キアサージ (強襲揚陸艦)

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USS Kearsarge
艦歴
発注
起工 1990年2月6日
進水 1992年3月26日
就役 1993年10月16日
母港 バージニア州ノーフォーク
性能諸元
排水量 40,500 トン
全長 844 フィート (257 m)
全幅 106 フィート (32 m)
吃水 27 フィート (8 m)
機関 ウェスティングハウス式蒸気タービン二機二軸、70,000 shp (52 MW)
最大速 24 ノット(44 km/h)
航続距離
乗員 士官104名、兵員1,004名
海兵隊1,893名
兵装 RIM-7 シースパロー艦対空ミサイル
ローリング・エアフレーム・ミサイル
ファランクスCIWS3基
12.7mm機銃 8基
25mm機関砲
艦載機 CH-46 シーナイトヘリコプター42機,
AV-8B ハリアー II6機
上陸用舟艇 LCAC三隻
モットー: Proud - Trustworthy - Bold

キアサージ (USS Kearsarge, LHD-3) は、アメリカ海軍強襲揚陸艦ワスプ級強襲揚陸艦の3番艦。艦名は南北戦争時のスループ船キアサージに因む。その名を持つ艦としては4隻目。

艦歴[編集]

キアサージはミシシッピ州パスカグーラリットン・インガルス造船所で1990年2月9日に起工し、1992年3月26日に進水した。進水式にはコリン・パウエル統合参謀本部議長も出席した。1992年5月16日に命名され、1993年10月16日に就役する。

キアサージは就役以来世界各地で様々な任務を行った。この中には1997年5月31日にシエラレオネフリータウンから一般市民の救助を行った活動や、1995年6月8日にボスニアのセルビア人支配地域からスコット・オグレディ空軍大尉を救助した活動が含まれる。加えてキアサージには旗艦任務のための戦闘指揮統制システムか装備され、その搭載する医療システムは病院船コンフォートマーシーに次ぐ装備を誇る。これらの装備は1999年のコソボ紛争においてNATO軍のセルビア側に対する爆撃作戦基地として役割と、アルバニア系住民に対する支援作戦、オペレーション・シャイニング・ホープでの医療支援施設という対照的な役割を果たした。

キアサージは上陸部隊の輸送だけでなく、戦車、トラック、野砲および補給活動と言った完全な後方支援を行うことができる。

2005年8月19日にキアサージはヨルダンのアカバ港に停泊中、アシュランド(USS Ashland, LSD-48)と共に三発のカチューシャ・ロケットの攻撃を受ける。艦に被害はなかったが、一発のロケットによって一名のヨルダン兵が死亡し、もう一発が近くのドックに当たり別の兵士が負傷した。三発目はイスラエルエイラート空港のタクシーに当たったが爆発しなかった。その後アルカーイダに関連するアブドラ・アル・アッザム旅団による犯行声明が行われた。

2011年リビア騒乱では、リビア沖合の地中海海兵隊員400名とともに派遣されている。

外部リンク[編集]