トリカブト
トリカブト属 | ||||||||||||||||||
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分類(APG IV) | ||||||||||||||||||
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英名 | ||||||||||||||||||
monkshood | ||||||||||||||||||
種 | ||||||||||||||||||
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トリカブト(鳥兜・草鳥頭、学名:Aconitum)は、キンポウゲ科トリカブト属の総称である。有毒植物の一種として知られる。スミレと同じ「菫」と漢字で表記することもある。
概要[編集]
ドクウツギやドクゼリと並んで日本三大有毒植物の一つとされ[1]、トリカブトの仲間は日本には約30種が自生している。沢筋などの比較的湿気の多い場所を好む。トリカブトの名の由来は、花が古来の衣装である鳥兜・烏帽子に似ているからとも、鶏の鶏冠(とさか)に似ているからとも言われる。英名の "monkshood" は「僧侶のフード(かぶりもの)」の意味。
多くは多年草である。草丈は80 -120センチメートルほどある[2]。葉は深く3裂から5裂して、夏から秋に紫色のほか、白、黄色、ピンク色などの花を咲かせる[2]。茎葉を傷つけても、特別な臭いや汁液が出るわけではない[2]。
塊根を乾燥させたものは漢方薬や毒として用いられ、烏頭(うず)または附子(生薬名は「ぶし」、毒に使うときは「ぶす」)と呼ばれる。本来、「附子」は球根の周りに付いている「子ども」の部分。中央部の「親」の部分は「烏頭(うず)」、子球のないものを「天雄(てんゆう)」と呼んでいたが、現在は附子以外のことばはほとんど用いられていない。俗に不美人のことを「ブス」というが、これはトリカブトの中毒で神経に障害が起き、顔の表情がおかしくなったのを指すという説もある[3]。
毒性[編集]
全草、特に根に致死性の高い猛毒を持つことで知られる[2]。主な毒成分はジテルペン系アルカロイドのアコニチンで、他にメサコニチン、アコニン、ヒパコニチン、低毒性成分のアチシンのほか、ソンゴリンなど[4]を全草、特に根に含む。採集時期および地域によって、毒の強さが異なることがある[5][6]。
誤食すると嘔吐、呼吸困難、臓器不全、痙攣などによる中毒症状を起こし、心室細動ないし心停止で死に至ることもある[2]。毒は即効性があり、摂取量によっては経口後数十秒で死亡することもある。半数致死量は0.2gから1g。経皮吸収および経粘膜吸収されるため、口に含んだり、素手で触っただけでも中毒に至ることがある。蜜や花粉にも毒性があるため、養蜂家はトリカブトが自生している地域では蜂蜜を採集しないか、開花期を避けるようにしている。また、天然蜂蜜による中毒例も報告されている[7]。特異的療法および解毒剤はないが、各地の医療機関で中毒の治療研究が行われている[8]。
芽吹きの頃にはニリンソウ、ゲンノショウコなどと外見が似ているため間違えやすく、誤食による中毒事故がしばしば報道されている[2]。
株によって葉の切れ込み具合が異なる(参考画像参照)。
利用[編集]
古来、矢毒として塗布するなどの方法で、狩猟・武器目的で北東アジア・シベリア文化圏を中心に利用されてきた。北アメリカのエスキモーもトリカブトの毒矢を使用したことが報告されている[9]。 アイヌではトリカブトとその根を「スルク」と呼び、アマッポに使用した[10]。
医療用[編集]
強毒を持つものの、漢方やアーユルヴェーダなどの伝統医療で薬として使用される。
漢方薬[編集]
漢方ではトリカブト属の塊根を附子(ぶし)と称して薬用にする。本来は、塊根の子根(しこん)を附子と称するほか、「親」の部分は烏頭(うず)、また、子根の付かない単体の塊根を天雄(てんゆう)と称し、それぞれ運用法が違う。強心作用や鎮痛作用があるほか、牛車腎気丸及び桂枝加朮附湯では皮膚温上昇作用、末梢血管拡張作用により血液循環の改善に有効である[5]。
しかし、毒性が強いため、附子をそのまま生薬として用いることはほとんどなく、修治と呼ばれる弱毒処理が行われる[11]。
附子が配合されている漢方方剤の例[編集]
新型コロナウイルスの治療薬として[編集]
2021年4月16日、キルギス政府のアリムカディル・ベイシェナリエフ保険大臣は、トリカブトの塊根からの抽出物に新型コロナウイルス感染症への治療効果があると発表した。既に何百人かの患者に同意の元で処方されたとしており、記者会見の場で同じものを飲んで安全性をアピールした[12][13]。
主な種[編集]
YListおよび門田裕一 (2016)「キンポウゲ科トリカブト属」『改訂新版 日本の野生植物2』による[14]。
- レイジンソウ亜属 subgen. Lycoctonum
- コンブレイジンソウ Aconitum hiroshi-igarashii Kadota
- ニセコレイジンソウ Aconitum ikedae Kadota
- マシケレイジンソウ Aconitum mashikense Kadota et Umezawa
- オシマレイジンソウ Aconitum umezawae Kadota
- カムイレイジンソウ Aconitum asahikawaense Kadota
- エゾレイジンソウ Aconitum gigas H.Lév. et Vaniot
- オオレイジンソウ Aconitum iinumae Kadota
- ソウヤレイジンソウ Aconitum soyaense Kadota
- ヒダカレイジンソウ Aconitum tatewakii Miyabe
- レイジンソウ Aconitum loczyanum Rapaics
- アズマレイジンソウ Aconitum pterocaule Koidz.
- シロウマレイジンソウ Aconitum pterocaule Koidz. var. siroumense (Nakai) Kadota
- トリカブト亜属 subgen. Aconitum
- ダイセツトリカブト Aconitum yamazakii Tamura et Namba
- エゾノホソバトリカブト Aconitum yuparense Takeda var. yuparense
- ヒダカトリカブト Aconitum yuparense Takeda var. apoiense (Nakai) Kadota
- サンヨウブシ Aconitum sanyoense Nakai
- ジョウシュウトリカブト Aconitum tonense Nakai ex H.Hara
- ガッサントリカブト Aconitum gassanense Kadota et Shin'ei Kato
- イイデトリカブト Aconitum iidemontanum Kadota, Y.Kita et K.Ueda
- キヨミトリカブト Aconitum kiyomiense Kadota
- アズミトリカブト Aconitum azumiense Kadota et Hashido
- ハナカズラ Aconitum ciliare DC.
- シコタントリカブト Aconitum maximum Pall. ex DC. subsp. kurilense (Takeda) Kadota
- カラフトブシ Aconitum sachalinense F.Schmidt subsp. sachalinense
- セイヤブシ Aconitum ito-seiyanum Miyabe et Tatew.
- カワチブシ Aconitum grossedentatum (Nakai) Nakai
- コウライブシ Aconitum jaluense Kom. subsp. jaluense
- センウズモドキ Aconitum jaluense Kom. subsp. iwatekense (Nakai) Kadota
- ウゼントリカブト Aconitum okuyamae Nakai
- ワガトリカブト Aconitum okuyamae Nakai var. wagaense Kadota
- オンタケブシ Aconitum metajaponicum Nakai
- ヤマトリカブト Aconitum japonicum Thunb. subsp. japonicum
- オクトリカブト Aconitum japonicum Thunb. subsp. subcuneatum (Nakai) Kadota
- ツクバトリカブト Aconitum japonicum Thunb. subsp. maritimum (Nakai ex Tamura et Namba) Kadota var. maritimum
- イヤリトリカブト Aconitum japonicum Thunb. subsp. maritimum (Nakai ex Tamura et Namba) Kadota var. iyariense Kadota
- イブキトリカブト Aconitum japonicum Thunb. subsp. ibukiense (Nakai) Kadota
- タンナトリカブト Aconitum japonicum Thunb. subsp. napiforme (H.Lév. et Vaniot) Kadota
- ヤサカブシ Aconitum nikaii Nakai
- タカネトリカブト Aconitum zigzag H.Lév. et Vaniot subsp. zigzag
- ナンタイブシ Aconitum zigzag H.Lév. et Vaniot subsp. komatsui (Nakai) Kadota
- ハクバブシ Aconitum zigzag H.Lév. et Vaniot subsp. kishidae (Nakai) Kadota
- リョウハクトリカブト Aconitum zigzag H.Lév. et Vaniot subsp. ryohakuense Kadota
- ホソバトリカブト Aconitum senanense Nakai subsp. senanense var. senanense
- キタダケトリカブト Aconitum kitadakense Nakai
- ミヤマトリカブト Aconitum nipponicum Nakai subsp. nipponicum var. nipponicum
- ハクサントリカブト Aconitum × hakusanense Nakai
- ミョウコウトリカブト Aconitum nipponicum Nakai subsp. nipponicum var. septemcarpum (Nakai) Kadota
- キタザワブシ Aconitum nipponicum Nakai subsp. micranthum (Nakai) Kadota
- ハナトリカブト Aconitum chinense Siebold ex Paxton
- セイヨウトリカブト(アコニット)Aconitum napellus L. タイプ種
なお、日本においては2018年以降、次の種が新種記載されている。
- ワジマブシ Aconitum wajimanum Kadota
- サンチュウトリカブト Aconitum ohmorii Kadota
北半球の寒帯から暖温帯に300種以上が分布し、日華植物区系区に多くの種がみられる[14]。
疑似一年草[編集]
トリカブト属のうち、レイジンソウ亜属 Subgen. Lycoctonum に属する種は多年草であるが、トリカブト亜属 Subgen. Aconitum に属する種は、多年草のなかの疑似一年草に分類される。地上部と地下の母根(塊根、「烏頭(うず)」)はその年の秋に枯死するが、母根から伸びた地下茎の先に子根(嬢根、「附子(ぶし、ぶす)」)ができ、その子根が母根から分離して越冬芽をもち、翌年に発芽し開花する。地上部と地下の母根から見れば一年草であるが、子根が翌年にも生存するため、擬似一年草のカテゴリーにはいる[14]。分離型地中植物とも呼ばれる[16]。
観賞用のトリカブト[編集]
ハナトリカブトは観賞用として栽培され、切花の状態で販売されている。しかし、その全草に毒性の強いメサコニチンが含まれて取り扱いには危険が伴うことから、子供やペットが触ったり口に入れたりするなどによる事故が起こらないよう、注意が必要になる。
参考画像[編集]
附子・トリカブトが出てくる作品[編集]
致死性の強毒を持つことから、創作では定番のアイテムである。
- 『東海道四谷怪談』 - お岩が飲まされた毒は附子であるとされている[3]。
- 『修道士の頭巾』 - イギリスの歴史ミステリー『修道士カドフェル』シリーズの一つ。主人公が痛み止めの塗薬として調合したものが登場。タイトルの「MONK'S-HOOD」はトリカブトの英名である。
- 『附子』の名は小名狂言の演目名としても知られる。
- 『八つ墓村』 - 作中で金田一耕助は、八つ墓村に群生しているカブトニクが連続殺人に用いられたと推理した。
- 『ゴールデンカムイ』 - アイヌ民族の武器として登場。作中では矢じりにトリカブトの根を固めたものを装填して使っていた。
- 『琥珀色の遺言』 - 事件の発端となった影谷洸太郎氏殺害事件で、影谷氏がトリカブトの入った薬草茶を飲んで死亡した。
- 『魔人ドラキュラ』 - 吸血鬼の嫌がるものとしてトリカブトが登場する。
脚注[編集]
- ^ 古泉秀夫 (2007年8月17日). “毒芹(water-hemlok)の毒性”. 医薬品情報21. 2014年8月31日閲覧。
- ^ a b c d e f 金田初代 2010, p. 184.
- ^ a b 山崎,昶『ミステリーの毒を科学する : 毒とは何かを知るために』講談社〈ブルーバックス〉、1992年。ISBN 4061329197。
- ^ トリカブトの毒性 (2007/12/04) 医薬品情報21
- ^ a b 和田浩二「トリカブト属ジテルペンアルカロイドのLC-APCI-MSによる構造解析と末梢血流量増加作用について」『藥學雜誌』第122巻第11号、日本薬学会、2002年11月1日、929-956頁、doi:10.1248/yakushi.122.929、NAID 10010204168。
- ^ 坂井進一郎、高山広光、岡本敏彦「高尾(東京都)産トリカブト塩基成分について」『藥學雜誌』第99巻第6号、日本薬学会、1979年6月25日、647-656頁、NAID 110003653012。
- ^ 高田清己、「はちみつによる食中毒」『食品衛生学雑誌』 Vol.34 (1993) No.5 p.443-444, doi:10.3358/shokueishi.34.443。
- ^ 岩手医科大学医学部-救急救命情報(トリカブト)
- ^ [[レフ・セミョーノヴィチ・ベルグ |L・ベルグ]]『カムチャツカ発見とベーリング探検』龍吟社、1942年、133頁。
- ^ “アイヌとトリカブト” (2005年7月). 2022年4月20日閲覧。
- ^ 鹿野美弘、縦青、小松健一「漢方エキス製剤の品質評価について(第6報)呉茱萸の修治によるアルカロイド成分含量変化について」『藥學雜誌』第111巻第1号、日本薬学会、1991年1月25日、32-35頁、doi:10.1248/yakushi1947.111.1_32、NAID 110003649175。
- ^ “Four Patients Being Treated In Kyrgyz Hospitals For Poisoning With Toxic Root Promoted By President”. RadioFreeEurope/RadioLiberty. 2022年4月20日閲覧。
- ^ 日高奈緒 (2022年4月17日). “トリカブトの溶液でコロナ治療? WHO「勧めないで」”. 朝日新聞. 2022年4月20日閲覧。
- ^ a b c 門田裕一 (2016)「キンポウゲ科トリカブト属」『改訂新版 日本の野生植物2』pp.120-131
- ^ 門崎允昭『アイヌの矢毒トリカブト』北海道出版企画センター、2002年。ISBN 4832802089。
- ^ 清水建美 (2001) 「草本」『図説 植物用語事典』pp. 20-21
参考文献[編集]
- 金田初代、金田洋一郎(写真)『ひと目でわかる! おいしい「山菜・野草」の見分け方・食べ方』PHP研究所、2010年9月24日、184頁。ISBN 978-4-569-79145-6。
![]() |
- 近藤嘉和『四季の山野草』緒方出版、1983年、178頁。
- 清水建美著『図説 植物用語事典』、2001年、八坂書房
- 大橋広好・門田裕一・木原浩他編『改訂新版 日本の野生植物 2』、2016年、平凡社
- 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- トリカブト - 厚生労働省
- トリカブトの誤食に注意! - 東北大学大学院薬学研究科 附属薬用植物園
- 小菅卓夫、横田正実、長沢道男「トリカブト根中の強心成分に関する研究(第1報)Higenamineの単離およびその構造」『藥學雜誌』第98巻第10号、公益社団法人日本薬学会、1978年10月25日、1370-1375頁、doi:10.1248/yakushi1947.98.10_1370、NAID 110003652661。
- 厚生労働大臣 (2021年). “ブシ:第十七改正日本薬局方(JP17)名称データベース 検索結果”. 国立医薬品食品衛生研究所. 2016年5月3日 (火) 17:19 (UTC)閲覧。