伏見会館

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伏見会館
Fushimi Kaikan
種類 事業場
市場情報 消滅
略称 伏見東映劇場、伏見東映 (旧称)
本社所在地 日本の旗 日本
612-8081
京都府京都市伏見区新町4丁目454番地
設立 1957年12月30日
業種 サービス業
事業内容 映画の興行
代表者 代表 岡本忠男
支配人 前川美木子
資本金 800万円 (1973年)
主要株主 京阪興行株式会社
関係する人物 谷口真一
岡本登
特記事項:略歴
1957年12月30日 伏見東映劇場開館
1961年前後 改称
2004年3月30日 閉館
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伏見会館(ふしみかいかん)は、かつて存在した日本の映画館である[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12][13]。1957年(昭和32年)12月30日、京都府京都市伏見区大手筋伏見東映劇場(ふしみとうえいげきじょう)として新築・開館[1][14][15]、1961年(昭和36年)前後に改称した[2]京都伏見会館(きょうとふしみかいかん)と表記されることもあった[16]明治時代から芝居小屋・映画館が栄えた同区に残る最後の映画館として知られた[10][11][12]

同館を経営し同館内に本社を置いた映画興行会社京阪興行(けいはんこうぎょう)についても本項で扱い[4][5]、同館の改称後に「伏見東映劇場」を名乗った映画館については、伏見東劇で扱う。

沿革[編集]

  • 1957年12月28日 - 岡本三英を代表取締役とした映画興行会社京阪興行株式会社を設立[4][5]
    • 同年12月30日 - 伏見東映劇場として開館[1][14]
  • 1961年前後 - 伏見会館と改称[2][15]
  • 2004年3月30日 - 閉館

データ[編集]

概要[編集]

建築中の伏見東映劇場(1957年12月30日開館、のちに伏見会館と改称)。

1957年(昭和32年)12月30日、京都府京都市伏見区新町4丁目454番地に伏見東映劇場として新築され、開館した[1][14]。1階には「東映パチンコ」があり、同館は2階に入口があった。当初は東映専門の二番館で、封切り作品を1-2週遅れで上映した[1]京阪本線伏見桃山駅および同駅に並行する近鉄京都線桃山御陵前駅と直交して西に伸びる大手筋(伏見大手筋商店街)に面した好立地であり、同館の経営は京阪興行株式会社が、開館から最後の閉館まで一貫して行った[1][12]。設立時の同社代表であった岡本三英は、兵庫県神戸市出身の元活動写真弁士(号・岡本松風)で、福岡県門司市本川町4丁目(現在の同県北九州市門司区東門司1丁目19番地5号)に門司国際映画劇場(1927年10月に本川座として開館[18][19]、現存せず)を戦前から経営する人物であり、当時は門司市議会議員を務めていた[1][20]

当時の伏見区には、伏見大手劇場(かつての伏見帝国館、伯耆町)、伏見映画劇場(かつての伏見松竹館、のちの伏見劇場、風呂屋町)、伏見都映画劇場(かつての伏見都館、のちの新星DX伏見劇場、鑓屋町)、伏見キネマ(かつての中央館、北尼ヶ崎町)、伏見大映(のちの伏見東劇、東大手町)と同館を含めて合計6館の映画館が存在していた[14]

1961年(昭和36年)前後に伏見会館と改称、新東宝の封切館になったが同時期に新東宝は倒産している[2][15]。前年に伏見キネマが閉館、同年、伏見大手劇場が閉館し、伏見都映劇(伏見都映画劇場)が業態をストリップ劇場に変更して「伏見ミュージック」と改称している[2][15]。この時期、同区内の映画館は半減し、同館のほかは伏見大映(伏見東劇)と伏見劇場だけになってしまった[2]。伏見劇場は1967年(昭和42年)前後に閉館[16](現在は駐車場)、同じころ、伏見大映が伏見東映劇場と改称している[3]。その後の同館は、東宝が製作・配給した『ゴジラ』シリーズや、日活が製作・配給した『八月の濡れた砂』(監督藤田敏八、1971年8月25日公開)等を上映していたという[13]。1971年(昭和46年)には同館が面した大手筋にアーケードが設置され、車両が通行しなくなっている[21]。1970年代には日本映画の各社混映館であった[6]が、日活が日活ロマンポルノを開始するとともに、同館は成人映画を中心とした映画館に変わっていった[8]

1980年代には、同区に2館のみ残った映画館である伏見東劇とともに、にっかつロマンポルノ等の成人映画を上映していた[13]。1987年(昭和62年)に伏見東劇が閉館して1989年(平成元年)10月には跡地にマンションが建ち[22]、同区の映画館は同館のみになった[10][11]。1988年(昭和63年)6月のロマンポルノ終焉以降は、新東宝映画、エクセスフィルム(新日本映像)、オーピー映画(大蔵映画)を上映していたが[10][11][12]、2004年(平成16年)3月30日、閉館した。建物は解体されることなく存続しており、1階に存在した「東映パチンコ」は館名変更以降も長らく営業が続いていたが、同館の閉館時にはすでにスーパーマーケット「マイキッチンスマイル」に変わっていた[17]

京阪興行株式会社
Keihan Kogyo K.K.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
612-8081
京都府京都市伏見区新町4丁目454番地
設立 1957年12月28日
業種 サービス業
事業内容 映画館の経営
代表者 代表取締役社長 岡本忠男
資本金 800万円 (1973年・1975年)
主要子会社 伏見会館
関係する人物 岡本三英
谷口真一
岡本登
前川美木子
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京阪興行[編集]

京阪興行株式会社(けいはんこうぎょう)は、日本の映画会社興行)である[4][5]。福岡県門司市(当時)の興行者・市議会議員であった元活動写真弁士の岡本三英が、伏見東映劇場(のちの伏見会館)の開業前に設立[1][20]、岡本忠男が代表を務め、かつて1950年代に西陣京極の映画館・國際映画劇場(のちの西陣大映)を経営した谷口真一が取締役を務めていた(1973年・1975年)[4][5]。1978年(昭和53年)前後には谷口に代わって、門司国際映画劇場の後身である岡三実業株式会社(北九州市門司区東門司、1964年4月1日設立)の社長・岡本寛治が取締役に就任している[7][23]。伏見会館を経営し、同館内に本社を置いた[4][5][7]

企業データ[編集]

事業場[編集]

かつて同社が経営した映画館等の事業場の一覧である。

  • 伏見会館 (伏見区新町4丁目454番地、1957年 - 2004年) - 現在跡地に同館の建物が現存
  • 島原国際劇場下京区二人司町3番地7号、1953年 - 1969年)[24] - 現在跡地に駐車場

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m キネ旬[1958], p.174.
  2. ^ a b c d e f 便覧[1963], p.176.
  3. ^ a b 便覧[1967], p.124.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m 年鑑[1973], p.264.
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 年鑑[1975], p.217-218, 268.
  6. ^ a b c d e f g h 便覧[1975], p.119.
  7. ^ a b c d e f g h i 年鑑[1979], p.219, 267.
  8. ^ a b c d e f 名簿[1979], p.117.
  9. ^ a b c d e 名簿[1983], p.116.
  10. ^ a b c d e 名簿[1987], p.199.
  11. ^ a b c d e 名簿[1988], p.101.
  12. ^ a b c d e f g h i j 名簿[2001], p.124.
  13. ^ a b c “みちくさの景色・13”. 京都新聞. (1998年7月8日). http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/michi/michi13.html 2013年10月22日閲覧。 
  14. ^ a b c d 便覧[1958], p.167.
  15. ^ a b c d 便覧[1962], p.184.
  16. ^ a b c 便覧[1969], p.135.
  17. ^ a b マイキッチンスマイル伏見大手筋商店街、2013年10月22日閲覧。
  18. ^ 1954年(昭和29年)当時の福岡県の映画館 1福岡県立図書館、2013年10月26日閲覧。
  19. ^ 総覧[1930], p.594.
  20. ^ a b フクニチ[1956], p.403.
  21. ^ 初代アーケード誕生、伏見大手筋商店街、2013年10月22日閲覧。
  22. ^ 大林マンション”. SUUMO物件ライブラリー. リクルート. 2013年10月22日閲覧。
  23. ^ 岡三実業株式会社北九州商工会議所、2013年10月26日閲覧。
  24. ^ a b キネ旬[1963], p.67.

参考文献[編集]

  • 『日本映画事業総覧 昭和五年版』、国際映画通信社、1930年発行
  • 『ふるさと人物記』、夕刊フクニチ新聞社ふるさと人物記刊行会、夕刊フクニチ新聞社、1956年発行
  • キネマ旬報』新年特別号(通巻194号)、キネマ旬報社、1958年1月発行
  • 『映画便覧 1958』、時事映画通信社、1958年発行
  • 『映画便覧 1962』、時事映画通信社、1962年発行
  • 『映画便覧 1963』、時事映画通信社、1963年発行
  • 『キネマ旬報』正月特別号(通巻331号)、キネマ旬報社、1963年1月15日発行
  • 『映画便覧 1967』、時事映画通信社、1967年発行
  • 『映画便覧 1969』、時事映画通信社、1969年発行
  • 『映画年鑑 1973』、時事映画通信社、1973年発行
  • 『映画年鑑 1975』、時事映画通信社、1975年発行
  • 『映画便覧 1975』、時事映画通信社、1975年発行
  • 『映画年鑑 1979』、時事映画通信社、1979年発行
  • 『映画年鑑 1979 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1979年発行
  • 『映画年鑑 1983 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1983年発行
  • 『映画年鑑 1987 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1987年発行
  • 『映画年鑑 1988 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、1988年発行
  • 『映画年鑑 2001 別冊 映画館名簿』、時事映画通信社、2001年発行

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

画像外部リンク
東映パチンコ
1971年以前の撮影(伏見大手筋商店街
伏見会館
1998年撮影(京都新聞
伏見会館
2000年代の撮影(伏見大手筋商店街)