フリーソフトウェア運動

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フリーソフトウェア運動 (: Free Software Movement, FSM, ソフトウェア自由化運動) は、フリーソフトウェアの原則を支援する活動である。リチャード・ストールマンはその創始者の一人であり代表者でもある。彼を支持する人たちは自分達を自由な世界に属すと考えている。

この運動の参加者は、フリーソフトウェアに列挙されているよう「ソフトウェアの自由」を享受することを妨害するのは道徳違反だと考えている。フリーソフトウエアとして公開されたものを、その開発者や利用者たちが、修正して公開したり、コードを読んで勉強したり、使うことを妨害されたりすることは非道徳的であるというのがリチャード・ストールマンの主張である。

フリーソフトウェア運動の手法は、ライセンスの明文化であり、オリジナルの配布物のライセンスを踏襲させることに尽きる。つまり、コピーさせることを強制するライセンスであり、従来のライセンスの概念を逆さまにしたものである。他にも別の手法を取るものもいるかもしれないが、それはフリーソフトウエア運動とは無関係である。たとえば、法律制定をすることでソフトウェアを自由化するべきだと考える者もいれば、独占的ソフトウェアのボイコットによって行おうとする者もいる。フリーソフトウェアは独占的ソフトウェアよりも技術的に優れているのだから、最終的には自由市場において独占的ソフトウェアを打ち負かすに違いない、だから何もしなくても時間が問題を解決してくれる、と考えている人もいる。

他方、「フリーソフトウェア」という言葉が好きでこの運動に参加している人たちの大多数は、「独占的ソフトウェア」が厳密な意味で社会道徳に反するとは思っていない。しかし、彼らはこの種の自由はソフトウェアの技術的な品質とは別の問題として、確たる権利に基づくソフトウェアの一つの特性として(社会的にも、また実用的にも)、価値があるものであると主張している。

さらに、彼らは「フリーソフトウェア」という言葉を、「オープンソース」ソフトウェアは独占的ソフトウェアよりも常に優れている」といった主張から距離を置く為に用いるかもしれない(少なくとも短期的にはそうではない場合もある)。 オープンソースの擁護者たちが技術的な利点に拘泥することで、その利用者たちが短期的な便利さを求め自身の自由(とその長期的な利益)を売り渡してしまうのを促してしまうことについて、フリーウェア運動参加者は反対している。なぜならそのような短期的な利益は独占的ソフトウェアでも提供できるものだからだ。

オープンソース支持者は、フリーソフトウェア(彼らの言う「オープンソースソフトウェア」)の道徳的な価値についてよりも、実利的な価値について盛んに議論している。彼らはフリーソフトウェア財団が独占的ソフトウェアを十把一からげにして非難していることについて全く同意していない。フリーソフトウェアを使ったり、その開発を手助けしたり、あるはそれを楽しんだりしているプログラマの中にも、生計を立てるために独占的なソフトウェアを開発している多くのプログラマがいる。彼らは自分の行動は道義に反しているとは考えていない。定義より、フリーソフトウェアはオープンソースソフトウェアの部分集合である。

フリーソフトウェア運動のメンバーの多くは、著作権法特許法に支配されている他のもの(文書等)も解放されるべきだと信じており、他の人たちはいくつかの著作物、例えば著者の信念をねじ曲げてしまうようなことを防ぐ為の意見表明や小説、GPL 自体については自由に変更可能にすべきではないということを認めている。

関連項目[編集]