ロジスティック写像

ロジスティック写像(ロジスティックしゃぞう、英語: Logistic map)とは、1次元の離散力学系の一種。ロジスティック方程式の離散化からも得られるため離散型ロジスティック方程式とも呼ばれる[1][2]。変数を x としたとき、次の1変数2次差分方程式(漸化式)で示される[3]。
ロジスティック写像は、パラメータ a にどのような値を与えるかによって、n を増やすに連れたxnの値の変化(振る舞いや軌道と呼ぶ)が、一定値への収束、複数の値を繰り返し取り続ける周期的な振動、カオスと呼ばれる非周期的な極めて複雑な振る舞い、へと変化する。
この複雑な振る舞いについて多くの研究がされてきたが、特にロバート・メイ(他にジム・ヨーク、ジョージ・オスター)の研究によって広く知られるようになった。
カオスを生み出す系は非線形性を持つ必要があるが、このような非線形関数の中でも、ロジスティック写像は最も単純なものの1つである二次関数の差分方程式からカオスを生成する[4][5]。この単純さと、他のカオスとも共通する現象がいくつも現れることから、カオス理論の入り口としてよく採り上げられる[4][5]。
写像の基本的特徴[編集]
変数とパラメータ[編集]
ロジスティック写像を再掲する[注釈 1]。
ここで、n はステップ数、n = 0, 1, 2... である[8]。離散時間の発展を意味する。記号 t と表記する場合もある[9]。n = 1 を初期状態として n = 1, 2, 3... と数える場合もあるが[10]、本記事中では前者で統一する。
xn は第 n 項目の x の値を示す。式(1-1)は、xn の値とその次の値である xn+1 の関係を示すものである。すなわち、xn から xn+1 が一意的に決定されることを示している。一方で、xn の値からその前の値である xn−1 の値は一意的に決定できない。二次関数の解が2つあることからも明らかなように、xn の値に辿り着く xn-1 の値については2つの値が有り得る。このような現在の値から過去の値への一意性が無いことは、1変数差分方程式でカオスを生み出す必要条件でもある[11]。2変数以上になるとこの条件は必要ではなくなる[11]。
x0 を初期値として、ロジスティック写像では一般的に 0 ≤ x0 ≤ 1 の範囲で初期値を取る[12]。文献によっては 0 < x0 ≤ 1 の範囲であるが[3]、本記事中では前者で統一する[注釈 2]。
a は定数で、パラメータとも呼ばれ、非線形性の強さを表すとされる[13]。xn をある環境下における生物個体数とし、ロジスティック写像を個体群の成長モデルとみなすような文脈では、a は最大の生物個体数増加率 (biotic potential) とも呼ばれる[8]。記号には r や μ なども割り当てることもある[8]。パラメータは一般的に 0 ≤ a ≤ 4 の範囲で選択される[14]。文献によっては 0 < a ≤ 4 の範囲であるが[3]、本記事中では前者で統一する[注釈 3]。
写像のグラフ[編集]
式(1-1)について、縦軸を xn+1、横軸を xn としてグラフを描くと、単純な二次関数の放物線が得られる。0 ≤ xn ≤ 1 の範囲でこのグラフを描くと、両端の xn = 0, 1 で、xn+1 = 0 となる。真ん中の xn = 0.5 で、xn+1 = a / 4 となる極大値かつ最大値を取る。このような xn から xn+1 への写像をリターン・マップと呼ぶ[15]。
ロジスティック写像のような山形の曲線を描く写像は単峰写像と呼ばれる写像の一種で、その中でもロジスティック写像はシュワルツ導関数が負であるという条件を満たす[16]。これらの条件を満たす写像では、後述するような分岐のパターンが発生する[16]。他の例としては、正弦波を用いた xn+1 = a sin xn という写像でもこの条件を満たし[17]、周期倍分岐、カオス、窓など、ロジスティック写像同様な振る舞いを見せる[18]。このような曲線の写像ではカオスを生み出す基本機構である引き伸ばしと折り畳みという操作を備えているのが特徴である[11]。a = 4 のときの xn から xn+1 への変換を考えると、まず区間 [0, 1] の xn が全体として2倍に引き伸ばされ、伸びた区間が半分に折り畳まれ、区間 [0, 1] の xn+1 として与えられる、というような操作を行っていることになる[19][20]。このような引き伸ばしと折り畳みを繰り返す操作は、料理のパイをこねる操作に似ていることからパイこね変換と呼ばれ[20][注釈 4]、低次元カオスの典型的な発生機構である[19]。
定義域と値域[編集]
一般的には、ロジスティック写像は、式(1-1)による単位区間 [0, 1] から [0, 1] への写像とされる[14]。この区間の写像であるために必要な初期値 x0 とパラメータ a の範囲を確認する。xn が区間 [0,1] 内の値であれば、xn+1 が取り得る最小値は xn = 0, 1 のとき xn+1 = 0、最大値は xn = 0.5 のとき xn+1 = a/4 である。したがって、初期値が 0 ≤ x0 ≤ 1 を満たし、なおかつパラメータが 0 ≤ a ≤ 4 を満たせば、次の値は 0 ≤ x2 ≤ 1 となる。よって、その次の値も 0 ≤ x3 ≤ 1 となり、数学的帰納法からすべての n で常に 0 ≤ xn ≤ 1 が成立する[12]。
a が 4 を超えると、後述のように初期値に関わらず負の無限大へ発散する。a が負のときは、xn が負の値を取るようになるが、a = −2 までは有限な範囲で変動して発散はしない。ただし、多くの文献[注釈 5]では前述の 0 ≤ a ≤ 4 の範囲を扱い、ロジスティック写像が生態学上のモデルとして研究された経緯もあってパラメータ a が負の場合を論じることは少ない[27]。
パラメータ a による振る舞いの変化[編集]
0 ≤ a ≤ 1 のとき[編集]
パラメータ a が大きくなるに従った、変数 xn の振る舞いの変化を順に説明する。まず、a が 0 < a ≤ 1 の範囲では、初期値 x0 が 0 から 1 までのどの値を取ったとしても、xn は n の増加と共に単調減少し、最終的に 0 に収束する[28]この収束する点を安定な固定点[29]、安定な不動点[30]、あるいは吸引的不動点、沈点[31]などと呼ぶ。一般に、十分な時間経過後にその力学系が漸近する集合はアトラクタや吸引集合と呼ばれる[32]。この場合は、x = 0 がアトラクタに相当する。
1次元写像の軌道を視覚的に表すのには、クモの巣図法と呼ばれる手法が利用される[33]。これはグラフ上に原点を通る傾き1の直線を引き、この対角線と写像の曲線を交互に行き来することで1次元写像の軌道を2次元的に視覚化する方法である。a = 0.9 におけるクモの巣図と、n の増加に伴ったxnの時系列データを示す。
上記のようにある1点に落ち着いて、その値から動かなくなったとき、写像は常に xn+1 = xn を満たす状態にある[34]。よって、このときの値を xf とすると、
という関係式を満たす。単に不動点あるいは固定点と言えば、式(2-1)を満たす値 xf を指す[34]。式(2-1)を解くと、xf は、
となる。0 < a ≤ 1 のとき、不動点 1 − 1/a は負または0の値となるので、0 ≤ a ≤ 1 のときは不動点1 − 1/aは現れず、不動点は0のみである。
式(2-2)から不動点の値は求められるが、xn ≠ xf のときに、n の増加と共に xn = xf に収束するかは保証されない。xf の近傍にある xn が最終的に xf に収束するならば、この不動点 xf は安定であるいう[29]。逆に n の増加と共に xf から離れていくならば、この不動点 xf は不安定であるという[29]。また、離れも近づきもしない場合は中立安定であるという[29]。0 < a ≤ 1 のとき、0 は上記通り安定不動点に該当する。一方の不動点 1 − 1/a は、0 ≤ xn ≤ 1 の範囲では現れない不安定不動点である[35]。
1 < a ≤ 2 のとき[編集]
1 < a ≤ 2 のときは、初期値が 0 または 1 である場合を除き、xn が単調増加あるいは単調減少しながら 1 − 1/a に収束する[36]。以下にそれぞれの例を示す。
a < 1 から a を増加させていくと、安定不動点 0 と不安定不動点 1 − 1/a が a の増加と共に近づき、a = 1 で衝突し、1 − 1/a が安定不動点に、0 が不安定不動点に変わる安定性の交替が発生する[35]。ただし、a = 1 ではまだ 0 へ収束し、a = 1 を超えたところで漸近的な振る舞いは変化する[37]。このようなパラメータの変化により力学系の解の性質が変わることを分岐と呼ぶ[35]。分岐が発生するパラメータの値を、この場合は a = 1 を分岐点と呼ぶ[38]。a = 1 における分岐はトランスクリティカル分岐と呼ばれるタイプの分岐に相当する[35]。このようなパラメータの変化に伴った分岐の発生の様子を示すために、横軸に写像のパラメータを取り、縦軸に長期間後の変数の値を示した、分岐図と呼ばれる図が用いられる[39]。以下にパラメータ a が 0 から 3 までの分岐図を示す。
0も不動点として残っているが、不安定なので0に収束するのは初期値0、1のときだけである。これは以下の1 < a < 4 の範囲でも同様である[40]。
2 < a ≤ 3 のとき[編集]
2 < a ≤ 3 のときは、初期値0、1を除いて、1 < a ≤ 2 のときと同様に 1 − 1/a に収束する[41]。ただし 2 < a ≤ 3 のときは単調増加または単調減少ではなく、1 − 1/a の値を一端通り過ぎ、周囲で変動しながら 1 − 1/a に収束していく振る舞いとなる[42]。a = 2.8 における例を以下に示す。
3 < a ≤ 3.4494897... のとき[編集]
3 < a ≤ 3.4494897... の範囲では、ほぼ全ての初期値において、xn は1つの値には収束せず、ある2つの値を交互に取る振る舞いを起こすようになる[28]。交互に取られる2つの値は、周期点[43]や平衡点[28]と呼ばれる。今のような2周期のときは、周期点を2周期点[44]、振る舞いを2周期軌道[30]などと呼ぶ。不動点と同様の考え方で、周期点にも安定なもの、不安定なものが存在する[45]。今の範囲における2周期点は安定周期点である。a = 3.2 のときの例を以下に示す。
a = 3 に達すると不動点 1 − 1/a が安定不動点から不安定不動点に移行する[46]。a = 3 のときはまだ 1 − 1/a (= 2/3) に収束するが、2 < a < 3 のときよりも収束速度が遅い[47]。a ≤ 3 における不動点への収束を安定な1周期軌道と見なせば、a = 3 を超えた点で、1周期から2周期へ周期が倍増する。この振る舞いの変化も分岐の一種で、周期倍分岐と呼ばれる[14][注釈 6]。
xn+2 と xn の関係、すなわち式(1-1)の2回の反復合成写像は、次のように示される[49]。
この2周期点をそれぞれ x(2)f1、x(2)f2 とする。x(2)f1、x(2)f2 は、その定義より、
を満たす値である[41]。これを解けば x(2)f1、x(2)f2 の値は、
で示され、パラメータ a から求めることができる[50][49]。
ほぼ全ての初期値から2周期点に到達するが、0 と 1 − 1/a は不安定不動点として残っている。そのため、初期値が、0、1 − 1/a、さらに、n を増加させる内に 0 または 1 − 1/a にたどり着く初期値であれば、2周期点ではなくこれらの不動点に到達する[51]。ただし、これらの値の範囲は、初期値 0 < x0 < 1 の実数集合に対して無視できるほど小さい[52]。
3.4494897... < a ≤ 3.5699456... のとき[編集]
2周期軌道の状態から a を増加させていくと、a = 1 + √6 = 3.4494897... で安定な2周期軌道から安定な4周期軌道の状態に変化する[46]。これは2周期から4周期への周期倍分岐である。この4周期点の値も2周期点と同様に a に依存して決まるが、2周期点のように陽関数の形で得ることはできない[53]。さらに a の値を大きくしていくと4周期から8周期、8周期から16周期、16周期から32周期... と周期倍分岐が続けて発生していく[54]。
この周期倍分岐は無限に続くが、一方で、周期倍分岐が発生する分岐点の間隔は等比数列的に減少する[55]。1周期から2周期への分岐を1番目の周期分岐として数えれば、k 番目の分岐点で 2k 周期が発生する。k 番目の分岐点パラメータ a を ak と表すと、実際に16周期までの分岐点は a1 = 3, a2 = 3.44949..., a3 = 3.54409..., a4 = 3.56441... と、分岐点の間隔は減少していく[56]。このため、k → ∞ の極限における分岐点を ac とすると、ac = 3.5699456... という有限な値に収束する[54]。ac は集積点[54]やファイゲンバウム点[55]と呼ばれる。ak の減少の割合の極限は次式で示すような定数値となる[46]。
この δ の値は、ミッチェル・ファイゲンバウムにより発見されたことからファイゲンバウム定数と呼ばれる[57]。このような周期倍分岐を無限回繰り返した末にカオスへと遷移する現象はカオスへ至る道筋の一つで[58]、ファイゲンバウムのシナリオ[59]や周期倍分岐ルート[60]と呼ばれる。
a = ac のときのロジスティック写像は、無限個の周期点が存在する閉じることの無い周期軌道を取る[61][62]。この値における軌道はファイゲンバウム・アトラクタ[63][64]や臨界2∞アトラクタ[62]と呼ばれる。ファイゲンバウム・アトラクタの構造はフラクタルになっており、容量次元は約0.54である[65]。一方で、カオスの要件の一つである初期値鋭敏性は持たない[63]。他のカオスではフラクタル構造と初期値鋭敏性を同時に備えるのに対し、ファイゲンバウム・アトラクタではフラクタル構造は持つが初期値鋭敏性は持たないのが特徴である[66]。
式(2-4)と式(2-5)は k 周期のときにそのまま拡張できるので、k 周期点の j 番目の値を x(k)fj とすれば、以下の関係を満たす値がそれぞれの周期点(k = 1 のときは不動点)となる[43]。
3.5699456... < a < 4 のとき[編集]
ac = 3.5699456... を超えるとカオスが発生し、収束も周期性も無い不規則で複雑な挙動を示すようになる[67]。初期値鋭敏性の指標であるリアプノフ指数 λ を計算すると、a < ac の範囲では λ は負または 0 の値の範囲に留まっていたが、a > ac の範囲から λ が正の値も取るようになる[68]。ロジスティック写像のような1次元の区間力学系が生み出すカオスは、特に1次元カオスと呼ばれる[69]。
ac < a < 4 の範囲で分岐図を見ると、例えば a = 3.8 などでは1つの区間内に軌道が収まっているが、a = 3.65 などでは2つの区間に軌道が分かれている。このような区間はバンドと呼ばれる[70]。a がバンドを複数持つ領域にあるとき、軌道は規則的に順番に各バンドを巡り、しかし各バンド内での取る値は不規則である[71]。バンドが2つのときを例にすると、n が偶数のときは下側のバンド内に存在し、奇数のときは上側のバンド内に存在するが、偶数、奇数それぞれのときの値はバンド内で不規則に決まる[72]。このような状態のカオス軌道を、バンドカオス[73]や周期的カオス[71]と呼ぶ。a = 3.65 からさらに値を小さくしていくと、周期倍加分岐のときと同じように、4, 8, 16, ...2k というふうにバンドの数が2倍に増えていく[72]。バンドが増えるときのパラメータ a の値を ek で表すとする。ek の値の間隔も、周期倍加分岐と同じく、バンドの増加と共に急激に小さくなっていき、k → ∞ で e∞ = ac となり、周期倍加分岐の集積点と一致する[74][72]。バンドとバンドが一緒になることをバンド融合、分かれることをバンド分裂と呼び、これらもカオスの典型的な分岐の1つである[75][76]。
以上のように、ac < a < 4 の範囲でバンドカオスの融合や分裂が発生しているが、軌道の最大値と最小値についてはバンドの数に関わらず決定される[77]。これは後述の窓領域でも同様である[78]。このような xn の最大最小範囲は、パラメータ a により以下のように得ることができる[77]。

ac < a < 4 の範囲でカオス的振る舞いが発生するようになるが、常にカオス軌道を示す訳ではなく、a の値の領域によって、カオス軌道になったり周期軌道になったりする。このようなカオス軌道に至った後に周期軌道に変わるaの領域を窓[79]や周期窓[43]、窓領域[72]と呼ぶ。カオスの非周期的領域と窓の周期的領域は交互に出現する[80]。カオスから窓への分岐は、接線分岐と呼ばれるタイプの分岐により発生する[81]。これはサドルノード分岐とも呼ばれ、1次元写像におけるサドルノード分岐を特に接線分岐と呼ぶ[82]。
ac < a < 4 の範囲で発生する窓の詳細について見ていく。まず、窓の個数は、この範囲に無限個存在している[83]。窓の周期については、ac < a < 4 の範囲に、3周期以上の全ての自然数 k の周期の窓が存在する[84]。各 k 周期の軌道がそれぞれ1回ずつ発生する訳ではなく、kの値が大きいほど多く発生する。k 周期の窓の個数を Np としたとき、k を素数に限定すると、k の値から Np の値が以下の式より得られる[85]。
式(2-9)は、k を素数に限定した式だが、実際の Np を調べて比較すると、素数でない k に対しても非常に近い値の Np を式(2-9)で得ることができる[86]。
窓の幅(窓が始まる a と窓が終わる a の差)は、3周期の窓が最も広く、周期が大きいほど幅は狭まっていくと推定される[87]。よって、窓は無限個存在するが、窓の周期的領域の範囲はカオス軌道が支配する領域に比べて小さい。概算によると、区間 [ac, 4] の約90%はカオス軌道が支配する範囲で、残りが窓領域の範囲である[87]。
窓領域で現れる周期軌道は、窓領域ではカオスが背後に存在するが不安定のため観測されず周期軌道のみが可観測となって現れるもので、この点において集積点前で現れる周期軌道と異なる[88]。窓領域中では、初期値から安定周期軌道に落ち着くまでの間のみに、この潜在的なカオスが過渡的に現れる[89]。このようなカオスを過渡カオスと呼ぶ[90]。
最も広い3周期窓を例にして、窓領域内の振る舞いについて見ていく。まずカオス発生領域から3周期窓発生領域へ移る過程を観察する。3周期窓の発生分岐点は 1 + 2√2 = 3.82843... で与えられる[91]。この3周期窓分岐点を a3 とする。a3 よりもわずかに小さい a = 3.8282 のときの時系列を見てみると、xn が不規則的振る舞いを起こしている時間域と3周期の周期的振る舞いを起こしている時間域が交互に発生する[92]。この振る舞いの周期的な部分をラミナーと呼び、不規則部分をバーストと呼ぶ[93]。この振る舞いはカオスに相当するが、間欠的にしかカオス挙動が発生しないことから間欠カオスや間欠性カオスと呼ばれる[93][94]。また、バーストとラミナーの時間域の長さに規則性は無く、不規則に変化する[93]。次に、3.8282より大きいが a3 には満たない a = 3.828327 のときの振る舞いを観察すると、a = 3.8282 のときよりラミナーの平均的な時間域長さが長くなり、バーストの平均的な時間域長さが短くなる[93]。さらに a を大きくしていくとラミナーの長さがどんどん大きくなっていき、a3に至ったところで完全な3周期に変わる[95]。このような振る舞いの変化を、a を大きい方から小さい方へ変化させる方向で見てみると、周期軌道からカオス軌道への移行していることになる。これも前述の周期倍分岐ルートと同じくカオスに至る道筋の一種で、このような接線分岐による間欠カオスの発生を特徴とした道筋を、ポモウ・マンヴィルのシナリオ[96]やインターミッテンシールート(intermittency route)[97]と呼ぶ。
次に、窓内部の構造を観察する。完全に3周期窓に入った後は、既に述べたように振る舞いは3周期軌道になる。分岐図で見ていくと、a3 を過ぎたところからカオス領域から3本の曲線に変わり伸びていくが、a が大きくなるとある値でそれぞれの曲線が2つに分かれる[98]。これは 3 < a ≤ 3.5699456... で見た周期倍加分岐と同じ現象が発生しており、全体で見ると、3周期、6周期、12周期...という風に 3 × 2k 周期が発生していく[99]。最終的には、2k 周期分岐のときと同じくある値の集積点で無限周期に至り、カオスが発生する[100]。集積点通過後も a 増加に伴う振る舞いの変化は、2k 周期分岐終了後と同じく、小領域を巡る周期的カオスから始まり、小領域の結合、窓の発生(大きな窓の中に窓がある構造で子窓などと呼ぶ)が起こる[101][98]。1つの窓の中に、このような全体と同じような振る舞いの変化が存在することにより、ロジスティック写像の分岐図は、分岐図の中に同じ形状の分岐図が存在して、それが無限に続くというフラクタル的な自己相似形状になっている[102][89]。ただしこの自己相似形状は、無限の入れ子構造となる厳密な自己相似形となってはいない[103][76]。
最後に、3周期窓領域の終了部分について見ていく。全体と同じような振る舞いの変化を辿り、3周期窓領域の最終部では、3つの領域を巡る3バンドカオスとなる[104]。この状態からさらに a を大きくしていくと、ある値で窓領域が終了し、3バンドカオスから1バンドカオスに戻る[83]。この分岐点の値は a = 3.8568... で与えられる[104][注釈 7]。このような窓の終わりで軌道が一気に大きな区間へ移る分岐はクライシスと呼ばれる[105]。アトラクタが不安定周期点に接触して崩壊し、崩壊したアトラクタの外側のアトラクタに捕まることで、区間の変化が発生する[106]。後述の境界クライシスと呼び分けるために内部クライシスと呼ばれる[107]。あるいはバンド融合クライシスとも呼ぶ[108]。
a = 4 のとき[編集]
a = 4 のときは、区間[0, 1]全体で変動する。このとき、ロジスティック写像は全ての自然数k周期軌道が存在するが、それら全ては不安定周期軌道となっており、周期軌道に漸近することなく非周期で区間 [0, 1] を巡り続ける軌道となる[109]。この a = 4 におけるカオスは特別にピュアカオスとも呼んだりもする[110][111]。
a = 4 のとき、初期値鋭敏性の指標であるリアプノフ指数の値は ln2 で[112]、写像の複雑性を示す位相的エントロピーの値は log2 である[113]。また、このときの区間 [0, 1] での xn の分布関数あるいは不変測度 μ(x) は次式で示される[114]。
ここで、xn の値が微小区間 dx に訪れる確率は μ(x)dx で得られる[115]。よって、xn の発生頻度分布は、区間 [0, 1] で一様分布ではなく、0 と 1 の両端が発生確率が高いU字型の分布となっている[116]。分岐図のプロットの濃淡からも明らかなように、a < 4 のカオス発生範囲でも発生分布は一様ではなく偏りが存在している[117]。
a = 4 のときの軌道が取り得る複雑さは、確率的なランダムに匹敵すると説明される[20]。具体的には以下のようになっている[118][119]。n = 0, 1, 2... に対して時系列xn = x0, x1, x2... が得られる。次に、この時系列の値それぞれを、x = 0.5 以下のものは0、x = 0.5 を超えるものは1に変換する[注釈 8]。変換された 0 か 1 の値を、時系列順に並べて数列sLを作る[注釈 9]。例えば、初期値 x0 = 0.2 とすれば、 x1 = 0.64, x2 = 0.9216, x3 = 0.28901, ... となるので、sL = 0110... が得られることになる。一方、1/2 の確率でそれぞれ表裏が出るコイントスを想定する。表が出たときを 0、裏が出たときを 1 として、試行順に数列 sC を作る。例えば1回目表、2回目表、3回目裏、4回目裏...であれば、sC=0011...が得られる。試行は無限回行うとして、sC の 0 と 1 が無限に並ぶ場合も含める。この試行では確率論的なコイントスで記号を決めていったので、数列 sC は完全にランダムであらゆるパターンの数列を得ることができる。これに対して、ロジスティック写像から得られた数列 sL は決定論的な法則に従って決めていったものである。しかしながら、コイントスで得られる可能性のある全てパターンの数列 sC を、初期値を適切に選びさえすればロジスティック写像による sL によって実現できる。すなわち、無限列 sC に対して、sC = sL となる初期値x0 が区間 [0, 1] 中にただ1点存在することが証明されている。
以上のような性質を持つ解は「真にカオス的」「ピュアカオス」とも形容される[110]。一方で、a = 4 では、例外的なケースとして、カオスでありながらも n について明示的な厳密解を得ることができる[111]。式(5-2)にそれらの解を示す。

4 < a のとき[編集]
a が 4 を超えるとほとんど全ての点 x0 から始まる挙動はマイナス無限大へ発散する[123][124]。この分岐は、窓領域の終わりで発生していた内部クライシスと同じ現象だが、アトラクタが不安定化しても外側の大きなアトラクタに移行することなく軌道が無限遠に発散することが特徴である[107]。内部クライシスと呼び分けるために境界クライシスと呼ぶ[107]。あるいはアトラクタ破壊のクライシスとも呼ぶ[125]。
4 < a のときでも、マイナス無限大へ発散しない挙動を取る初期値 x0 の集合が存在する[124]。この集合を A とすると、単位区間 I から差し引いた I − A 内にある点が発散の一途をたどることになる。一方、発散しない集合 A は、長さが 0 でありながら非可算無限の点が存在するカントール集合の一種を形成する[126]。
a < 0 のとき[編集]
以上まではパラメータ a が正の場合について説明してきた。ロジスティック写像は生態学上のモデルとして研究された経緯もあり、一般的に a が負の場合については論じられることは少ない[27]。a が負の範囲のときの写像の分岐を確認すると、正の場合と似たような分岐を経て発散に至る。
a の値を0から減少させていくと、−1 までは xf = 0 の安定不動点に漸近するが、−1 を超えたところから2周期点に分岐し、正のときと同じく周期倍分岐を経てカオスへ至る[27]。a = −2 のときはカオスだが、a = 4 のときと同じように時間発展の厳密解を得ることができ、式(5-3)で表される。最終的には、a が −2 を下回るとプラス無限大へ発散するようになる[27]。以下に −2 から 4 までのロジスティック写像分岐図の全体像を示す。
ロジスティック方程式離散化からの導出[編集]
ロジスティック方程式は、ピエール=フランソワ・フェルフルストにより、ある環境における生物個体数の時間変化を表すために発表されたもので、次式で表される。
ここで、t は連続時間、N は生物個体数で t の関数 N(t)、dN/dt は N の時間微分で時刻t における N の増加率、K は環境収容力で、r は内的自然増加率である。K と r が定数である。

ロジスティック方程式(式(3-1))の形式は、ロジスティック写像(式(1-1))と同様に変数が大きくなると負のフィードバックが働く点など一見似ているが、振る舞いは相当に異なる[127]。式(3-1)では、パラメータの値に寄らず、十分時間経過後の N は常に K に収束する[128]。
このようなロジスティック方程式に、1階常微分方程式の数値解法の一つであるオイラー法による差分化を行うことで、ロジスティック写像を以下のように求めることができる[129]。後述の#研究史に記す通り、ロバート・メイがロジスティック方程式から差分化して得たロジスティック写像を用いた研究を行い、ロジスティック写像が広く知られるようになった。
まず、Δt を微小な時間刻み幅とすれば、dN/dt を以下のように近似できる。
ここで時刻 t を Δt の倍数と見なし、t = nΔt で書き換えると、 N(t) = Nn、N(t+Δt) = Nn+1 と表すことができるので、式(3-3)は次式のようになる。
式(3-4)を式変形すれば以下の差分方程式が得られる。
さらに、Nn を変数変換して xn という新たな変数と、a という新たな定数を導入して、式(3-5)に代入するとロジスティック写像の式が得られる。
ただし、
以上より、ロジスティック写像の定数 a を変化させることは、差分方程式に近似されたロジスティック方程式の最大増加率 r と時間刻み幅 Δt の積である rΔt を変化させることに相当する[130]。Δt を大きくするほど、元の式(3-1)との誤差は大きくなっていくが、Δt の値自体に対する拘束条件は無い[131]。メイは1973年にΔtの値を変化させながら数値実験し、ロジスティック写像の振る舞いを調べた[132]。
式(3-6)でパラメータ K と r の値は固定し、Δt を変化させながら振る舞いを観察することは、式(1-1)におけるパラメータ a を変化させながら振る舞いを観察することに対応する。前述の#パラメータ a による振る舞いの変化で見た通り、a を変化させることでその振る舞いは複雑な変化を遂げる。これを言い換えると、ロジスティック方程式を時間離散化したときに導入した時間刻み幅 Δt を大きくすることは、元の方程式との誤差を単に大きくするだけでなく、カオス的振る舞いを生み出すということである[133]。これはロジスティック方程式に限らず、式(3-2)で差分化を行い、なおかつ Δt が十分に大きければ、一般的な自励系の方程式 dx/dt=f(x) においても同様にカオス的振る舞いが発生することも明らかにされている[133]。
位相共役な写像[編集]
パラメータ a = 4 のロジスティック写像は、テント写像やベルヌーイシフト写像と次のように位相共役[134]や位相同型[135]と呼ばれる関係にある。ここで、位相共役な関係であるとは、a = 4 のロジスティック写像 f(xn) と位相共役な写像 g(xn) が、同型変換関数 h(xn) により次の関係が成立することである[136]。
ここで式中のは写像の合成を意味する。
- テント写像[134]
- 位相共役な写像
- 同型変換関数
ただし、式(4-2)はパラメータ μ = 2 のテント写像。
- ベルヌーイシフト写像[135]
- 位相共役な写像
- 同型変換関数
ただし、式(4-4)はパラメータμ = 2のベルヌーイシフト写像。
これらの関係を利用して、a = 4 のロジスティック写像の不変測度式(2-10)や厳密解式(5-2)を得ることもできる[135]。
特別な場合の厳密解[編集]
パラメータ a が特定の値のとき、n について明示的な解を得ることができる。すなわちステップ数 n と初期値 x0 の値を指定すれば、直接 xn が計算できる。a = 2, 4, −2 のときについて以下のような厳密解が得られている。
- a = 2 のとき[137]
- a = 4 のとき[138]
- a = −2 のとき[139]
応用[編集]
個体群成長モデル[編集]
ロジスティック写像は、生物の個体数が世代ごとにどう変化するか予測する計算モデルとしてロバート・メイにより提案された[140]。後述の#研究史に記す通り、それ以前からも式(1-1)については既に研究されていたが、この1970年代前半のメイの研究によりロジスティック写像が広く知られるようになった[131]。
数理生物学的には、ロジスティック写像は、生物の個体群における個体数あるいは個体群密度の変動モデルを意味する。細かくは、離散世代型の単一種個体群モデルに相当する[141]。ロジスティック写像の数理生物学的な導出の仕方は様々だが、まず最も単純な指数成長型の個体群モデルを導入して、それの拡張として生物学的条件を与えて導入する場合について説明する。
生物の個体数を N として、繁殖過程に関して世代が重ならないような生物種とする。このようなとき、n 世代における N の値に比例して増えていく単純なモデルが考えられる[142][143]。
ここで c は、n によらない定数とし、正味の増殖率を意味する[142]。個体当たりの結実率・出産率と繁殖可能になるまでの生存率との積とも考えられる[143]。また、c が n によらない定数とは、環境条件が時間的に変化しない場合である[143]。
この単純なモデルでは、個体数 N は指数関数的に無制限に増加することになる[142]。一方で、密度効果を考えると、個体数が多くなると資源の奪い合いが激しくなり、繁殖率が低下すると仮定できる[143]。これも単純なモデルの1つとして、次のような増殖率 c と個体数 N の関係を考えることができる[144]。
ここで、a が最大繁殖率、b が繁殖率に対する密度効果の強さを表している。 式(6-1)と式(6-2)を合成すると、
となり、xn = b Nn/a と変数変換すれば、ロジスティック写像と同形の次式が得られる。
N の値が負のとき、個体数としての意味が成さないので、この制約から、a ≤ 4 という制約が生まれる[145]。
1941年、昆虫学者の内田俊郎は離散世代型の生物種であるマメゾウムシの密閉容器中の繁殖実験で、個体数変動が振動しながら収束していくデータが得ている[146]。これはロジスティック方程式では再現できないものだったが、ロジスティック写像の 2 < a ≤ 3 の場合で再現できる[42]。また、ロジスティック写像の 3 < a ≤ 3.44949... に相当するような実験データとしては、内田俊郎がヨツモンマメゾウムシによる実験で、昆虫学者のニコルソンがヒツジキンバエによる実験で2周期振動型の個体数変化のデータを得ている[147][148]。
ただし、ロジスティック写像のみが離散世代型単一種個体群モデルに適用できるモデルというわけではない。1953年に内田俊郎らも自身の実験データを別のモデルで再現している[146]。また、ロジスティック写像ではパラメータの生物学的解釈が難しいとする意見もある[1]。ロジスティック写像型のモデル以外にも、様々な種類のモデルが数理生物学で研究されており。リッカーモデルなどもパラメータ変化によるカオス的振る舞いも見せる[149]。また、実験室の厳密に管理された条件では実際の生物個体群がカオス的変動を示した例はあるが、野外環境での個体群が本当にカオス的変動を起こすのかどうかは、様々な環境変動の影響があることからまだ論争が続いている[150]。
擬似乱数生成器[編集]
コンピュータのソフトウェア計算から擬似乱数を得るための手法の1つとして、カオスを用いたものがある[151]。ロジスティック写像もそのための1つとして研究されている。擬似乱数生成器用には、ピュアカオスの a = 4 のときを対象にすることが多い[152]。研究最初期としては、後述の#研究史に示す通り、1947年にスタニスワフ・ウラムとジョン・フォン・ノイマンが、a = 4 のロジスティック写像により擬似乱数が得られることを指摘している。写像の初期値鋭敏性により、種と呼ばれる初期値が非常に近い2つの値から計算しても異なる時系列を得ることができる[153]。また、ロジスティック写像の計算では、区間 (0, 1) の中で常に値を取るので、浮動小数点だけでなく固定小数点でも問題無く計算できる利点がある[154]。
一方で次のような欠点もある。a = 4 のロジスティック写像の密度関数は式(2-10)で示された分布になっており、区間 (1, 0) 内の数値の発生確率は一様ではなくU字型になっている[155]。そのため、一様分布の数列にするために何らかの処理が必要となる。
その方法としては、
- 得られた実数列を一様乱数列に直接変換する方法
- 得られた実数列に対して閾値を使って 0, 1 に振り分け、これを繰り返してベルヌーイ試行列による一様乱数を得る方法
- 得られた実数列の仮数の一部のビット数列を一様乱数と見なす方法
以上のようなものがある[152]。また、xn とxn+1 には強い相関があるので、上記の1、2番目の方法では多重化すなわち反復合成を繰り返しが必須である[156]。そのために必要な多重度は、1番目の方法に対するファタックらの研究によると10回以上[157]、2番目の方法に対する香田らの研究によると16回以上である[151]。
さらに、a = 4 のロジスティック写像であっても初期値によっては不動点に収束する。また、デジタルコンピュータを用いてカオスを計算する一般的問題として、コンピュータでは有限計算精度で計算されるため、原理的に真にカオスな値を得ることができないという点がある[158]。このようなカオスは擬似カオスと呼ばれる[159]。この有限計算精度によって、どんな初期値から不動点に収束するかの判別は実際に数値計算させるしか方法が無くなってしまう[160]。
以上のようなロジスティック写像などのカオスを応用した擬似乱数生成の研究は続けられているが、2006年時点で、カオスを乱数源とする方法で乱数性、高速性に優れた擬似乱数生成器の実現はまだ報告されていないという指摘もある[161]。上記で説明した方法以外に、連立3変数のロジスティック写像や整数化したロジスティック写像などによる擬似乱数生成研究がある[162][163]。
研究史[編集]
式(1-1)がロジスティック写像と呼ばれる前の時代としては、1947年にスタニスワフ・ウラムとジョン・フォン・ノイマンが、
を使用すれば疑似乱数を得ることができることを指摘している[164][165]。
式(7-1)は a = 4 のロジスティック写像に相当する。この頃はカオスという言葉もまだ存在していない[166]。また、ウラムとノイマンはこの式とテント写像が位相同型の関係にあること、この式の不変測度が一様分布ではないことも明らかにしていた[135]。
1950年にプルキン(S. P. Pulkin) が連続写像や区分的に連続な写像から振動の繰り返し系列が生じることを示したが[167]、この論文中にもロジスティック写像と同じ式が現れる[168]。その後、1950年代前半から1960年代後半にかけて、他の研究者からも任意のパラメータ a を備えた形式についても研究されている[164]。ミュルバーク(Pekka Juhana Myrberg) は1958年から1963年にかけて、xn+1 = xn2 − λ という形式の1次元2次写像の分岐現象について調べ[169]、1963年にはこの写像による周期倍加分岐も研究している[170]。カオス現象自体の発見(可視化)は、1961年の上田睆亮や1963年のエドワード・ローレンツなどで達成されるが[171]、まだこの時点でもカオスという共通語は存在していない。
その後、数理生物学者のロバート・メイが、生態学の問題に取り組む過程で式(1-1)を用いた研究を1970年初頭から開始する[172]。1973年に、メイはロジスティック方程式を離散時間化により差分方程式に変換させて、式(1-1)を求めた[3]。メイはこの式を基に数値実験を行い、パラメータaによる変数の振る舞いを変化を研究した[132]。1974年と1976年にメイはこれらの研究成果を発表し、これらの論文によって、カオスと関係の深い写像としてロジスティック写像が広く知られるようになる[173][174]。さらに、ロジスティック写像型の関数が持つ非周期軌道と周期軌道の存在について独立に研究していたジェームス・ヨーク(James A. Yorke) らが、メイの研究に刺激を受ける格好で、1975年に "Period Three Implies Chaos"(3周期はカオスを意味する)の題名でそれらの研究を発表し、カオスという共通語が広まっていく[175]。
その後、メイは先行研究があったことを尊重した上で自身の功績について次のように述べている。
このようにしてわれわれの研究は、カオスを科学の本流に押し上げる第2の主役となった。ジム・ヨークが言ったように、われわれは2次写像の奇怪な数学的挙動を独立に最初に発見したのではなく、科学におけるその広範な意味づけを最後に強調した研究者たちなのだ!—Robert M. May、(エイブラハム・ウエダ 2002, p. 160)、稲垣耕作・赤松則男訳
また、ロバート・デバニー(Robert L. Devaney) は、著作でロジスティック写像の解説に入る前に次のように述べている。
これにより、単に2次関数 fλ(x) = λx(1 − x)(これもまたロジスティック写像と呼ばれる)を反復すれば、最初の個体数 x0 の運命が予測できるようになるというわけだ。簡単な話のように聞こえるだろうが、あえて言い添えておくならば、この単純な2次関数の反復が完全に理解できるようになったのは、何百人もの数学者の努力の末、やっと1990年代の終わり頃になってからのことなのである。—Robert L. Devaney、(Hirsch et al. 2007, p. 347)、三波篤朗訳
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 式(1-1)以外にも
- ^ xn が常に 0 となる場合を含むか含まないかの違い。
- ^ n ≥ 1 についての xn が常に 0 となる場合を含むか含まないかの違い。
- ^ 狭義には、パイこね変換あるいはパイこね写像は2次元写像の一種を指す[21]。
- ^ 文献[22][23][24][25][26]など
- ^ 過去にはピッチフォーク分岐として分類されていたが、現在では周期倍分岐に分類される[48]。
- ^ 別の文献では3.857082826...である[83]。
- ^ 0.5 未満と0.5 以上に分けても結論は変わらない[120][121]。
- ^ 「数列」ではなく「旅程」ともいわれる[122]。
出典[編集]
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- 井上政義、1997、『やさしくわかるカオスと複雑系の科学』初版、日本実業出版社 ISBN 4-53402492-4
- 瀬野裕美、2007、『数理生物学 ―個体群動態の数理モデリング入門』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-05656-5
- ジェームス・D・マレー、三村昌泰(総監修)、瀬野裕美・河内一樹・中口悦史・三浦岳(監修)、勝瀬一登・吉田雄紀・青木修一郎・宮嶋望・半田剛久・山下博司(訳)、2014、『マレー数理生物学入門』初版、丸善出版 ISBN 978-4-621-08674-2
- 早間慧、2002、『カオス力学の基礎』改訂2版、現代数学社 ISBN 4-7687-0282-1
- 森肇・蔵本由紀、1994、『散逸構造とカオス』、岩波書店 ISBN 4-00-010445-4
- Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney、桐木紳・三波篤朗・谷川清隆・辻井正人(訳)、2007、『力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-01847-1
- 渡辺裕明・金田康正、1999、「テント写像に基づいた擬似乱数生成法」 (pdf) 、『情報処理学会論文誌』40巻7号、情報処理学会、NAID 110002724890 pp. 2843–2850
- 董際国 (2012年). “整数ロジスティック写像を用いた乱数生成法とその応用 (pdf)”. 電気通信大学博士学位論文. 電気通信大学学術機関リポジトリ. 2014年11月29日閲覧。