モロトフ火炎手榴弾

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モロトフ火炎手榴弾(モロトフかえんしゅりゅうだん)は、ソ連で開発された焼夷手投げ弾の通称である。ソ連軍では制式には「KS式手投げ弾」と呼ばれる。

第二次世界大戦中、レニングラード造兵廠で生産され、主にソ連海軍水兵向けに艦内での白兵戦などを想定して開発された手投げ弾である。1936年スペイン内戦から使用され、その後1939年から1940年にかけて起こったソ連軍によるフィンランド侵攻作戦(冬戦争)ではソ連軍や鹵獲使用したフィンランド軍で頻繁に使用された。

形状は棒状の柄の先に燃料(焼夷剤)が詰まった陶磁器製の容器が装着されたもので、燃料にはガソリンベンジン硫黄、そのほかにも高オクタン燃料やピクリン酸硫酸の混合液など、さまざまな可燃物が使用されていた。しかし正式に量産された手投げ弾以外に、単純に瓶にガソリンを詰め布切れで蓋をしただけの臨時製造型の火炎瓶も同じ目的に大量に使われている。

使用方法は炸薬部に付属する安全ピンを抜き信管部分を摩擦発火、その後投擲を行う。遅延時間は0秒から10秒まで設定することができたため中の燃料を十分気化させてからの爆発も可能であった。着火すると陶磁器製の弾頭部分が破裂し飛散、その後十分気化した可燃性燃料が引火し周囲を巻き込み爆発を起こす。そのため使用方法を誤ると大変危険な武器でもあった。しかし隠蔽物のある市街戦などでは戦車に対して絶大な威力を発揮したため、第二次世界大戦中はいろいろなタイプの火炎瓶が世界各地で使用されている。

「モロトフ・カクテル」[編集]

語源となった「モロトフのパン籠」こと収束爆弾コンテナ。空中で回転しながら、周囲に60個の焼夷弾を放出する

冬戦争時、火炎瓶フィンランド軍側で「モロトフ・カクテル」と呼ばれていたが、これは前述の焼夷手投げ弾とは別物である。モロトフとは当時のソ連の外相であったヴャチェスラフ・モロトフのことで、彼は冬戦争でのフィンランドに対する最初の空爆行為に関し、「資本家階級に搾取されているフィンランドの労働者への援助のため、パンを投下した」などと発言した。フィンランド兵はこれを皮肉って、実際に投下された小型焼夷弾を収納するコンテナやそれを投下した爆撃機のことを「モロトフのパン籠」と呼ぶようになった。ここから転じ、火炎瓶のことを「モロトフ(に捧げる特別製の)カクテル」という皮肉のこもった通称で呼びはじめたという。冬戦争では、対戦車兵器の乏しかったフィンランド軍にとってこの火炎瓶はソ連軍との対戦車戦で頻繁に使用され、ガソリンエンジン使用車が大半であった当時のソ連軍戦車を多数炎上させている。モロトフ・カクテルの名は、その後世界中で各種火炎瓶の代名詞となった。

なお、「モロトフのパン籠」については日本では市街地空襲に用いられた米軍E46集束焼夷弾のことを特に指してこう呼ぶことが多い。これは上記の由来のほかに、その形状がパン籠を連想させたことも一因である。

関連項目[編集]