久我邦通

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久我 邦通(こが くにみち、永正4年(1507年) - 享禄4年6月8日1531年7月21日))は、室町時代後期の公卿後柏原天皇(104代)・後奈良天皇(105代)に仕え、官位は正三位権大納言まで昇る。父は右大臣久我通言。母は太政大臣徳大寺実淳の娘。

永正6年(1509年)に叙爵。侍従・左近衛少将・左近衛中将を経て、大永2年(1522年従三位・尾張権守となり、公卿に列する。大永3年(1523年正三位中納言、享禄元年(1528年権大納言となる。

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