大蛇潟金作

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Orochigata Scan10005.JPG
基礎情報
四股名 十文字 金作 → 矢留石 金作 → 大蛇潟 金作
本名 斎藤 金作
生年月日 1919年5月20日
没年月日 (1986-03-21) 1986年3月21日(満66歳没)
出身 秋田県平鹿郡平鹿町(現役当時、現在の同県横手市
身長 179cm
体重 120kg
BMI 37.45
所属部屋 錦島部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 引退
最高位 西前頭筆頭
生涯戦歴 305勝334敗14休 (57場所)
幕内戦歴 214勝257敗14休 (33場所)
敢闘賞1回
データ
初土俵 1937年1月場所
入幕 1948年5月場所
引退 1957年11月場所
引退後 年寄・→同・北陣
備考
金星1個(鏡里1個)
2013年9月2日現在

大蛇潟 金作(おろちがた きんさく、1919年5月20日 - 1986年3月21日)は、秋田県平鹿郡平鹿町(現在の横手市)出身で、錦島部屋に所属していた大相撲力士である。本名は斎藤 金作(さいとう きんさく)。最高位は西前頭筆頭(1954年1月場所)。現役時代の体格は179cm、120kg。得意手は左四つ、寄り。引退後は、一時期年寄として日本相撲協会に在籍していた。

来歴[編集]

17歳の時に上京して錦島部屋へ入門し、1937年1月場所で初土俵を踏んだ。序ノ口に付いた時の四股名は、「十文字」。

間も無く、「矢留石(やとめいし)」に四股名を改め、1944年1月場所にて十両昇進を果たした。その後一時期幕下に陥落したものの、1947年6月場所で十両に復帰した際に錦島部屋ゆかりの「大蛇潟」と改名してからは上昇気流に乗り、1948年5月場所に於いて新入幕を果たした。入門も遅かったこともあり、すでに29歳となっていた。相撲振りも、左四つからの寄りを得意としたが、やや攻めが遅い取り口であったこともゆっくりした昇進と関係したかもしれない。

新入幕の場所では終盤まで優勝争いに加わり、9勝2敗と好成績を収め、敢闘賞を受賞した。翌1948年10月場所では膝を痛めて途中休場し、それが最後まで影響して三役昇進は叶わなかった。それでも1954年1月場所では最高位となった西前頭筆頭まで番付を上げ、この場所では3勝12敗と大きく負け越したものの、翌3月場所では10日目に横綱鏡里を巻き落としで破って生涯唯一の金星を獲得した。この時、すでに35歳となっていた。

その後もまじめな土俵態度を続け、1957年9月場所、十両に陥落したところで休場、翌11月場所限りで引退した。38歳まで現役を務めた、長持ち力士であった。

性格は礼儀正しく温厚であり、付け人が財布から2万円を抜き取った時も怒らずさらに余分な金を与えたので、その付け人が泣いて更生を誓ったというエピソードもある。

引退後は、年寄・から同・北陣を襲名した。しかし、まもなく廃業し、以後は旅館を経営していた。

1986年3月21日、肝臓癌のため東京都千代田区内の病院で逝去。享年66。

主な成績・記録[編集]

  • 通算成績:305勝334敗14休 勝率.477
  • 幕内成績:214勝257敗14休 勝率.454
  • 現役在位:57場所
  • 幕内在位:33場所
  • 三賞:1回
    • 敢闘賞:1回(1948年5月場所)
  • 金星:1個(鏡里から)

場所別成績[編集]

大蛇潟 金作
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1937年
(昭和12年)
(前相撲) x (前相撲) x x x
1938年
(昭和13年)
西 序ノ口 #20
2–5 
x 東 序二段 #45
4–3 
x x x
1939年
(昭和14年)
西 序二段 #2
1–6 
x 東 序二段 #34
5–3 
x x x
1940年
(昭和15年)
西 三段目 #62
5–3 
x 西 三段目 #33
3–5 
x x x
1941年
(昭和16年)
西 三段目 #39
4–4 
x 東 三段目 #22
6–2 
x x x
1942年
(昭和17年)
西 幕下 #34
4–4 
x 西 幕下 #30
5–3 
x x x
1943年
(昭和18年)
東 幕下 #18
5–3 
x 西 幕下 #10
7–1 
x x x
1944年
(昭和19年)
東 十両 #11
7–8 
x 西 十両 #10
7–3 
x x 西 十両 #3
2–8 
1945年
(昭和20年)
x x 西 十両 #12
1–6 
x x 西 幕下 #5
2–3 
1946年
(昭和21年)
x x x x x 東 幕下 #7
5–2 
1947年
(昭和22年)
x x 西 十両 #13
8–2 
x x 西 十両 #1
8–3 
1948年
(昭和23年)
x x 西 前頭 #17
9–2
x 東 前頭 #7
1–6–4[1] 
x
1949年
(昭和24年)
西 前頭 #15
4–9 
x 西 前頭 #18
9–6 
x 西 前頭 #13
2–3–10[2] 
x
1950年
(昭和25年)
東 前頭 #17
7–8 
x 西 前頭 #17
10–5 
x 西 前頭 #10
4–11 
x
1951年
(昭和26年)
西 前頭 #15
9–6 
x 東 前頭 #11
7–8 
x 東 前頭 #13
8–7 
x
1952年
(昭和27年)
西 前頭 #11
6–9 
x 西 前頭 #14
9–6 
x 西 前頭 #7
8–7 
x
1953年
(昭和28年)
東 前頭 #4
4–11 
東 前頭 #8
7–8 
東 前頭 #9
8–7 
x 西 前頭 #6
10–5 
x
1954年
(昭和29年)
西 前頭 #1
3–12 
東 前頭 #7
6–9
西 前頭 #9
10–5 
x 東 前頭 #3
3–12 
x
1955年
(昭和30年)
西 前頭 #10
4–11 
西 前頭 #16
10–5 
西 前頭 #11
7–8 
x 東 前頭 #12
9–6 
x
1956年
(昭和31年)
東 前頭 #7
3–12 
西 前頭 #15
8–7 
西 前頭 #14
9–6 
x 東 前頭 #12
4–11 
x
1957年
(昭和32年)
西 前頭 #16
5–10 
西 前頭 #21
7–8 
東 前頭 #22
4–11 
x 東 十両 #6
休場
0–0–15
西 十両 #17
引退
0–0–0
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 十文字 金作(じゅうもんじ きんさく)1938年1月場所-同年5月場所
  • 矢留石 金作(やとめいし きんさく)1939年1月場所-1946年11月場所
  • 大蛇潟 金作(おろちがた きんさく)1947年6月場所-1957年11月場所

関連項目[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 右膝関節負傷により7日目から途中休場
  2. ^ 右膝関節負傷により5日目から途中休場