投石

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投石(とうせき)とは、投げること。投石機スリング等の指摘がない限り、ヒトが人力で投げることを指す。

ヒトはもっとも上手に物を投げられる動物である[1]原人から新人にいたるまで、投石はもっとも基本的な狩猟の攻撃方法だった。なぜなら動物を倒すには遠距離から一方的に攻撃するのが安全だからである。弓矢を発明するまで、ヒト科はもっぱら投擲によって戦っていたと考えられている。チンパンジーゴリラも糞や木を投げる行為をすることもある。

人間対人間の闘いでも、投石は重要かつ効果的な戦術であった。現代のように舗装されていない土地が多く、武器となる石を見つけるのは容易であった。弓矢に比べて風の影響を受けにくく、鎧ごしに打撃を与えやすいと言う特徴がある。

投石の特徴として、投石のみで相手に致命傷を与えるのではなく、ダメージを与えてさらに攻撃を加える、または逃げることができる点がある。特に顔面や目への投石は効果が高い。現代においては防犯用のカラーボール、喧嘩や護身術として相手に多数の硬貨やパチンコ玉、砂を投げつける行為も、広義の投石と言える。

現代で投石を行うのは武器を規制されている暴徒などである。投石とはしばしば悪戯の手段としても行われており、海外では電車の窓に投石による被害を防止することを目的とした金網が張られていることがある。

戦国時代の投石[編集]

戦国時代には、元亀3年(1573年)の甲斐武田氏西上作戦に伴う三河徳川氏との三方ヶ原の戦いにおいて、武田方の武将小山田信茂が投石隊を率いたとする逸話が知られる。

信長公記』や『三河物語』に拠れば、武田氏は「水役之者」と呼ばれる投石隊を率いたと記されているが、これは近世期の軍記物や近代の戦史史料において誤読され、信茂が投石隊を率いたとする俗説が成立したものと考えられている[2]

脚注[編集]

  1. ^ 飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで アルフレッド・W・クロスビー (著)
  2. ^ 丸島(2013)pp.210-211

参考文献[編集]

  • 丸島和洋『中世武士選書19 郡内小山田氏 武田二十四将の系譜』戎光祥出版。2013年

関連項目[編集]