咽頭
| 咽頭 | |
|---|---|
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ヒトの咽頭概念図 | |
| ラテン語 | pharynx |
| 英語 | Pharynx |
| 器官 | 消化器・呼吸器 |
| 動脈 |
上行咽頭動脈 上行口蓋動脈 下行口蓋動脈 |
| 静脈 | 咽頭静脈 |
| 神経 | 咽頭神経叢 |
咽頭(いんとう、英: pharynx、羅: pharynx[1][注釈 1])は、消化管の前部で口腔と食道の中間にある膨大部である[2]。動物群によってその範囲は異なる[2]。
脊索動物においては、咽頭は食道に連なる鰓腸の同義語であり[2]、少なくとも発生段階の一時期には鰓裂(さいれつ、branchial cleft)が形成される[3]。脊椎動物の胚発生では、咽頭の左右両側壁が膨出した数個の咽頭嚢が発生し[3]、それが発達して咽頭の左右に咽頭壁が分断されて咽頭裂(鰓裂)となって外通し、残った咽頭壁が前後に繰り返す咽頭弓(いんとうきゅう)を形成する[4]。有羊膜類では鰓は形成されず、咽頭嚢は間もなく閉じるが、ほかの脊索動物(頭索動物・尾索動物)および半索動物では、成体でも鰓裂が存在する[3]。
なお、咽頭は脊索動物だけでなく扁形動物や顎口動物、腹毛動物などの螺旋卵割動物[5]、有爪動物や緩歩動物などの脱皮動物も持つが[6]、原口が肛門となる脊索動物と異なりこれらはいずれも原口が口になる前口動物であり、脊椎動物の咽頭とは相同でない。
本項では、まず脊索動物(および半索動物)の咽頭について述べ、続いて前口動物の持つ咽頭についても説明する。
脊索動物における咽頭
[編集]発生学
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a. 外側舌隆起 tuberculum laterale
b. 正中舌隆起 tuberculum impar
c. 盲孔 foramen cecum
d. 甲状舌管 ductus thyreoglossus
e. 頸洞 sinus cervicalis
脊椎動物の胚発生では、胞胚、原腸胚、神経胚に続き咽頭胚(いんとうはい、pharyngula)と呼ばれる段階になり、脊椎動物の基本的なボディプラン形成が起こる[4]。有羊膜類でも無羊膜類でも、胚における咽頭(胚咽)は、血管や頭部骨格、鰓性器官(詳細は下記)の形成に機能し、それら胚咽由来の器官を咽頭派生体(いんとうはせいたい、pharyngeal derivatives)という[3]。
咽頭胚期では、内胚葉性の咽頭(胚咽)の左右の側壁が、前後方向に一定の間隔をおいて、外側に向かって数対が膨出し、咽頭嚢(咽頭囊、いんとうのう、pharyngeal pouch)を形成する[3][7]。咽頭嚢は消化管内壁が側方に向かってポケット状に窪んだものであり[8]、成体では内臓嚢(内臓囊、ないぞうのう、visceral pouch)[注釈 2]となる[3]。咽頭嚢が発達すると、外側に膨出し、体表の外胚葉に接触して咽頭溝(いんとうこう、pharyngeal groove[注釈 3])と呼ばれる浅い窪みが形成される[3]。このような複雑な形への発生は、内胚葉管を取り囲む中胚葉が不均一な発達をすることで形成される[9]。
動物によっては、さらに一定の部位で咽頭壁が分断されて外通し、咽頭裂(いんとうれつ、pharyngeal cleft)が形成される[3][7]。これは成体では内臓裂(ないぞうれつ、visceal cleft)または鰓裂(さいれつ、branchial cleft, gill slit)と呼ばれる[3][注釈 4]。鰓裂は動物によってその個数は異なり、ヌタウナギ類では6–14対、ヤツメウナギ類では7対、軟骨魚類では多くは6対(稀に8対)、硬骨魚類・両生類・爬虫類では5対、鳥類および哺乳類では4対である[3]。尾索動物や頭索動物は鰓孔(さいこう、stigma, spiracle)と呼ばれる多数の鰓裂を持つが、直接は外通せず、囲鰓腔に開口する[3][10]。前者は極めて多数の鰓裂が縦横の列をなし、後者は最大60対の鰓裂が咽頭の左右に前後1列に並ぶ[3]。半索動物は脊椎動物と同様に咽頭から外界に直接通じる鰓裂を持つ[3][注釈 5]。特にギボシムシでは、成体の躯幹部で100対もの鰓裂を持つ[7]。脊索動物および半索動物の鰓裂は、発現する遺伝子の共通性(たとえば Pax1/9)から、相同な器官であると考えられている[7]。
咽頭裂によって分節された残存部分を咽頭弓(いんとうきゅう、pharyngeal arch)といい、背腹方向に弓状をなす[4]。咽頭弓は発生が進むと内臓弓と呼ばれ、中でも呼吸にかかわるものを鰓弓(さいきゅう、branchial arch)という[3]。この鰓弓列によって構成される籠状構造は鰓籠(さいろう、branchial basket)と呼ばれる[11][注釈 6]。
有羊膜類では鰓は形成されず、咽頭裂はすぐに消失して咽頭嚢は閉じる[3][8]。それにもかかわらず有羊膜類が胚発生では咽頭嚢を持つことは、生物発生原則の一例であると説明される[3]。ヒトでは胎生3.5–7週で咽頭溝が認められる[3]。対して、魚類および両生類の幼生、一部の両生類成体では鰓裂の前後の壁に、背腹方向に並ぶ水平な粘膜の襞として呼吸器官(鰓)である鰓弁(さいべん、branchial lamella)が作られる[12]。咽頭派生体のうち、胚の咽頭嚢に由来するものは鰓性器官(さいせいきかん、branchiogenic organ)(または単に咽頭嚢派生体)と呼ばれる[3]。鰓性器官の多くは内分泌器官であり、甲状腺、副甲状腺、胸腺、頸動脈腺、鰓後体などが含まれる[3]。
哺乳類の気道下部、すなわち喉頭・気管・肺は、咽頭底からの陥入として生じたものである[13]。喉頭は陥入口が特殊化して形成されたものである[13]。
解剖学
[編集]脊椎動物における咽頭は、消化管の前部で、口腔と食道の中間にある[8]。脊椎動物では咽頭の直後に続く気管の起始部は喉頭と呼ばれる[14]。
脊椎動物顎口類では、咽頭の補強および運動を司る筋として鰓下筋群(さいかきんぐん、hypobranchial muscles)が存在する[15]。これは後頭部から頸部にかけての体節に由来し、二次的に咽頭底に位置する[15]。鰓下筋群の吻方は舌筋、尾方部は舌骨下筋群となる[15]。哺乳類の横隔膜は舌骨下筋群と同系列のものとみなされる[15]。
咽頭を構成する咽頭筋は、哺乳類では横紋筋であるが[16][17][18]、鳥類をはじめとするほかの脊椎動物では主に平滑筋である[19]。
終生鰓呼吸を行う脊椎動物である魚類では、左右の咽頭側壁に鰓を持つ[2]。硬骨魚類では咽頭部に上下の咽頭骨を持つ[20]。上下の咽頭骨上には咽頭歯(pharyngeal tooth)が生え、コイ科やベラ科でよく発達する[20]。
哺乳類では、咽頭の背側は頭蓋底と第1頸椎・第2頸椎に、腹側は喉頭に、側方は翼突筋や下顎骨、舌骨装置の背方部にそれぞれ囲まれており、漏斗状を呈す[21]。気道と消化管、すなわち空気の通路と食物の通路の交叉部にあたり、消化機能とともに呼吸機能を担う[21]。
ヒトにおける咽頭
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咽頭は鼻部 (Nasopharynx)、口部 (Oropharynx)、喉頭部 (Laryngopharynx) の3部からなる。鼻部・口部・後頭部の前方はそれぞれ鼻腔 (Nasal cavity) ・口腔 (oral cavity)・(気道 Trachea と接続する)喉頭腔と繋がる。咽頭鼻部側方は耳管咽頭口 (Entrance to auditory tube) で耳管と繋がる。
ヒトの咽頭は、ほかの哺乳類同様に[21]、消化管と気道の交叉部をなす[1][22]。鼻腔・口腔・喉頭の後ろ、脊柱(頸椎)の前に位置する[1][23]。上端から下端までの長さは約 12 cmで[23][24]、前後方向に扁平[23]。上端は後頭骨底部の下面に接する[23][24]。下端は第6頸椎(から第7頸椎[24])の高さで食道と接続する[25][23]。上方は広く、下方は狭い円錐形となる[24]。下方に行くにつれ管状となり、前壁と後壁とが近接するようになる[24]。喉頭の高さでは、食道に食塊が通過するとき以外は裂隙状を呈する[24]。咽頭後面は椎前筋膜により脊柱・深頸筋から隔てられ、側面は頸動脈・頸静脈に接する[23]。
咽頭は消化管の一部として、口腔と食道をつないでいる[26]。咽頭は消化器系であると同時に呼吸器系の一部でもある[27]。
嚥下時には口蓋帆が鼻腔を、舌が口腔を塞ぐとともに、喉頭が舌根部の喉頭蓋に引きつけられて喉頭口が受動的に閉鎖されることで、飲食物の喉頭への流入が防がれ、食物が食道に送られる[16][27]。気管の入口にあって発声や誤嚥の防止といった機能を有する[28]。
肺は咽頭底から伸びて形成された嚢であり、脊椎動物の祖先では嗅覚のみに関わっていた鼻とが咽頭を介して連絡することで、気道が形成された[13]。気道は、咽頭を境に気道上部(上気道)と気道下部に分けられる[13]。気道上部は外鼻孔から鼻腔を通って後鼻孔で咽頭鼻部に至る[13]。なお、気道下部は喉頭から気管を通って肺までを含む[13]。
咽頭腔
[編集]咽頭は鼻腔および口腔と食道及び喉頭の間にある筋肉性の嚢状の管となっており、内腔は咽頭腔(いんとうこう、英: cavity of pharynx[24]、羅: cavum pharyngis[29])と呼ばれる[29][24]。ヒトの咽頭腔は鼻部(上咽頭)、口部(中咽頭)、喉頭部(下咽頭)の3つの部分に分けられる[1][23][24][8][30]。また、咽頭腔は次の7つの開口部を持ち、付近の腔と連絡している: 後鼻孔(1対; 鼻部)、耳管咽頭口(1対; 鼻部)、喉頭口(喉頭部)、食道口(喉頭部)、口峡(口部)[31]。咽頭腔の3区分はそれぞれ咽頭前部の3つの開口、すなわち後鼻孔、口峡、喉頭口と対応している[32]。
鼻部と口部は気道の一部であり、口部と喉頭部は消化管の一部となっている[27]。
咽頭鼻部
[編集]鼻部(びぶ、英: nasal part[24]、羅: pars nasalis[1])は、咽頭の最上部であり、鼻腔の後ろに位置する[1]。咽頭腔の上位にあたり、上咽頭(じょういんとう、epipharynx)[24][8]、あるいは鼻咽頭(びいんとう、nasopharynx[24])とも呼ばれる[22][注釈 7]。咽頭において口蓋のレベルより上の部分であり[8]、呼吸器(上気道)の一部を構成している。
鼻部の最上部は咽頭円蓋(いんとうえんがい、pharyngeal fornix)をなす[24][23]。これは頭蓋底の直下にあたる[24][23]。最上部の咽頭壁は上咽頭収縮筋の上縁より上に位置するため筋層を欠き、この部分の粘膜下組織は強靭な線維膜からなり、咽頭頭底板(fascia pharyngobasilaris)と呼ばれる[17][34]。
前壁は左右の後鼻孔(内鼻孔、英・羅: choana[注釈 8])によって鼻腔に通ずる[1][24]。
鼻部の外側壁には、1対の耳管咽頭口(じかんいんとうこう、英: pharyngeal opening of auditory tube、羅: ostium pharyngeum tubae auditivae)が開口し[1][35][23]、耳管を通じて中耳と連絡する[27]。耳管咽頭口は前方・上方・後方から粘膜の襞で囲まれ、後方の襞は耳管軟骨の端にあたり、耳管隆起と呼ばれる[1][23][24]。耳管隆起の内部には耳管軟骨の下端が収まる[24]。耳管隆起の後外側にある、外側方向への顕著な凹みを咽頭陥凹(いんとうかんおう、recessus pharyngeus[注釈 9])という[24][36]。耳管隆起から下方に向かって走る襞は耳管咽頭ヒダ(耳管咽頭襞、salpingo-pharyngeal fold[37])と呼ばれ、耳管咽頭筋によってできる[24]。耳管咽頭口の下には後上から前下にかけて走る挙筋隆起と呼ばれる粘膜の盛り上がりがあり[1]、これは口蓋帆挙筋によってできる[24]。
両側の咽頭陥凹の間では、後壁に咽頭嚢(いんとうのう、bursa pharyngea)が見られることがある[36]。咽頭嚢は胎児で顕著で、咽頭嚢壁は扁桃様の組織と咽頭腺で占められる[36][注釈 10]。
咽頭鼻部の直上には、下垂体の咽頭部(英: pharyngeal hypophysis、羅: pars pharyngea)がある[36]。鋤骨および蝶形骨の接合部後方にすぐ接する辺りの粘膜下に位置する[36]。
咽頭口部
[編集]口部(こうぶ、英: oral part[38]、羅: pars oralis[16])は、咽頭のうち口腔の後方に位置する領域である[16][39]。咽頭腔の中位にあたり、中咽頭(ちゅういんとう、英: mesopharynx)[24]、あるいは口咽頭(こういんとう、oropharynx[38])とも呼ばれる[22]。口を開けると見える領域であり[8]、上を通る気道と下を通る食物経路が交叉する部分である[22]。
咽頭口部の前方は口峡(こうきょう、fauces)[注釈 11]を境界面として口腔と接続する[16][38]。また喉頭蓋上縁を境界線として下咽頭と接続する[42]。更に軟口蓋を境界として上咽頭と接続している。
口蓋舌弓と口蓋咽頭弓との間には口蓋扁桃がある[38]。この口蓋扁桃は、咽頭扁桃・耳管扁桃・舌扁桃とともに咽頭口峡部を輪状に取り囲み、ワルダイエル(の)咽頭輪(ワルダイエル〈の〉いんとうりん、英: Waldeyer's tonsillar ring[38], Waldeyer's ring[37][注釈 12])をなす[38][37]。ワルダイエル咽頭輪の構成要素は、扁桃およびリンパ小節からなり、1対の外側リンパ帯を含む[37]。
咽頭喉頭部
[編集]喉頭部(こうとうぶ、英: laryngeal part[38]、羅: pars laryngea[16])は、咽頭の最下部であり、喉頭の後ろに位置する[16]。咽頭腔の下位にあたり、下咽頭(かいんとう、英: hypopharynx)[24]、あるいは口咽頭(こういんとう、laryngopharynx[38])とも呼ばれる[22]。
喉頭部の前上部は喉頭口で喉頭腔に通じる[16][38][36]。喉頭口以下の咽頭では、前壁と喉頭の後壁とが癒着し、独立した筋層を欠く[36]。
喉頭部の左右両側は梨状陥凹(りじょうかんおう、なしじょうかんおう[43]、羅: recessus piriformis[16][43]、英: piriform fossa[38], piriform recess[44])となり、外側に向かって伸びだす[16][43]。梨状陥凹は甲状軟骨板と披裂喉頭蓋襞との間にできた凹みである[38][43]。その粘膜下には、上外側方から下内側方に向かって上喉頭神経が走り、この神経に沿って梨状陥凹の粘膜にできる襞を喉頭神経ヒダ(喉頭神経襞、plica nervi laryngei)という[38][43][43]。
喉頭部の下部は、喉頭口より下方では咽頭の前壁と後壁とが互いに近接し、裂隙状を呈して第6頸椎の高さで食道へと移行する[38][45]。食道に連なる喉頭部下端は食道口(しょくどうこう、opening of esophagus)と呼ばれる[46]。
咽頭壁
[編集]咽頭収縮筋群は上咽頭収縮筋 (superior pharyngeus constrictor muscle)、中咽頭収縮筋 (middle pharyngeus constrictor muscle)、下咽頭収縮筋 (inferior pharyngeus constrictor muscle) からなる。咽頭口部 (oropharinx) の前部には舌根 (root of tongue) が見え、その下には、喉頭蓋 (epiglottis) がある。喉頭部前方には甲状腺 (thyroid gland) がある。
咽頭の外側と後面には壁があるが、前面には壁を持たず、鼻腔・口腔・喉頭腔に接続する[1]。咽頭壁は、内側から順に粘膜、筋層、外膜の3層からなる[16]。この構造は食道の壁と類似している[16]。
粘膜
[編集]粘膜は淡紅色を呈し[46]、咽頭腔の内面を覆う[16]。鼻部前部では多列線毛円柱上皮からなり、呼吸器的性状を示すが、鼻部の後壁以降の部分では重層扁平上皮からなり、消化器的性状を示す[46]。粘膜固有層は線毛上皮を持つ部分では乳頭を欠き、重層扁平上皮の部分では乳頭を持つ[46]。粘膜内部とその下層には、多数の咽頭腺(いんとうせん、glandulae pharyngeae)とリンパ小節が分布する[16]。咽頭腺は主として、粘液性の小さな混合腺であり[17][34]、咽頭円蓋部では混合性、下部に進むにつれ粘液性となり、喉頭腔付近では再び混合性となる[17]。粘膜筋板は咽頭粘膜では見られない[34][17]。
咽頭鼻部(特に咽頭円蓋の上部[24])後壁の粘膜の中には咽頭扁桃があり、両側に伸びて耳管咽頭口の周囲にまで達する[16]。これは喉頭円蓋の粘膜有層で、リンパ小節が多数集まって形成されている[46][34]。咽頭扁桃のうち、耳管咽頭口へと伸びている外側壁で下鼻道の奥にあたるところは、耳管扁桃と呼ばれる[24][37]。咽頭扁桃は子供では発達するが、成人になるとほとんど退化する[16]。病的に肥大した咽頭扁桃はアデノイド(腺様増殖、adenoide vegetation[34])と呼ばれる[16][46][43]。
粘膜の最下層または粘膜下組織の表層として、線維膜(せんいまく、tunica fibrosa)が分布する。これは弾性線維に富んだ結合組織の膜で、弾性境界膜とも呼ばれた[34]。頭蓋底付近の筋層を欠く部分では、粘膜下組織が強靭な線維膜からなっている[34][17]。線維膜は咽頭頭底板(鼻部の外側部)、咽頭の下端部を除きあまり発達しない[18]。
筋層
[編集]筋層はすべて横紋筋で[16][17][18]、咽頭筋(いんとうきん、tunica muscularis pharyngis)とも呼ばれる[18]。咽頭筋は咽頭を収縮する輪走筋である咽頭収縮筋群と、咽頭を上方に引き上げる縦走筋である咽頭挙筋群とからなる[16][17]。咽頭収縮筋群(constrictors of pharynx)は上咽頭収縮筋・中咽頭収縮筋・下咽頭収縮筋、咽頭挙筋群(levators of pharynx)は茎突咽頭筋・口蓋咽頭筋・耳管咽頭筋からなり、計6筋が存在する[18]。
咽頭収縮筋はいずれも咽頭後壁正中線の咽頭縫線(いんとうほうせん、raphe pharyngis)に付着し、下位の筋が上位の筋を後方から覆うことで屋根瓦状を呈す[18]。下咽頭収縮筋の輪状咽頭部は斜走部と横走部に区分され、これら2部間にはキリアン三角(Killian triange)と呼ばれる筋の脆弱な領域がある[47]。横走部下縁では、筋線維がV字型の領域を形成し、ライマー三角(Laimer triange)と呼ばれる[47]。
外膜
[編集]外膜は咽頭壁の最外層をなす疎性結合組織の膜である[25][19]。咽頭とその周囲の器官とを結合している[25]。特に、咽頭と脊柱とを移動性に結合している[25]。咽頭の前情報では頬咽頭筋膜に続く[19]。
神経系
[編集]咽頭の神経は舌咽神経および迷走神経の咽頭枝が分布する[25]。6つの咽頭筋のうち、茎突咽頭筋のみ舌咽神経支配で、残りの筋肉は迷走神経である[19]。この迷走神経線維は中咽頭収縮筋の外側で舌咽神経および上頸神経節からの交感神経線維とともに咽頭神経叢をなし、神経叢の枝が咽頭筋に分布する[19]。迷走神経線維はおそらく副神経の延髄根に由来する[19]。
咽頭周囲隙
[編集]咽頭の周囲には、咽頭周囲隙(いんとうしゅういげき、peripharyngeal space)と呼ばれる結合組織が分布し、頭蓋底から縦隔に達する[48]。咽頭の両側方には咽頭側隙、咽頭の後方には咽頭後隙がある[48]。咽頭側隙は結合組織である茎突咽頭筋腱膜によって、前部と後部が区別される[48]。咽頭後隙は咽頭側壁と内側翼突筋との間にできる非常に狭い間隙で、前方は耳下腺、後方は椎前隙で終わる[48]。
臨床医学
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上咽頭
[編集]咽頭扁桃が肥大(アデノイドが増殖)すると耳管を圧迫して狭窄を起こし、難聴など軽度の聴覚障害の原因となる[8][22]。風邪などにより鼻炎、扁桃炎に引き続いて上咽頭炎を起こすと、炎症が耳管や中耳に波及して中耳炎を起こす[8]。
ここにできる腫瘍には、上咽頭癌や肉腫があるが、これは中国南東岸一帯、台湾、香港、シンガポールの中国人に多く見られる[8]。
中咽頭
[編集]中咽頭は口腔と鼻腔が合流する位置にあるため、消化管であると同時に上気道でもある。この両側に扁桃がひかえる[8]。中咽頭は風邪などの炎症により、しばしば咽頭炎や扁桃炎を起こす[8]。
咽頭炎は、急性咽頭炎と慢性咽頭炎が区別される[8]。前者では、発熱、咽頭痛、咳、痰などの症状が現れ、口を開けると咽頭の発赤が見られる[8]。後者は過度の飲酒、喫煙、炎症の慢性化などによっておこり、痛みよりもむしろ咽頭異物感あるいは違和感が症状として現れる[8]。咽頭炎の治療は、原因となる疾患の除去(すなわち慢性鼻炎、副鼻腔炎などの除去)により行われる[8]。慢性の場合、抗生物質は使わず、もっぱら吸入、うがいなどの局所治療が行われる[8]。
下咽頭
[編集]炎症が慢性化しやすい部分であり、下咽頭痛などが現れる[8]。成人では、舌根にある舌扁桃の増殖が起こり、顕著な違和感を生じる[8]。下咽頭にも悪性腫瘍ができやすく、喉頭癌と区別しにくい[8]。
嚥下障害などを訴える部分である[8]。特に梨状陥凹は食物の通路であり、魚の骨などの異物がひっかかることが多い[43]。下咽頭収縮筋の斜走部と横走部の間にあるキリアン三角が脆弱であることで、その部分の粘膜が輪状咽頭部の横走部から外側へ膨隆してしまうおそれがあり、その結果咽頭喉頭部と食道の境界部にはツェンケル憩室(ツェンケルけいしつ、Zenker diverticulum、咽頭食道憩室)と呼ばれる嚢状の突出物が形成される[37]。
肺結核から二次的に感染することで起こる咽頭結核もみられることがある[8]。主訴は咽頭痛、嚥下痛、微熱、喉の違和感、嚥下困難などで、咽頭粘膜あるいは軟口蓋に粟粒状発疹や潰瘍が現れる[8]。
咽頭梅毒はかつてはよく見られたが、2005年現在ではほとんどみられなくなった[8]。代わりに2008年現在では、オーラルセックスの増加により、性感染症(STD)としては淋菌性咽頭炎が見られ、性器淋菌感染症患者の 10–30% に、咽頭感染が見られる[49]。
前口動物における咽頭
[編集]扁形動物
[編集]扁形動物でも、口腔と食道の間の部分が咽頭と呼ばれる[50]。分類群によって発達の度合いは様々で[50]、渦虫類(多系統群)、吸虫類は消化管を持つが、条虫類は消化管を欠く[51]。
渦虫類の消化管は口・咽頭・腸の3部からなる[52]。渦虫類の咽頭は著しい筋壁が発達し、反転して口の外に出て食物を包んで摂取する機能を持つ[2]。渦虫類の中でも、小鎖状類や多食類は単咽頭(たんいんとう、simple pharyncx)である一方、などのその他の渦虫類は複咽頭(ふくいんとう、composite pharynx)である[52]。複咽頭は咽頭鞘(いんとうしょう、pharyngeal sheath)と呼ばれる繊毛を欠く扁平上皮によって覆われた構造で保護されており[52]、咽頭が退縮したときこれに包まれる[2]。複咽頭はさらに球形咽頭(bulbous pharynx)と褶咽頭(plicate pharynx)の2つに分けられ、前者は棒腸類、後者は多岐腸類・三岐腸類・原順列類が持つ[2]。
吸虫類の消化管は、前端に口が開き、咽頭・食道を経て腸管に至る[53]。咽頭は口腔の後方かつ食道の前にある筋壁の球形膨大部であり、食物を吸い込むポンプとして機能している[2]。
顎口動物
[編集]顎口動物の消化管は前方の腹側に開口する口から咽頭を経て腸管につながるが、腸管は袋状で肛門を欠く[54][55]。咽頭は筋肉質で、クチクラ性の1対の顎(あご、jaw)と1個の基板(きばん、basal plate)を具えている[54][55]。これは本動物門の固有派生形質であると考えられている[54]。
腹毛動物
[編集]腹毛動物の消化管は口・咽頭・食道・腸・肛門からなり、直線的に配列する[56]。咽頭は線虫類に似て筋肉性である[57]。なお淡水生のものには、咽頭寄りの腸管の左右に1対の原腎管が付属する[56][57]。
紐形動物
[編集]紐形動物の口と肛門をつなぐ消化管は直走し、咽頭・胃・腸に分化する[53]。吻を収める吻腔は消化管の背側を併走する[53]。
輪形動物
[編集]輪形動物では、咽頭に咽頭咀嚼器(いんとうそしゃくき、pharyngeal apparatus)がある[2]。これはキチン質の構造を持つこの分類群に特有の口器で、トロフィー(trophi)とも呼ばれる[2]。場合によっては、咽頭下部が拡張した筋性の嚢となり、咽頭咀嚼器を収める咽頭咀嚼嚢(mastax)を形成する場合もある[2]。咽頭咀嚼器は複雑な構造の咀嚼板からなり[58]、中央の1個の砧部(きぬたぶ、incus)およびその左右にある2個の槌部(つちぶ、malleus)で構成される[2]。筋運動により槌部を砧部に打ち付けることで食物を破砕する[2]。
緩歩動物
[編集]緩歩動物は1対の歯針を持ち、これを用いて他の動植物の外壁に穿孔して、咽頭部の筋肉を使って食物を吸入する[59]。真クマムシ綱では、咽頭内部に楯板と呼ばれる口器が存在し、この形と配列は分類形質として用いられる[59]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 以降、本項ではラテン語を斜体で示す。
- ^ 広義の鰓嚢(鰓囊、さいのう、branchial pouch)である。
- ^ 広義の鰓溝(さいこう、branchial groove)である。
- ^ 鰓裂は広義には、脊椎動物胚における咽頭裂も指す[10]。また、魚類の鰓裂は咽頭に由来する内鰓裂だけでなく、体外側に由来する外鰓裂も含む[3]。
- ^ 半索動物は脊索動物ではない。
- ^ 鰓籠という用語は、ヤツメウナギ類に特有の、鰓を保護する軟骨からなる骨格部分も指す[11]。
- ^ 中山 & 田隅 (2005, p. 67) では「鼻咽腔」ともされるが、鼻咽腔は口蓋帆咽頭 (veropharyngeal) の誤訳とする説もある[33]。
- ^ pl. choanae
- ^ 「ローゼンミュラーの陥凹」とも[36]。
- ^ ヒト以外の動物でも幼若個体で目立ち、クマやパンダでは極めて大きい[36]。
- ^ 特に、口峡峡部(こうきょうきょうぶ、英: isthmus of fauces)[40][41]。
- ^ リンパ咽頭輪(独: Lymphatischer Rachenring)[1]、ワルダイエルのリンパ上皮性咽頭輪(独: Waldeyerscher lymphoepithelialer Rachenring)などの名称もある[29]。
出典
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口腔の後方は咽頭口部 oropharynx ... と呼ばれる。
(Drake 2011, p. 799) - ^
口腔は,口峡峡部を経て咽頭口部につながる。
(Drake 2011, p. 985) - ^
口腔との境界 ... 口峡峡部とよばれ,咽頭口部の口腔側の入口にあたる。
(Drake 2011, p. 993) - ^
咽頭口部 ... 喉頭蓋上縁よりも上方の部分である
(Drake 2011, p. 993) - ^ a b c d e f g h 小川ほか 1982, p. 173.
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