フィドルヘッド

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シダのフィドルヘッド
ヴィオラのスクロール
フィドルヘッドが使われた鶏肉料理
カナダニューブランズウィック州セントジョンにあるセントジョンアーツセンターに設置された彫刻家ジム・ボイドによるオブジェ「フィドルヘッド」

フィドルヘッドfiddlehead)は、未展開のシダ類の若いのことで[1]山菜として収穫される。日本語ではワラビ巻きと訳される[2]

植物体につけたままにしておくと、ワラビ巻きは展開し新しいになる[2]。山菜として利用する場合は開ききって背が高くなる前に地面に近い位置で刈り取られる[3]植物学的なワラビ巻きについての説明は「羽葉#ワラビ巻き」を参照。

一部シダ植物のフィドルヘッドは動物にとって有毒な成分を含むこともある。詳細はワラビ中毒を参照。

フィドルヘッドは、フィドルなどの弦楽器の先端にあるカールした装飾(スクロールと呼ばれる)に似ている。また、司教が使う司教杖にちなんで crozier とも呼ばれ、その起源は羊飼いが使う杖にある。

種類[編集]

いくつかのシダ類のフィドルヘッドは山菜として食べられている。中でもよく知られているものを以下に示す。

また、フィドルヘッドは観賞用としても価値があるため、生息数の少ない温帯地域では非常に高価で取引されることもある。

収穫[編集]

採れたてのフィドルヘッドを入れたバケツ

季節ごとに入手可能なフィドルヘッドは、春になると採集され、商業的に収穫される。持続的に収穫するために、フィドルヘッドを収穫する際は、小さな株からの収穫は避け、植物全体の1/3程度の先端のみを取ることが推奨されている[7]。一株から数本の葉が出るが、同じ個体から何度も摘み取ると枯れてしまう。持続可能な収穫方法を維持することは、農作物でない食用種を増殖させる上で重要である[8]

調理[編集]

山菜として用いられるフィドルヘッド

フィドルヘッドは、アジア全域や[9]、アメリカ先住民の間などで何世紀にもわたって伝統的な食生活の一部として食べられてきた[10][11]

アジア料理[編集]

インドネシアでは、若いフィドルヘッドを、唐辛子ガランガルレモングラスウコンの葉などのスパイスで味付けした濃厚なココナッツソースで煮込んで食べる。この料理は「gulai pakis」または「gulai paku」と呼ばれ、インドネシアのミナンカバウ族が起源である。

フィリピンでは、クワレシダ(現地では「pakô」と呼ばれる)の若い葉を、トマトや塩漬けの卵と一緒に和え、シンプルなヴィネグレットソースをかけて作るサラダがよく食べられている。

東アジアでは、ワラビの若芽は野菜として食べられており、韓国ではコサリ(고사리)、中国台湾ではジュエカイ(蕨菜)と呼ばれる。韓国では、ワラビの若芽を炒めたコサリナムル(고사리나물)は代表的なパンチャン(小皿で食べるおかず)であり、ビビンバユッケジャンピンデトッなどのポピュラーな韓国料理にも使われている。

日本ではワラビは珍重され、あく抜きをすることで野菜に含まれる毒素が無毒化されると言われている[12]。春になるとゼンマイやコゴミ(クサソテツの新芽)が山菜としてよく食べられている。また、わらび餅の伝統的な材料として使われることもある。

インド料理[編集]

インド亜大陸では、主に北インド北東インドのヒマラヤ山脈付近で、食用となる例がみられる。

トリプラ州では、コクバラ語で「Muikhonchok」と呼ばれ、炒めたものが「bhaja」というおかずとして食べられる。

ヒマーチャル・プラデーシュ州のマンディー県では「Lingad」、クッルー県では「lingri」と呼ばれ、「lingri ka achaar」というピクルスに使われる。カーングラー県ではカングリ方言で「lungdu」と呼ばれ、野菜として食べられている。チャンバ県では「Kasrod」と呼ばれる。

ウッタラーカンド州クマーウーンでは「limbra」と、ガルワールでは、「languda」と呼ばれ、野菜として食べられている。

ダージリンシッキム州では、「niyuro」(नियुरो)と呼ばれ、野菜のおかずとして一般によく食べられる。地元のチーズと混ぜることが多く、漬け物にすることもある。

西ベンガル州南部では、「Dheki Shaak」や「Dheki Shaag」(ঢেকী সাগ/শাক)と呼ばれる。

アッサム州では、「dhekia xak」(アッサム語: ঢেকীয়া শাক)と呼ばれ、人気が高い。ジャンムー・カシミール州ジャンムーでは、「kasrod」(कसरोड)と呼ばれている。ドーグラーの料理で最も有名なのは「kasrod ka achaar」(フィドルヘッドのピクルス)である。プーンチでは現地語で「Kandor」(कंडोर)と呼ばれる。キシュトワールでは、現地の言語であるキシュトワリで「ted」(टेड)と呼び、乾燥させたものをロティパラタの付け合わせとして調理することもある。ジャンムー・カシミール州のランバン地区では、カー語で「DheeD」と呼ばれている。

また、コダグ地方の丘陵地帯でも見られる。現地語で「therme thoppu」と呼ばれ、パリヤにして、ご飯やオッティ(炊いたご飯と米粉で作るロティ)と一緒に食べる。

ネパール料理[編集]

ネパールでは、niyuro (नियुरो) または niuro (निउरो) と呼ばれる季節の食べ物である。ネパール料理で最もよく使われるフィドルヘッドには3種類ある。सेती निउरोは茎が白っぽい緑色をしており、काली निउरोは暗紫色の茎を持ち、ठूलो निउरोは大きな緑色の茎を持つ。これらは野菜のおかずとして出され、現地の澄ましバターで調理されることが多い。酢漬けにもされる。

北米料理[編集]

クサソテツ(Matteuccia struthiopteris)は、地元では「fiddleheads」として知られ、春になると北アメリカ北東部の湿った地域に自生する。カナダ東部メイン州のマリシート族、ミクマク族、ペノブスコット族は伝統的にフィドルヘッドを収穫しており、この山菜はまず18世紀初頭にアカディア人の入植者に、その後、1780年代にニューブランズウィック州に入植を始めたロイヤリストの入植者によって持ち込まれた[13][14]。フィドルヘッドはこれらの地域の伝統的な料理として残っており、ほとんどの商業的収穫はニューブランズウィック州、ケベック州、メイン州で行われ、この野菜は特にニューブランズウィック州を象徴するものと考えられている[15][16]。北米最大の野生のフィドルヘッドの生産・包装・流通業者は、2006年にオンタリオ州初の商業的フィドルヘッド農場をポートコルボーンに設立した[15]。フィドルヘッドの生産地は、ノバスコシア州バーモント州ニューハンプシャー州にもある[16]。カナダのニューブランズウィック州タイドヘッドは、「世界のフィドルヘッドの首都」[17]と自称している。

フィドルヘッドは生や冷凍で売られている。新鮮なフィドルヘッドが市場に出回るのは春の数週間だけで、かなり高価である。しかし、酢漬けや冷凍のフィドルヘッドは、一年中店頭に並んでいる。蒸したり、茹でたり、ソテーしたりして、オランデーズソースやバター、レモン、酢、ニンニクなどと一緒に食べたり、冷たいサラダにしてマヨネーズと一緒に食べたりするのが一般的である。

カナダ保健省は、フィドルヘッドの調理について、茶色い紙のような殻を取り除いてから、何度か水を取り替えて洗い、茹でるか蒸す方法を推奨している[18]。推奨する調理時間は、茹でる場合は15分、蒸す場合は10 - 12分である[18]。茹でることで苦味が減り、タンニンや毒素が減少する。アメリカ疾病予防管理センターは、1990年代初頭に多発した食品を媒介とする疾病とフィドルヘッドとを関連付けている[19]

マオリ料理[編集]

マオリの人々は歴史的にピコピコと呼ばれるシダ(ニュージーランドに生息する数種類のシダ)の若い芽を食べてきた。

成分[編集]

フィドルヘッドには、ナトリウムは少ないが、カリウムが豊富に含まれている[20]

また、多くのシダ植物のフィドルヘッドには、チアミン(ビタミンB1)を分解する酵素チアミナーゼが含まれている。これは、極端に過剰摂取すると脚気につながる可能性がある[21]

さらに、ワラビ(Pteridium属)などの特定の種には毒性があるという報告もある[22][23]。調理にあたって、シキミ酸を分解するために十分に加熱することを推奨している報告もある[24]。クサソテツ(Matteuccia struthiopteris)は、がんを引き起こすとは考えられていないが[25]、未確認の毒素が含まれているという報告がある[26]

関連項目[編集]

  • 伯夷・叔斉: 隠棲してワラビやゼンマイのフィドルヘッドを食べて生きたといわれる中国の二人の王子

脚注[編集]

  1. ^ C.Michael Hogan (2010年). “Fern”. Encyclopedia of Earth. National council for Science and the Environment. 2011年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月6日閲覧。
  2. ^ a b 長谷部 2020, p. 172.
  3. ^ 'Tis the season...for fiddleheads!” (英語). newscentermaine.com. 2021年5月3日閲覧。
  4. ^ 伊藤 1972, p. 1.
  5. ^ Churchill, Edward (2018年4月6日). “Enjoy your midin without fear — Professor”. The Borneo Post. オリジナルの2018年4月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180406043655/http://www.theborneopost.com/2018/04/06/enjoy-your-midin-without-fear-professor/ 2018年5月29日閲覧。 
  6. ^ Paul P.K., Chai (April 2016). “Midin (Stenochlaena palustris), the popular wild vegetable of Sarawak”. Agriculture Science Journal (Universiti Tunku Abdul Rahman) 2 (2): 18–20. オリジナルの2018-05-29時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180529135516/http://eprints.utar.edu.my/2006/1/Midin_(Stenochlaena_palustris),_the_popular_wild_vegetable_of_Sarawak.pdf 2018年5月29日閲覧。. 
  7. ^ University of Maine, "Ostrich Fern Fiddleheads"
  8. ^ 多すぎると余り、馴染みのものはよく使う-山菜・薬草の利用供給バランスは気候・社会的な影響を受ける-”. 国立環境研究所 (2018年11月22日). 2023年7月6日閲覧。
  9. ^ Yujing Liu, Wujisguleng Wujisguleng, Chunlin Long (November 2012). “Food uses of ferns in China: a review”. Acta Societatis Botanicorum Poloniae 81 (4): 263–270. doi:10.5586/asbp.2012.046. https://pbsociety.org.pl/journals/index.php/asbp/article/view/asbp.2012.046/0. 
  10. ^ John M. DeLong and Robert K. Prange (2008). “Fiddlehead Fronds: Nutrient Rich Delicacy”. CHRONICA HORTICULTURAE 48 (1): 12–15. https://pbsociety.org.pl/journals/index.php/asbp/article/view/asbp.2012.046/0. 
  11. ^ McDougall, Len (9 December 2010). “Food” (English). The Self-Reliance Manifesto: Essential Outdoor Survival Skills. United States: Skyhorse Publishing. p. 59. ISBN 9781616080617. https://www.google.ca/books/edition/The_Self_Reliance_Manifesto/0Zculenf-zgC?hl=en&gbpv=1&pg=PA59&printsec=frontcover 2023年5月11日閲覧。 
  12. ^ 主婦の友社編『野菜まるごと大図鑑』主婦の友社、2011年2月20日、227頁。ISBN 978-4-07-273608-1 
  13. ^ Real Food Right Now and How to Cook It: Fiddleheads - A Brief History”. Grace Communications Foundation (2013年3月). 2016年6月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月24日閲覧。
  14. ^ Small, Ernest (2014). North American Cornucopia: Top 100 Indigenous Food Plants. Boca Raton, FL: CRC Press. pp. 308–9. ISBN 978-1-4665-8592-8 
  15. ^ a b Honey, Kim (2008年5月21日). “Attuned to fiddleheads”. Toronto Star. オリジナルの2016年6月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160625180314/https://www.thestar.com/life/2008/05/21/attuned_to_fiddleheads.html 2016年5月24日閲覧。 
  16. ^ a b Fiddleheads”. Canadian Encyclopedia. 2016年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年5月24日閲覧。
  17. ^ Walsh, Victoria; McCallum, Scott (2015). A Field Guide to Canadian Cocktails. Toronto: Random House of Canada. ISBN 978-0-449-01663-3 
  18. ^ a b Fiddlehead Safety Tips”. Health Canada (2013年4月11日). 2014年5月30日閲覧。
  19. ^ Ostrich Fern Poisoning -- New York and Western Canada, 1994”. 2023年7月6日閲覧。
  20. ^ Bushway, A. A.; Wilson, A. M.; McGann, D. F.; Bushway, R. J. (1982). “The Nutrient Composition of Fresh Fiddlehead Greens”. Journal of Food Science 47 (2): 666–667. doi:10.1111/j.1365-2621.1982.tb10147.x. 
  21. ^ Evans, W. C. (1976). “Bracken thiaminase-mediated neurotoxic syndromes”. Botanical Journal of the Linnean Society 73 (1–3): 113–131. doi:10.1111/j.1095-8339.1976.tb02017.x. 
  22. ^ Pteridium - Genus Page - ISB: Atlas of Florida Plants”. florida.plantatlas.usf.edu. 2020年10月8日閲覧。
  23. ^ Alonso-Amelot, M. E.; Avendaño, M. (March 2002). “Human carcinogenesis and bracken fern: a review of the evidence”. Current Medicinal Chemistry 9 (6): 675–686. doi:10.2174/0929867023370743. ISSN 0929-8673. PMID 11945131. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11945131/. 
  24. ^ Evans, I. A.; Osman, M. A. (1974). “Carcinogenicity of bracken and shikimic acid”. Nature 250 (5464): 348–349. doi:10.1038/250348a0. 
  25. ^ Caldwell, M. E.; Brewer, W. R. (1980). “Possible Hazards of Eating Bracken Fern”. New England Journal of Medicine (Massachusetts Medical Society) 303 (3): 164. doi:10.1056/NEJM198007173030324. PMID 7383086. 
  26. ^ Ostrich Fern Poisoning -- New York and Western Canada, 1994”. Centers for Disease Control and Prevention. 2011年6月11日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]