ジョゼフ・カビラ

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ジョゼフ・カビラ
Joseph Kabila Kabange
Joseph kabila.jpg
ポール・ウォルフォウィッツ米国防副長官と会談時のカビラ(2003年11月6日)

任期 2001年1月26日
首相 アントワーヌ・ギゼンガ
アドルフ・ムジトー英語版
ルイ・アルフォンス・コヤジアロ英語版(代行)
オーギュスタン・マタタ・ポニョ
サミー・バディバンガ英語版
ブルーノ・チバラフランス語版

出生 (1971-06-04) 1971年6月4日(45歳)
Flag of Congo-Kinshasa (1966-1971).svg コンゴ民主共和国フィジ
政党 再建民主人民党英語版
配偶者 オリーヴ・ランブ・ディ・シタ

ジョゼフ・カビラ・カバンゲJoseph Kabila Kabange, 1971年6月4日 - )は、コンゴ民主共和国の政治家。同国の第4代大統領(任期:2001年1月26日 - )。父である前大統領のローラン・カビラ1月16日暗殺されたためその跡を継ぎ、2006年11月27日の選挙で信任され、2011年11月28日に再選を果たした。同国初の普通選挙 (Democratic Republic of the Congo general election, 2006で選ばれた大統領である。

生い立ち[編集]

南キヴ州フィジ地区の小さな町ヘワ・ボラでローラン・カビラとシファ・マハニャの長男として生まれた。ただしこれを疑問視する意見もある[1]。フィジの小学校に通い、タンザニアダルエスサラームで卒業、ムベヤで中等教育を受けた。高校を出ると、軍事訓練をへてウガンダマケレレ大学へ進んだ。1996年10月父がコンゴ・ザイール解放民主勢力連合 (AFDL) を結成してモブツ政権への反乱を開始すると25歳のジョゼフも「カドゴス」の司令官となり、キンシャサに至るまでの多くの戦闘で重要な役割を果たした。AFDLはアンゴラジンバブエルワンダなどの軍から支援を受けた。ローラン・カビラが権力を握るとジョゼフは北京に渡り、訓練を受けた。

1998年北京から戻るとジョゼフは少将とされコンゴ軍参謀次長に任命された。2000年に参謀総長に就任、父が暗殺されるまで在任していた。2004年第二次コンゴ戦争en:Kivu conflict)において、ジョゼフは主な軍事司令官の1人である。

大統領[編集]

2001年父ローラン・カビラが暗殺されると1月26日29歳で大統領に就任した。ジョゼフは若く経験不足と看做されたが、内戦終結を図り、外国軍を国内から撤退させようと試み、いくらかの成功を得た。2003年和平協定に続き、国内における主な反政府勢力コンゴ民主連合ゴマ派(RCDゴマ)とコンゴ解放運動 (MLC) の指導者2人と与野党の民間人2人を副大統領とする暫定政権を樹立した。この2つのグループは後に野党と、政府の支持グループに分かれた。

2004年3月28日には、モブツ・セセ・セコの支持者によるものと見られるクーデター未遂がキンシャサで発生したが、失敗している[2]。また2004年6月11日にも、エリック・レンジ少佐が率いたとみられる集団がクーデタを起こし「権力を掌握し、暫定政権を樹立した」と国営ラジオで放送したが、ジョゼフ忠誠派の部隊により鎮圧された[3][4]

2005年12月国民投票によって新たな憲法が承認され、2006年6月に大統領選挙を行うとした。憲法によって候補者の最低年齢が35歳から30歳に引き下げられたため、正式な候補者として立候補することが出来るようになった[5]。この選挙には、当初最も有力な対抗馬とみなされていた元首相のエティエンヌ・チセケディは不出馬を表明していた。7月30日に選挙が実施され[6]、8月20日に公表された暫定結果によると、ジョゼフの得票率は約44%で、主な対立候補であったジャンピエール・ベンバの得票率は約20%であった。ジョゼフはスワヒリ語が話される東部でより多くの票を得た[7]。カビラとベンバとの間で決選投票が10月29日に行われ、11月15日選挙委員会は58.05%でカビラの勝利を宣言した[8]。この結果は11月27日最高裁に承認され、12月6日に新大統領として就任した[9]。12月30日、カビラは第1次投票で3位となり、決戦投票で彼を支持したアントワーヌ・ギゼンガを首相に任命した[10]

2011年11月28日に行われた大統領選挙で再選を果たしている[11][12]

2016年12月19日に大統領の任期が満了となったものの、大統領選が政権与党によって2018年に延期され、任期切れの後も大統領職に留まり続けている。これに対して国内では抗議デモが発生しており、治安部隊による反撃により死者も出る事態となっている[13][14]

脚註[編集]

  1. ^ "KABILLA II - UNRAVELLING THE ENIGMA", African Business, March 2001.
  2. ^ "Arrests after DR Congo 'coup bid'", BBC, March 29, 2004.
  3. ^ "Congo National Troops Thwart Coup Attempt", VOA News, June 11, 2004.
  4. ^ "Coup attempt foiled in Kinshasa", IRIN, June 11, 2004.
  5. ^ "DR Congo poll deadline extended", BBC, March 24, 2006.
  6. ^ "Elections to be held on 30 July, polls body says", IRIN, May 1, 2006.
  7. ^ "Frontrunners need alliances for 2nd round of presidential polls", IRIN, August 22, 2006.
  8. ^ "Kabila named DR Congo poll winner", BBC News, November 15, 2006.
  9. ^ "Joseph Kabila sworn in as Congo's elected president", Reuters, December 6, 2006.
  10. ^ Joe Bavier, "Congo names opposition veteran, 81, prime minister", Reuters, December 30, 2006.
  11. ^ “再選カビラ氏、不備認めるも「選挙は信頼に足る」” (日本語). AFPBB News (フランス通信社). (2011年12月13日). http://www.afpbb.com/article/politics/2845601/8189472 2013年1月13日閲覧。 
  12. ^ “コンゴ民主共和国最高裁、現職大統領の再選を認定” (日本語). AFPBB News (フランス通信社). (2011年12月17日). http://www.afpbb.com/article/politics/2846316/8208700 2013年3月31日閲覧。 
  13. ^ “コンゴ民主共和国大統領 任期切れ後も退任せず混乱”. NHK. (2016年12月22日). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161222/k10010816171000.html 2016年12月25日閲覧。 
  14. ^ “任期切れても大統領職居座り コンゴ民主共和国でデモ”. 朝日新聞. (2016年12月22日). http://www.asahi.com/articles/ASJDQ4SFSJDQUHBI01P.html 2016年12月25日閲覧。 
公職
先代:
ローラン・カビラ
コンゴ民主共和国の旗 コンゴ民主共和国大統領
第4代:2001 -
次代:
(現職)