ドイツの国家元首一覧
ドイツの国家元首一覧(どいつのこっかげんしゅいちらん)では、1871年のドイツ統一以降のドイツにおける元首(皇帝・大統領など)の一覧表を掲載する。国家元首の正式な役職名は時代・政体によって異なり、以下が存在する。なお、原語表記の" - "は複合名詞の単語の区切りを示すものであり、実際のドイツ語表記では使用しない。
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ドイツキリスト教民主同盟 (CDU)
ドイツ社会民主党 (SPD)
自由民主党 (FDP)
ドイツ社会主義統一党 (SED)
国家社会主義ドイツ労働者党 (ナチ党)
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目次
ドイツ国の国家元首[編集]
1871年、プロイセン国王を皇帝とするドイツ国(ドイツ帝国)が建国。1918年のドイツ革命によって帝政が廃止され、国号は「ドイツ国」のまま、大統領(Reichspräsident)を国家元首とする共和制(ヴァイマル共和政)に移行した。アドルフ・ヒトラーが国家元首と首相職を兼ねて以降は第三帝国とも呼ばれる。ただし、正式な国名は帝政期・ヴァイマル共和政期と同じ「ドイツ国」。
帝政期[編集]
ヴァイマル共和政期[編集]
ナチス・ドイツ[編集]
ドイツ民主共和国の国家元首[編集]
ドイツ民主共和国(東ドイツ)の国家元首は建国当初、共和国大統領(Präsident der Republik)であったが、大統領ヴィルヘルム・ピークの死去直後の1960年9月12日、同国は憲法を改正してソビエト方式へ移行。人民議会が選出する国家評議会を最高機関と定め、国家評議会議長を事実上の国家元首とした。このため、ピークは同国の最初で最後の大統領となった。
1990年4月5日、事実上初めての民主的な自由選挙によって選ばれた人民議会が憲法改正を行い、国家評議会制度は廃止された。その際大統領制の復活も検討されたが、東ドイツの解体がほぼ決定的であったため、新たに正式な国家元首の選出を行うことを断念し、憲法に第75a条を挿入し「共和国大統領の地位、任務及び権限に関する法律が議決されるまで、及び共和国大統領の選挙までは、ドイツ民主共和国人民議会の幹部会が国家評議会の権限を行使し、人民議会の議長が国家評議会議長の権限を行使する[1]」とされた。このため人民議会議長のザビーネ・ベルクマン=ポールが、1990年10月2日の民主共和国解体まで暫定的な国家元首として扱われていた。
共和国大統領[編集]
| 氏名 | 所属政党 | 在任期間 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| ヴィルヘルム・ピーク Wilhelm Pieck |
ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1949年10月11日 - 1960年9月7日 | 在任中に死去。 | |
国家評議会議長[編集]
| 代 | 氏名 | 写真 | 所属政党 | 在任期間 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ヴァルター・ウルブリヒト Walter Ulbricht |
ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1960年9月12日 - 1973年8月1日 | 1971年までSED第一書記を兼務。在任中に死去。 | |
| 2 | ヴィリー・シュトフ Willi Stoph |
ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1973年10月3日 - 1976年10月29日 | ||
| 3 | エーリッヒ・ホーネッカー Erich Honecker |
ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1976年10月29日 - 1989年10月18日 | 1971年からSED第一書記・書記長。 東欧革命により失脚。 | |
| 4 | エゴン・クレンツ Egon Krenz |
ドイツ社会主義統一党 (SED) |
1989年10月18日 - 12月3日 | ||
| 5 | マンフレート・ゲルラッハ Manfred Gerlach |
ドイツ自由民主党 (LDPD) |
1989年12月6日 - 1990年4月5日 | ||
| - | ザビーネ・ベルクマン=ポール Sabine Bergmann-Pohl (暫定国家元首) |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
1990年4月5日 - 10月2日 | 人民議会議長。 |
ドイツ連邦共和国の国家元首[編集]
ドイツ連邦共和国(西ドイツ → 再統一ドイツ)の国家元首は連邦大統領(Bundespräsident)と言う。それまでのドイツにおける他の国家元首とは異なり、その権限は儀礼的・形式的なものに留まっており、政治的な実権は連邦首相が有している。
連邦大統領[編集]
| 代 | 氏名 | 写真 | 所属政党 | 期 | 在任期間 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| - | カール・アルノルト Karl Arnold (権限代行) |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
- | 1949年9月7日 - 9月12日 | 連邦参議院議長。 | |
| 1 | テオドール・ホイス Theodor Heuss |
自由民主党 (FDP) |
1 | 1949年9月13日 - 1954年9月12日 | ||
| 2 | 1954年9月13日 - 1959年9月12日 | |||||
| 2 | ハインリヒ・リュプケ Heinrich Lübke |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
3 | 1959年9月13日 - 1964年9月12日 | ||
| 4 | 1964年9月13日 - 1969年6月30日 | |||||
| 3 | グスタフ・ハイネマン Gustav Heinemann |
ドイツ社会民主党 (SPD) |
5 | 1969年7月1日 - 1974年6月30日 | ||
| 4 | ヴァルター・シェール Walter Scheel |
自由民主党 (FDP) |
6 | 1974年7月1日 - 1979年6月30日 | ||
| 5 | カール・カルステンス Karl Carstens |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
7 | 1979年7月1日 - 1984年6月30日 | ||
| 6 | リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー Richard von Weizsäcker |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
8 | 1984年7月1日 - 1989年6月30日 | ||
| 9 | 1989年7月1日 - 1994年6月30日 | |||||
| 7 | ローマン・ヘルツォーク Roman Herzog |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
10 | 1994年7月1日 - 1999年6月30日 | ||
| 8 | ヨハネス・ラウ Johannes Rau |
ドイツ社会民主党 (SPD) |
11 | 1999年7月1日 - 2004年6月30日 | ||
| 9 | ホルスト・ケーラー Horst Köhler |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
12 | 2004年7月1日 - 2009年6月30日 | ||
| 13 | 2009年7月1日 - 2010年5月31日 | |||||
| - | イェンス・ベールンゼン Jens Böhrnsen (権限代行) |
ドイツ社会民主党 (SPD) |
2010年5月31日 - 6月30日 | 連邦参議院議長。 | ||
| 10 | クリスティアン・ヴルフ Christian Wulff |
ドイツキリスト教民主同盟 (CDU) |
14 | 2010年7月2日[2]- 2012年2月17日 | 汚職捜査の進展に伴い任期途中で辞任。 | |
| - | ホルスト・ゼーホーファー Horst Seehofer (権限代行) |
バイエルン・キリスト教社会同盟 (CSU) |
2012年2月17日 - 3月18日 | 連邦参議院議長。 | ||
| 11 | ヨアヒム・ガウク Joachim Gauck |
無所属 | 2012年3月18日 - 2017年3月19日 | |||
| 12 | フランク=ヴァルター・シュタインマイアー Frank-Walter Steinmeier |
ドイツ社会民主党 (SPD) |
15 | 2017年3月19日 - (現職) |