ミスター・ロンリー
| 「ミスター・ロンリー」 | |||||||
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| ボビー・ヴィントン の シングル | |||||||
| B面 | It's Better to Have Loved | ||||||
| リリース | |||||||
| 録音 | 1962年(アルバム『Roses Are Red』収録) | ||||||
| ジャンル | ポップス | ||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル | エピック・レコード | ||||||
| 作詞・作曲 |
ボビー・ヴィントン、ジーン・アラン ロバート・マージー(編曲) | ||||||
| プロデュース | ボブ・モーガン | ||||||
| チャート最高順位 | |||||||
| ビルボード1位 | |||||||
| ボビー・ヴィントン シングル 年表 | |||||||
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「ミスター・ロンリー」(英語: Mr. Lonely)は、1964年に全米チャート1位を獲得したボビー・ヴィントンの代表曲。1970年にレターメンがカバーしていたことでも知られる。
解説
[編集]ヴィントンは1962年のデビュー曲「涙の紅バラ」と同時にこの曲を録音し、次のシングルとして希望していたが、会社側は彼の歌唱に納得せず、当時同じ会社に在籍していた歌手兼ピアニストのバディ・グレコに同じバック演奏を使って録音させた。グレコのシングルは全米64位を記録した。
1964年、会社はアルバム "Bobby Vinton's greatest hits" の編集の折、ヴィントンの意向を取り入れ、この作品を追加しリリースした。ラジオ局には「ミスター・ロンリー」のリクエストが殺到し、会社はシングル・カットを決断、12月には全米第1位を記録した[1]。
曲の内容はホームシックにかかった兵士の心情を綴ったもので、ヴィントン自身の兵役体験がもとになっている。歌詞に登場する手紙には恋人も含むため、いわゆる「ラブ・ソング」にも含まれる。
1991年、湾岸戦争が勃発すると、ヴィントンは「ミスター・ロンリー」に子供のナレーションを追加した作品"Letter to a soldier"をカーブ・レコードからリリースした。B面は「ミスター・ロンリー」の再録音で、日本ではB面のみオムニバス盤に収録された形で発売された。アメリカでは、この曲をタイトルとしたCD"Mr.lonley; his greatest songs today"(1991)もリリースされた[2]。
カバー
[編集]メロディーの美しさからカバー・バージョンの多くはオーケストラやピアノ演奏が多く、フランク・チャックスフィールド、ロジャー・ウィリアムス、フロイド・クレイマーなどがカバーした。
日本においては、フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラのバージョンが、TOKYO FM制作のラジオ番組『JET STREAM』のテーマ曲に長年使用され、有名となった(2002年10月以降は、溝口肇のバージョンを使用している)。レターメン盤は1965 年のアルバム "Portlait of my love" でカバーした録音が1970年に日本で独自にシングル・カットされ、翌年にかけてかなりのヒットを記録した。
2005年には、セネガル系アメリカ人歌手エイコンが、ヴィントンのヴァージョンをサンプリングした "Lonely" [3]をリリースし、全英チャートでは1位を記録するなど、本国よりもヨーロッパでヒットした。
映画
[編集]映画に使用されることも多く、2008年の同名映画のほか、『グローイング・アップ』(1978年)、『アメリカン・グラフィティ2』(1979年)などにも使用された。
脚注
[編集]- ↑ Billboard book of number one hits, by Fred Bronson, Billboard books, c1985, p.162,ISBNː 0-8230-7522-2
- ↑ https://www.discogs.com/ja/Bobby-Vinton-Mr-Lonely-His-Greatest-Songs-Today/release/9068246
- ↑ Akon - Lonely - YouTube
参考文献
[編集]- "Polish prince", New York, M.Evans, 1978 written by Bobby Vinton.
- Billboard books of Number one hits by Fred Bronson, Billboard Publications, c1985
| 先代 ローン・グリーン 「リンゴー」 |
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル 1964年12月12日(1週) |
次代 スプリームス 「カム・シー・アバウト・ミー」 |