セルジオ・ファリアス

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はダ・パイヴァ第二姓(父方の)はファリアスです。
セルジオ・ファリアス Football pictogram.svg
名前
本名 セルジオ・リカルド・ダ・パイヴァ・ファリアス
Sérgio Ricardo de Paiva Farias
ラテン文字 Sergio Farias
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1967-06-09) 1967年6月9日(49歳)
出身地 リオデジャネイロ
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

セルジオ・ファリアス (Sérgio Farias) こと、セルジオ・リカルド・ダ・パイヴァ・ファリアス(Sérgio Ricardo de Paiva Farias, 1967年6月9日 - )は、ブラジル人のサッカー指導者。

来歴[編集]

1993年、CERAAサン・マテウスポルトガル語版で指導者としてのキャリアをスタートさせる。若い世代への指導でキャリアを重ねる。2004年にウニオン・アグリーコラ・バルバレンセFCブラジル全国選手権3部で優勝を果たす。

2005年にKリーグ浦項スティーラースの監督に就任。同国初のブラジル人監督となる。2007年にはリーグは5位で終わるがプレーオフで勝ち進み、同チームを優勝に導く。2008年には韓国FAカップで優勝を果たしている。ACLには2008年2009年と連続出場し、2008年はグループリーグ敗退したが、2009年はクラブを初のACL優勝に導く(クラブは前身のアジアクラブ選手権で2回優勝経験がある)。2008年にKリーグの外国人監督の最多勝利記録を更新した。韓国内では代表監督に推されるほどの高い評価を得ている。

2009年12月、UAEで行われたクラブワールドカップで浦項を3位に導いた。この大会を最後に、自身の休息と子供の教育を理由として帰国を希望し[1]退任。

2010年、サウジアラビアアル・アハリの監督に就任。先述の経緯から韓国サッカーファンの反感を買った[1]

指導歴[編集]


脚注[編集]

  1. ^ a b 이별이 쿨하지 못했던 외국인 선수 TOP10 Sports-G (2017年2月1日)(朝鮮語)

外部リンク[編集]