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大田洋子

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大田 洋子(おおた ようこ、1903年明治36年〉11月20日[1] - 1963年昭和38年〉12月10日)は、日本小説家。本名、大田 初子[1]

人物・来歴

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広島県山県郡原村(現・北広島町)生まれ[1]。6歳のとき父母が離婚したので親戚の大田家の籍に入る[1]。その後母が再婚し、佐伯郡玖島村(現・廿日市市)で育つ[1]。進徳実科高等女学校(現在の進徳女子高等学校)研究科卒業[1]。小学校の裁縫教師として江田島に赴任したが1年で退職[1]。小学校在職中に地元紙の芸備日日新聞に小説を発表、新進作家の扱いを受ける[1]。21歳で結婚したが一児を残して出奔。尾道大阪などで女給として働きつつ小説を書く。のち上京し、1929年、『女人芸術』に「聖母のゐる黄昏」を発表、これが文壇デビューとなる[1]1939年、『海女』で『中央公論』の懸賞小説に一等入選。1940年、『桜の国』で『朝日新聞』一万円懸賞小説に一等入選。

1945年、疎開していた広島市白島九軒町の妹宅で被爆する[2]。占領軍による報道規制の中『屍の街』『人間襤褸』を書き、原爆作家としての評価を確立。

しかし原爆の後遺症により体調を崩し、創作に行き詰まり、昭和30年代から作風を転換して『八十歳』『八十四歳』など老母を主人公に私小説的な心境小説を発表。

『新婦人しんぶん』に小説『なぜその女は流転するか』を連載中の1963年12月10日福島県猪苗代町中ノ沢温泉で入浴中に心臓麻痺を起こして急死。60歳没。

著書

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単著

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作品集

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大田洋子集

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日本の原爆文学

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大田洋子原爆作品集

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伝記

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脚注

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出典

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関連項目

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  • こうの史代 - 代表作『夕凪の街 桜の国』の前半部分「夕凪の街」は、原爆スラムに暮らす母娘をテーマとしており、その点では大田の小説『夕凪の街と人と』のオマージュ作品といえる。後半の「桜の国」の場合、大田に同名の作品は存在するものの、戦時期の時局小説である大田の作品とこうのの作品に内容上の共通点はない。

外部リンク

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