周セン

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本来の表記は「周璇」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
周璇
Zhouxuan.jpg
基本情報
中国語 周璇
漢語拼音 Zhōu Xuán
生誕 (1918-08-01) 1918年8月1日
Flag of the Republic of China (1912-1928).svg 中国江蘇省常州
死没 1957年9月22日(1957-09-22)(39歳)
中華人民共和国の旗 中国上海華山医院
職業 歌手、女優
活動期間 1935年 - 1951年
配偶者 厳華(1938年 - 1941年)

周 璇(しゅう・せん、チョウ・シュアン、中国語: 周 璇拼音: Zhōu Xuán1918年8月1日1957年9月22日)は、1930年代から1940年代にかけて上海を中心に活躍した中国歌手女優

経歴[編集]

「街角の天使」より、周璇が「四季歌」「天涯歌女」を唄うシーン

1918年、江蘇省常州市生まれ。本名・: 蘇璞。幼い頃に実の両親と別れ、養父母に育てられる。6歳の時に上海に移り住む。

1935年、17歳の時に女優活動を開始。1937年、袁牧之監督の「街角の天使中国語版英語版」(原題:「馬路天使」)に主演し、劇中で歌唱した「天涯歌女中国語版英語版」「四季歌」が大ヒット。その後、数々の映画に主演。「何日君再來」「夜上海中国語版オランダ語版」等のヒット曲を連発。中国を代表する女優、歌手となる。

私生活においては、幼い頃の実の両親との別離、離婚、自殺未遂騒動等、波乱の生涯を送る。日中戦争終結後は香港に移住し、上海との往復生活を送る。

1957年9月22日、現地時間午前8時22分、日本脳炎のため上海・華山医院にて死去。39歳歿。

彼女の唄った曲は中華圏では広く知られ、特に「何日君再來」は後のテレサ・テン李香蘭(山口淑子)らのカバーにより日本でも良く知られる楽曲である。また、彼女の生涯は後に様々な映画人によって描かれている。

代表作[編集]

正式タイトル(日本発売時タイトル)[1]
  • 天涯歌女
  • 四季歌(四季の歌)
  • 何日君再來
  • 拷紅(紅娘詰問)
  • 漁家女(漁師の娘)
  • 瘋狂世界(世界はクレイジー)
  • 不變的心(変わらぬ心)
  • 紅歌女忙(売れっ子は忙しい)
  • 討厭的早晨(朝は憂鬱)
  • 鳳凰于飛比翼の契り)[2]
  • 笑的讃美(微笑賛歌)
  • 夜上海
  • 花樣的年華(花のような日々)
  • 黃葉舞秋風(風に舞う黄葉)
  • 愛神的箭(キューピッドの矢)
  • 陋巷之春(下町の春)
  • 高崗上(丘にのぼって)
  • 訴衷情(思いを告げて)
  • 莫負青春(悔いなき青春)
  • 兩條路上(二つの道の上で)
  • 西子姑娘(小町娘)

関連作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ BEST『上海歌謡の名花』(1995年5月31日規格品番:TOCP-8572、東芝EMI)に準拠。
  2. ^ 題名・作品内容は「比翼の鳥」も参照。