モハマド・サフィク・ラヒム

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モハマド・サフィク・ラヒム Football pictogram.svg
Safiq Rahim.jpg
名前
本名 モハマド・サフィク・ビン・ラヒム
Mohd Safiq bin Rahim
ラテン文字 Mohd Safiq Rahim
基本情報
国籍 マレーシアの旗 マレーシア
生年月日 (1987-07-05) 1987年7月5日(30歳)
出身地 クアラ・セランゴール
身長 167cm
選手情報
在籍チーム マレーシアの旗 ジョホール・ダルル・タクジムFC
ポジション MF
背番号 8
ユース
2003-2006 マレーシアの旗 ブキット・ジャリル体育学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2008 マレーシアの旗 セランゴールFA 11 (2)
2009 マレーシアの旗 PLUS FC 19 (2)
2009-2012 マレーシアの旗 セランゴールFA 96 (19)
2012- マレーシアの旗 JDT FC 78 (22)
代表歴2
2004-2006  マレーシア U-20 5 (0)
2007-2010  マレーシア U-23 26 (5)
2007-  マレーシア 67 (15)
2011- マレーシアの旗 マレーシアリーグXI 2 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年3月26日現在。
2. 2016年3月26日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

モハマド・サフィク・ビン・ラヒムマレー語: Mohammad Safiq bin Rahim1987年7月5日 - )は、マレーシアサッカー選手マレーシア代表主将。ポジションはMF。現在、ジョホール・ダルル・タクジムFCに所属しており、ここでも主将を務めていた。

マレーシア代表として50試合以上の出場経験がある他、2014 AFFスズキカップの得点王に輝いた選手である。また、AFCカップ2015の最優秀選手にも輝いた。

クラブ歴[編集]

セランゴールFA[編集]

ブキット・ジャリル体育学校出身で、セランゴールFAのプレジデンツカップチームに参加。ここでは主将を務め、トップチームに昇格したものの、ダラー・サラー監督の下では起用が少なく活躍出来なかった。

PLUS FC[編集]

出場機会を求め2009年にPLUS FCに移籍。ノルハフィズ・ザマニ・ミスバーが主将を務める中、副主将として活躍したが1シーズンで退団した。

セランゴールFAへの復帰[編集]

2010年に再びセランゴールFAに加入。2011年始にはモハマド・アムリ・ヤヒアがシーズンの半分を棒に振る負傷をしたため主将となった。この年セランゴールFAはマレーシア・スーパーリーグスルタン・ハジ・アフメド・シャー・カップを制した。

2011年6月30日にはインドネシアのプルシブ・バンドンが2011-12シーズンの契約を彼に打診した事が発表されたが[1]、彼は移籍しなかった。

2011年8月、マレーシアカップの後に彼はウェールズのカーディフ・シティFCのオーナー、陳志遠から3週間のトライアルの要請があり、2011年11月24日から12月11日にかけて彼はこれに参加した[2][3][4][5]。このトライアルには同じくマレーシアからサフィー・サリも呼ばれていた[6]

ジョホール・ダルル・タクジムFC[編集]

2013シーズンにはジョホール・ダルル・タクジムFCに移籍。開幕戦のパハンFA戦で初出場、初得点を達成した。2015年にはクラブの主将に任命され、AFCカップ2015に出場、FCイスティクロルに勝利し、同杯初優勝をマレーシアに齎した。

代表歴[編集]

2005年からマレーシア代表に招集されていたが、初出場は2007 東南アジアサッカー選手権ミャンマー代表戦であった。それ以降はU-23代表での出場があるに止まったが、2009年7月12日に行われた非公式の親善試合であるジンバブエ代表戦で初得点した。

マレーシアが初優勝した2010 AFFスズキカップの際にも彼は代表の一員であった。2011年7月13日と16日にはマレーシアリーグXIとしてアーセナルFCリヴァプールFCと戦ったものの前者は0-4で完敗、後者は0-1の状態でフリーキックから彼が得点したものの結果は3-6で敗北した。フリーキックからの得点では6月8日と12日にシンガポール代表から得点したばかりであった。それ以外にも香港代表からもフリーキックで得点している他、2012 AFFスズキカップの開幕戦となった2012年11月28日のラオス代表戦でもフリーキックから得点をしている。

2014 AFFスズキカップの際も代表に選ばれ、第2試合のタイ代表戦で得点したもののこの試合は敗れた。グループステージ最終戦のシンガポール代表戦では最も多くボールに触れ、またパスした選手となった。この試合に勝利しなければシンガポール代表に敗れてグループステージ敗北となるマレーシア代表は後半アディショナルタイム、90+3分にペナルティーキックを獲得、敵地の嘲りが谺する中で、彼は得点を決め、マレーシア代表の勝利に大きく貢献した(この2分後にはインドラ・プトラ・マハユディンが更に1点を決めている)。準決勝に進出したマレーシア代表は準決勝第1試合でベトナム代表からペナルティーキックを獲得、これもゴールネットを揺らさせたがマレーシア代表はこの試合に1-2で敗れた。第2試合でも前半4分にペナルティーキックを獲得しこれをゴールに収めるとこの試合を2-4で勝利し、決勝に駒を進めた。決勝第2試合でタイ代表からもペナルティーキックを7分に獲得し得点したものの、2戦合計で4-3と僅かに及ばず準優勝の結果になった。彼自身はこの大会で6得点を獲得し、東南アジアサッカー選手権史上初めてミッドフィールダーの得点王に輝いた。

個人[編集]

彼はプロボウラーのザンドラ・アジエラと結婚している[7]

個人成績[編集]

代表での得点一覧

  1. ^ マレーシア対サウジアラビアは、87分を経過したところで観客がピッチ内に物を投げ込んだため、試合は中断し延期となった(中断時点ではサウジアラビアが2-1でリードしていた)[8]。2015年10月5日にFIFAは、この試合を0-3でマレーシアの敗戦とした[9]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

セランゴールFA
ジョホール・ダルル・タクジムFC
  • マレーシア・スーパーリーグ: 2014, 2015
  • スルタン・ハジ・アフメド・シャー・カップ: 2015, 2016
  • AFCカップ: 2015

代表[編集]

マレーシア
準優勝: 2014

個人[編集]

  • マレーシアサッカー協会最優秀ミッドフィールダー: 2011, 2012, 2015
  • マレーシアサッカー協会年間最優秀選手: 2015
  • 東南アジアサッカー選手権ベストイレブン: 2012
  • 東南アジアサッカー選手権得点王: 2014
  • マレーシアカップ決勝戦最優秀選手: 2014
  • AFCカップ最優秀選手: 2015[10]

参考文献[編集]

  1. ^ Wow, Kapten Timnas Malaysia Siap Berkostum Persib”. 2011年6月30日閲覧。
  2. ^ Malaysia captain Safiq Rahim given three-week trial at Cardiff City”. WalesOnline.co.uk. 2011年11月23日閲覧。
  3. ^ Safiq: Usaha keras yang berbaloi”. Astro Arena. 2011年12月1日閲覧。
  4. ^ Malaysia captain Safiq Rahim set for Cardiff City trial”. Goal.com. 2011年8月27日閲覧。
  5. ^ Safiq ke Eropah (MALAY)”. Kosmo! Online. 2011年8月26日閲覧。
  6. ^ Safee sambut tawaran percubaan dua minggu di Cardiff (MALAY)”. Arena.my. 2011年9月7日閲覧。
  7. ^ Majlis Pernikahan Safiq Rahim & Zandra Aziela Daripada Ministry Of Moment”. beautifulnara.com. 2014年2月3日閲覧。
  8. ^ RUSSIA 2018/UAE 2019 QUALIFIERS: MALAYSIA V SAUDI ARABIA ABANDONED” (英語). AFC (2015年9月8日). 2015年9月9日閲覧。
  9. ^ Malaysian FA sanctioned after abandonment of FIFA World Cup qualifier” (英語). FIFA (2015年10月5日). 2015年10月6日閲覧。
  10. ^ JDT skipper Safiq Rahim named AFC Cup final MVP”. AFC (2015年10月31日). 2016年3月26日閲覧。

外部リンク[編集]