久米里紗

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くめ りさ
久米里紗
プロフィール
愛称 りさちゃん
生年月日 1984年7月14日
現年齢 32歳
出身地 シンガポールの旗 シンガポール
公称サイズ(2005年時点)
身長 / 体重 165.0 cm / 48.5 kg
BMI 17.8
スリーサイズ 82.0 - 57.8 - 83.0 cm
カップサイズ C
靴のサイズ 24.5 cm
備考 身長:165.5 体重:47.5(2006年)
活動
デビュー 2005年
ジャンル 撮影会、水着
モデル内容 一般
備考 第37回2005年度ミス日本グランプリ
他の活動 2005年度ニュージーランド「ジャパンウイーク着物親善大使
モデル: テンプレート - カテゴリ

久米 里紗(くめ りさ、1984年7月14日 - )は、日本のモデルシンガポール共和国生まれ、タイ王国バンコク育ち、静岡県掛川市在住。静岡文化芸術大学文化政策学部卒業。家族構成は、父母及び本人(ひとりっ子)。趣味は、読書と歩く事。特技は、水泳と登り棒。

経歴[編集]

1984年7月 父親の海外赴任中にシンガポール共和国で生まれる。 

1985年 父親の海外転勤のため、バンコクに移住。1歳〜10歳までバンコクで育った[1]1995年、父親の海外駐在期間終了に伴い、日本に帰国した[要出典]

常葉学園菊川高等学校から静岡文化芸術大学に進学した[1]

2004年 ニュージーランドへホームステイ(5週間の語学研修)中に母親がコンテストへ内証で応募、2次審査の通知が着てミス日本グランプリのエントリーを初めて知らされた[1]

2005年1月 2,289人の応募の中から、第37回2005年度ミス日本グランプリに輝いた[1][2]酒井政利審査委員長は、「顔に意志を置いている。」と受賞理由を話した[要出典]

同年2月3日の節分の日には、高幡不動尊で女性アイドルグループと豆まきをしている[1]。同年8月 ミス日本グランプリ受賞後、ニュージーランド「ジャパンウイーク着物親善大使」を務めた。同年11月13日に掛川市生涯学習センター広場で行われた、第1回「新掛川消防フェスタ」では一日消防署長を務めている[3]

人物・エピソード[編集]

  • 座右の銘は、「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も」[要出典]
  • 性格は大人しく、バレンタインデーにチョコレートを持って老人ホームを訪れる等、美しさと優しさを兼ね備えた女性である[要出典]
  • 浜松市にあるペルー人の子供達の学校「ムンド・デ・アレグリア」で、幼児らにボランティアで日本語を教える[要出典]
  • 大学の卒業論文は、「地域の国際化」というテーマで書いている[要出典]
  • 2005年ミス日本コンテストに参加するに当たり、出場辞退も考えたが、「記念受験のような感じ」で臨んだコンテストでグランプリ獲得。受賞直後は、「今はうれしい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです」と、涙で言葉にならなかった。受賞時の副賞の賞金100万円は、「春に免許を取って、いい中古の軽自動車を買います」と、満面の笑みを浮かべた[要出典]
  • 後述のコバックイメージモデルとしてテレビCMに出演したものの、ミス日本を卒業した2006年になり、本人曰く「受賞から1年経っても他人事の様で、華やかな芸能界やテレビの世界は向いていない。」と話す。その後「着付け教室にも通い、1人で着物が着られる様になりたい」と言う[要出典]
  • バンコク育ちの国際派という事もあり、将来フライトアテンダントを希望していたが、準1級を持っている秘書検定で1級資格を目指し、就職活動に力を入れる。「大好きな浜松市で、民間会社に就職し秘書に成りたいです。」との事。そして現在は念願が叶い、浜松市の某大手企業の役員秘書として活動中[要出典]

出演[編集]

テレビ番組[編集]

CM[編集]

  • コバック「車検のコバック」(2005年 当時ミス日本特別協賛社。コールセンターのスタッフという設定で出演)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e ミス日本グランプリに選ばれた 久米里紗さん 20歳”. 読売新聞 (2005年2月7日). 2012年10月6日閲覧。
  2. ^ ミス日本グランプリも体験、NTTコムが「香り配信サービス」”. @IT (2005年5月24日). 2012年10月6日閲覧。
  3. ^ 活動記録(6)”. BRNおおすか. 2012年10月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]