吉岡忍 (作家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
吉岡 忍
誕生 (1948-07-06) 1948年7月6日(70歳)
長野県佐久市
職業 小説家評論家
最終学歴 早稲田大学政治経済学部中退[1]
ジャンル ノンフィクション
代表作 墜落の夏 -日航123便事故全記録-
Portal.svg ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

吉岡 忍(よしおか しのぶ、1948年7月6日[2] - )は、日本ノンフィクション作家日本ペンクラブ会長。日本BS放送番組審議会委員。次兄はオルタスジャパン専務取締役兼ディレクターの吉岡攻[3]

来歴・人物[編集]

長野県佐久市出身[1]長野県野沢北高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部在学中に、ベトナム反戦運動「ベ平連」に参加し、米軍脱走兵の逃亡支援活動に従事。また「ベ平連ニュース」の編集長も務める。1969年には、新宿駅西口地下広場で「新宿フォークゲリラ」を企画した。

その後、ノンフィクション作家となり、1985年日本航空123便墜落事故を題材にした『墜落の夏 -日航123便事故全記録-』(1987年)で第9回講談社ノンフィクション賞を受賞する。

日本ペンクラブ常務理事、放送倫理・番組向上機構放送倫理検証委員会委員なども務め、言論の自由報道の自由に関して積極的発言を続ける。大学時代に『べ平連ニュース』の編集に参加[1]

2005年3月、「マガジン9条」発起人となった[4]

2008年11月から、ライターの古木杜恵らとともに、地方テレビ局の報道番組を東京で上映する「ドキュメンタリー酒場」を開始した。

2017年6月、日本ペンクラブ会長に就任した[5]

著作[編集]

  • 『教師の休日 ルポルタージュ』教育研究社 1980年 朝日文庫 1992年
  • 『街の夢学校の力』日本書籍 1981年
  • 『もう学校にはいられない 聖職を去る教師たちの証言 ルポルタージュ』リブロポート 1983年 朝日文庫 1993年
  • 『ガリバーと巨人の握手』中央公論社 1985年 『散るアメリカ』と改題 中公文庫 1990年
  • 『墜落の夏 日航123便事故全記録』新潮社 1986年 新潮文庫 1989年
  • 『技術街道をゆく ニッポン国新産業事情』現代企画室 1987年 講談社文庫 1993年
  • 『「事件」を見にゆく』文藝春秋 1988年 文春文庫 1992年
  • 『島国へ帰る』内山英明写真 徳間書店 1989年
  • 『死よりも遠くへ』新潮社 1989年 新潮文庫 1992年
  • 『日本人ごっこ』文藝春秋 1989年 文春文庫 1993年
  • 『鏡の国のクーデター ソ連8月政変後を歩く』文藝春秋 1991年
  • 『学校の力 ルポルタージュ』朝日新聞社(朝日文庫) 1992年
  • 『女たちの地球』潮出版社 1993年
  • 『新聞で見た町』朝日新聞社 1993年
  • 『放熱の行方』講談社 1993年 『放熱の行方 尾崎豊の3600日』講談社文庫 2001年
  • エイズの表情』アドバンテージサーバー 1993年
  • 『都市は浮遊する』内山英明写真 講談社 1993年
  • 『いつか晴れた海で エイズと平田豊の道程』内山英明写真 読売新聞社 1994年
  • 『路上のおとぎ話』朝日新聞社 1998年
  • 『月のナイフ』理論社 1999年
  • 『M/世界の、憂鬱な先端』文藝春秋 2000年 文春文庫 2003年
  • 『フリーランス・ライターになる方法』日本放送出版協会(生活人新書) 2003年
  • 『奇跡を起こした村のはなし』筑摩書房ちくまプリマー新書) 2005年
  • 『ある漂流者のはなし』ちくまプリマー新書 2005年
  • 『ニッポンの心意気 現代仕事カタログ』ちくまプリマー新書 2007年

共編著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 不透明な時代を見る作法
  2. ^ 吉岡忍氏が語る安倍政権と共謀罪 「日本は権力観が欠落」8p日刊ゲンダイ公式ホームページ
  3. ^ G540. 吉岡忍さんのご尊父逝去。(2009/06/25掲載) べ平連ニュース
  4. ^ マガジン9とは?
  5. ^ “注目の人 直撃インタビュー 吉岡忍氏が語る安倍政権と共謀罪 「日本は権力観が欠落」”. 日刊ゲンダイ. (2017年7月24日). https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/209833 2017年7月29日閲覧。