここでは頭貫)の端部の装飾彫刻。
  3. ^ 組物は柱上にあり、屋根荷重と軒の出を支える部材で、「斗」という平面が方形の材と、「肘木」という水平材からなる。
  4. ^ 『週刊朝日百科 日本の国宝』31、pp.3 - 21 - 24(解説執筆は多淵敏樹)
  5. ^ 平成26年8月21日文部科学省告示第104号

参考文献[編集]

  • 『週刊朝日百科 日本の国宝』31、朝日新聞社、1997

関連項目[編集]

外部リンク[編集]