絨毯爆撃

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爆撃を行うB-29 スーパーフォートレス(東京大空襲)

絨毯爆撃(じゅうたんばくげき、英語: Carpet bombing)は、地域一帯に対して無差別に行う爆撃無差別爆撃都市爆撃地域爆撃恐怖爆撃とも呼ばれ、住宅地商業地を破壊して敵国民士気の喪失を目的とした戦略爆撃である。これに対して、工場油田などの施設の破壊を目的にした爆撃は「精密爆撃」に分けられる[1]。絨毯爆撃という表現は、床に敷かれた絨毯のように、爆弾が一面を覆う印象から想起されたものである。

歴史[編集]

1921年イタリア軍将軍ジュリオ・ドゥーエは「制空」において、これからの戦争兵士民間人の区別がない総力戦であること、空爆により民衆はパニックを起こし、自己保存の本能に突き動かされ戦争を終わらせろと要求するようになるであろうことから、空爆のテロ効果を強調して無差別爆撃論を提唱し、最小限の基盤である民間人に決定的な攻撃を向けられれば戦争は長続きせず、長期的に見れば流血が少なくなるのでこのような未来戦は遥かに人道的であると主張し、さらに人口密集地の住民への攻撃手段として高性能爆弾・焼夷弾毒ガス弾を挙げた[2]

1937年4月26日スペイン内戦下でスペイン北部・バスク州小都市ゲルニカフランコ将軍を支援するナチスコンドル軍団によって空爆された。このゲルニカ爆撃が、焼夷弾を本格的に使用した最初の空襲となり、世界初の無差別爆撃でもある。ピカソの『ゲルニカ』は、同名の都市への無差別絨毯爆撃に際し、描かれたものとして著名である。1938年-1943年まで日本によって継続的に行われた重慶爆撃も、後期には絨毯爆撃となった。

第二次世界大戦では、1944年北フランスで行われた連合国軍の「コブラ作戦」支援の爆撃でも絨毯爆撃が使用されている。 末期の1945年には、アメリカドレスデン爆撃で無差別爆撃を行い、日本本土空襲では精密爆撃から無差別爆撃まで、焼夷弾の使用も含む爆撃を継続的に実施した[3]

1950年6月に始まった朝鮮戦争において、アメリカ空軍B-29 スーパーフォートレスによる絨毯爆撃を実施した。また、2001年から実施されたアメリカのアフガニスタン侵攻でも、B-52 ストラトフォートレスによる地上軍支援で無差別爆撃が行われている。作戦地域が小さければB-52に代表される戦略爆撃機単独でも被害を与えられるようになっている。

派生表現[編集]

  • アップルにより開発されているウェブブラウザSafariWindows版に「Safari Carpet Bomb(Safari絨毯爆撃)」と呼ばれる脆弱性が存在していた(バージョン3.1.2以降は修正されている[4])。デスクトップにユーザーの意図しないファイルが自動でダウンロードされ続けるというもので、悪用された場合、デスクトップが絨毯爆撃を受けたがごとく破壊的に混乱することが呼称の由来とされる[5]

脚注[編集]

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  1. ^ 三浦俊彦『戦争論理学 あの原爆投下を考える62問』二見書房21頁
  2. ^ 荒井信一『空爆の歴史』岩波新書9-10頁
  3. ^ 荒井信一『空爆の歴史』岩波新書129頁
  4. ^ ZDNet Japan - アップル、Windows版Safariをアップデート--「じゅうたん爆撃」問題を修正
  5. ^ ZDNet Japan - Windows用Safari「絨毯爆撃」の脆弱性実証コードが公開される

関連項目[編集]